海の家のカレーで覚えた既視感
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」と「Ainova AI」を使用させて頂きました。
私こと袖掛町子、夏休みを利用して大学の友達と一緒に海水浴に出掛けたは良いけど早々に出鼻を挫かれちゃったんだ。
何しろ海水浴に備えて買った麦わら帽子を、速攻で風にさらわれちゃったんだからね。
「あーあ、あれはもう取りに行けないね。」
ゼミ友である松間舟夏さんの気が抜けたような声が、喪失感に呆然とする私の心に否応なく響いてくるよ。
「諦めるしかないか…堺東の高鳥屋で買ったばかりなのに…」
そんな私に出来る事と言えば、まるでUFOよろしく沖合いに飛び去る麦わら帽子を見送る位だったよ。
とは言え、クヨクヨしていたって仕方ない。
私達二人はすぐに気を取り直し、海水浴を満喫する事にしたんだ。
「こうかな、松間さん?砂が熱いから、なるべく早くして欲しいんだけど。」
何しろ今の私は、ビーチの白砂に立て膝の姿勢で両手をついているのだからね。
露出度の高い牛柄のビキニを着ている事もあり、まるでグラビアアイドルにでもなったみたい。
そうして言われた通りのポーズを取りながら、スマホのレンズ越しに覗き込むゼミ友へ問い掛けたんだ。
「うん、良い感じ!それじゃカメラに流し目の目線を向けて!」
そうして軽快なシャッター音が鳴り響く度、照れ臭くも喜ばしいような不思議な感情が湧いてくるんだ。
‐今の自分は一分の疑いもなく、青春を満喫している!
そんな実感が得られるみたいでね。
そうして松間さんと互いに写真を撮り合って、飽きたら浅瀬で水遊びをして。
沖まで遠泳なんて無茶な真似をしなくても、そしてジェットスキーみたいな高額なアクティビティをしなくても、海遊びってのは充分に楽しい物だね。
「そろそろ一休みしない、袖掛さん?今日は天気が良くて暑いから、あんまり日向にいたら日焼けしちゃうし。」
真っ先に小休止を提案してきたのは、今回の海水浴の発起人である所の松間さんだった。
確かに松間さんは友達の中でも特に美容に気を遣っているから、それも無理はないだろうね。
「じゃあ休憩ついでにランチと行こうよ、松間さん。そろそろ小腹が空いてくる頃じゃない?」
「う〜ん、確かに…」
とは言え夏休みの昼時という事もあり、人気のある店は何処も満席。
辛うじて私達が入店出来たのは、相当に年季の入った海の家だったの。
「聞きしに勝る年代物の店だね、袖掛さん。二十世紀の遺産って感じ。だってシャワーも水しか出ないもん。」
「よしなよ、松間さん!店の人に聞こえたら悪いでしょ。」
一応はたしなめた私だけど、内心は松間さんに同感だったの。
何しろ畳敷きの床には卓袱台が置かれているし、今は亡き家電メーカーの扇風機が爆音を上げていたし。
これでブラウン管テレビでもあれば、いよいよ時代が分からなくなるよ。
「メニューも至って定番だねぇ。かき氷にカップ麺に焼きとうもろこし…どれも大した手間なく出せそうだよ。」
「この中で頼むならカレーかな?品切れじゃなきゃ、ラーメンでも良かったんだけど。」
友達から受け取った御品書を一瞥した私は、なるべく無難そうなメニューを注文したの。
余程の事がなければ大外れはなく、尚且つ小腹を満たせてコスパが良い。
その条件は松間さんにも共感して貰えたらしく、冷水を飲みながら雑談していた私達の前には二皿のカレーライスが置かれたんだ。
「ほう、これは…」
「正しく安牌なカレーライスだね。」
古びたアルミ皿に盛られたカレーライスには、赤々とした福神漬と白い辣韮が添えられていたの。
具材も至ってシンプルで、よく煮込まれて形の崩れた玉ねぎとジャガイモ以外だと、後は彩り目的の人参が目立つ程度かな。
そうして黄色がかったルーとご飯をスプーンで掬った私達は、思わず顔を見合わせちゃったの。
「あっ…」
「これは…」
言っておくけど、とびきり美味しいって訳じゃないよ。
辛味もコクも至って穏やかで、全く尖った所なんてない。
何なら固形の牛肉なんて、欠片も入ってなかったんだ。
だけど不思議な程に、安心感を覚える味だったんだよね。
「ねえ、袖掛さん…私、この味にデジャブを感じちゃうんだ。」
「あっ…松間さんも、そう思う?」
お互いに考える事は同じなんだね。
「「これ、うちの学食のカレーじゃない!」」
図らずも、声までハモっちゃったよ。
「確かにそうだよね…学食も海の家もコスパと回転率が大切なんだから、同じ業務用カレールーを使っててもおかしくないよ。」
「何とも不思議な感じがするよ。ビキニを着てカレーを食べてるはずなのに、こうして松間さんと一緒に喋っていると本館の地下学食にいるみたいで!」
だけど海遊びで程良く疲れた身体には、既視感に満ちた無難な味わいが不思議と心地良かったんだよね。
「とは言え学食のカレーには、少ないながらも牛肉はあったけどね…足りない牛成分は、そっちで補給しちゃおうかな!」
「ちょっと松間さん!変な所ジロジロ見ないでよ。」
牛柄ビキニのトップスで覆った胸を両手で庇いながらも、私の声は弾んでいたの。
海の家のカレーが無難ながらも美味しいのは、「疲れた時に食べるから」って理由だけじゃないと思う。
今の私と松間さんがそうであるように、家族や友達みたいな仲の良い人達と一緒に和気藹々と食べる事が、このカレーの最大のスパイスなんだろうね。