小石につまずいた
「もっと“間”をつめた方がいいと思う」
西園はいつもの調子で、あっさり言った。
バトン練習中。西園から澪への受け渡しタイミングについての指摘だった。
「“間”って……」
「だから、リズムが甘い。ハードル意識しすぎ。直線スプリントなんだから、もっとテンポ重視で」
確かに、澪はバトンゾーンの後半まで待ってから受け取る傾向がある。
でもそれは、スムーズな受け渡しのためにあえて調整している部分だった。
「……あのさ、それはあたしなりに合わせてるつもりなんだけど」
「うん、でも“つもり”じゃ足りないでしょ。タイム削りたいならさ」
西園は悪気なく言っているのは分かる。
だけど――
(その言い方……)
「……わかった。じゃあ次から合わせるよ」
短くそう言って、澪は立ち位置に戻った。
でも心のどこかに、小石みたいなものが引っかかったままだった。
⸻
練習のあと。部室の外で、澪はスパイクを片付けていた。
「……西園って、悪気ないけどストレートすぎるよなぁ」
ぶつぶつと独り言を言っていたところへ、タイミングよく奈々が現れる。
「お、どうした澪? ケンカでもした?」
「してないよ! ただ……ちょっと疲れただけ」
「ふーん。西園くんと組むの、大変そうだもんねぇ。完璧主義って感じするし」
「……うん」
澪は頷きながら、指先で靴紐をいじる。
(違うの。言われたことは正しい。でも、そうじゃなくて……)
(“あたしなりに頑張ってる”ってことを、少しも分かってない言い方で……)
⸻
その夜。澪はフォームチェック用に録っていた動画を一時停止した。
スマホ画面の中の自分は、ちゃんと走っていた。
でも西園の言うとおり、“速さ”だけを追えば、改善できる点はある。
けれど――
「なんでこんなに、ムカついてんだろ……」
自分でも分からなかった。
たぶん、タイムのことじゃない。技術のことでもない。
ただ――
「ちゃんと見てくれてると思ってた」から。
「ちゃんと理解してくれてた気がしてた」から。
その期待に、自分が気づいてなかっただけで。
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