表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/46

誰に褒められたい?

火曜日の放課後。夕焼けがグラウンドを染める頃。


「澪ちゃん、今ちょっと時間ある?」


 ストレッチをしていた澪に、上原先輩が声をかけてきた。


「はい! なんですか?」


「明日の400m、久しぶりに本気で走ろうと思っててね。感覚を思い出したいから、最初の200だけ一緒に流してくれない?」


「え、私でいいんですか?」


「うん。澪ちゃんのペース、落ち着いてて走りやすいから」


 “走りやすい”――それだけで、体温がひとつ上がった気がした。



 2人はスタートラインに並んだ。


 澪にとって、400mは専門外。でも上原先輩と並んで走るなんて、夢みたいなことだった。


「緊張してる?」


「え、いや……してます」


「かわいい」


「!?!?」


「ごめんごめん、からかった。行くよ、スタートは私が言うね。……よーい、スタート!」



 走り出した。


 隣の先輩は音もなく風を切る。

 美しかった。背筋、脚、腕の振り、すべてが流れるように調和していた。


 自分はまだ、そこまでたどり着けていない。

 だけど、少しでも近づきたくて、足を強く踏み出した。


 ――200m地点、先輩がスピードを落とす。


「ありがと、澪ちゃん。いい走りだったよ」


「い、いえ……! 私こそ、すごく勉強になりました!」


 はあはあと息を切らしながらも、澪の心には静かな達成感があった。



 その帰り道。


 1年ぶりに本気のスパイクを履いたという上原先輩は、靴の感覚を確かめながらぽつりとつぶやいた。


「澪ちゃんって、誰に褒められたら一番うれしい?」


「えっ?」


「たとえばさ。先生とか、友達とか、後輩とか――あとは、最近よく一緒に走ってる“あの子”とか?」


「そ、それは……!」


 反射的に声が上ずった。

 まさかそんな角度から話を振られるとは思わず、足元の砂をじっと見つめる。


「今はわからなくてもいいけど。走ってるとね、そういうのって意外と、タイムより先に答えが出たりするから」


 先輩はそう言って、何事もなかったかのように歩き出した。


(……誰に、褒められたいか)


 自分の胸に問いかけてみる。

 でも、うまく答えは出なかった。


 ただ、ひとつだけ確かに思い出したのは――

 “君の走り、好きだよ”と微笑んだ、あの横顔だった。

読んでいただきありがとうございました。

よろしければブックマークや評価等よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ