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ほんの少しだけ

金曜日の夕方。澪は珍しく、陸上部の活動を早退していた。


 顧問に提出するプリントを生徒会室に持っていくよう頼まれたのだ。

 陸上部と生徒会。交わらなそうな2つの場所をつなぐこの用事に、澪はちょっとした気晴らしを感じていた。


(たまには、走らない時間も悪くないかも)


 そう思いながらドアをノックすると、中から誰かの声がした。


「どうぞー」


 入ると、長机の向こうに座っていたのは――西園だった。


「……え、なんであんたが生徒会にいんの?」


「え、逆に今まで知らなかったの?」


「……知らなかった……!」


 手には資料を挟んだバインダー。シャツの袖を少しまくり、ペンでメモを取りながら何かをまとめていた。


 いつもの西園より、少しだけ大人びて見えた。


「……なんか、意外。あんたって、放課後はずっとグラウンドにいると思ってた」


「毎週金曜はこっち。イベント調整とか、校内設備の申請とかいろいろあるんだよ」


「え、ちゃんとしてる……」


「それどういう意味?」


「いや、悪い意味じゃないけど……いや、むしろ良い意味!」


(あたし、ほんと語彙力ないな)



 書類を渡して帰ろうとしたとき、西園がふと声をかけた。


「……昨日のこと、ごめん」


「え?」


「言い方、きつかったよな。君が合わせてくれてるの、分かってたのに」


 まっすぐな謝罪だった。

 思いがけなく、素直で、言い訳のない声。


「……うん。ちょっとだけ、カチンときた」


「だよね。自分でも思った。練習終わったあと」


「……謝ってもらったから、もう大丈夫」


 言葉にした瞬間、胸の中にあったモヤモヤが、ひとつ溶けた気がした。



「ところで、今日プリント持ってきてくれたってことは、陸上部は……」


「早退。たまにはグラウンド以外もいいかなって」


「じゃあ、せっかくだし寄り道して帰る?」


「は?」


「いや、食堂の焼きカレーパンが今だけ割引だから。君、パン好きでしょ」


「なんで知ってんの!?」


「毎朝、同じの買ってるの見てたから」


「見てんじゃねーよっ!」


「いやいや、観察してるだけ」


「それを“見てる”って言うんだよ!」



 くだらない会話に、いつの間にか笑っていた。

 昨日のことが嘘みたいに、ふわっと軽くなる。


 知らなかった。

 西園が、生徒会で黙々と書類をまとめているところも。

 言い過ぎたとちゃんと反省できるところも。


 走るフォームだけじゃなくて、**人としての“彼”**を、

 ほんの少しだけ、知った気がした。

読んでいただきありがとうございました。

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