先輩!!
日曜日の朝。グラウンドには、試合前特有の緊張が流れていた。
今日は校内の模擬レース日。リレーのメンバーを選抜する目的もあり、各種目の選手たちは記録会のような雰囲気でタイムを計る。
「ま、気楽にいこう。まだ公式戦じゃないしなー!」
と、やけに軽い口調で話しかけてきたのは、3年生――**上原怜**先輩。
女子400mのエースで、澪が1年生の頃からずっと見てきた存在だ。
表情は明るく、走る姿はしなやかで、何より気さく。
澪にとっては「すごい人」であり、「手の届かない存在」だった。
「朝倉ちゃんだよね? ハードル、上手いよねー。動画で見たよ!」
「え、あ、ありがとうございます……!」
「うん、リズムが独特でおもしろい。真似したくなる感じ」
それは西園にも言われたことのある言葉だったけれど、
先輩に言われると、なぜか全身がピンとする。
(上原先輩……すごい人なのに、こんなふうに普通に話してくれるんだ……)
⸻
「混合リレーも、見るの楽しみにしてるね~。西園くんと組んでるんでしょ?」
「……あ、はい」
「ふふ、仲良さそうじゃん? ふたりとも性格真逆っぽいけど」
「なっ……仲良くなんかないですっ!」
全力で否定したのに、なぜか笑っている上原先輩。
(うわ、やば……また顔赤くなったかも)
そこへ西園が合流する。すぐに空気が変わった。
「おはようございます、上原先輩。今日の400、見ていいですか?」
「もちろん! 君、礼儀正しいんだね~。澪ちゃんとは大違い」
「なんで私だけ雑に呼ぶんですか!?」
「かわいい後輩だから?」
「…………(反論できない……)」
⸻
その後の模擬リレー。
澪は緊張からか、スタート前のルーティンがうまくいかなかった。
「……やば、脚に力入らない……」
そんな彼女に、西園が静かに言った。
「リズム、数えながら走れば?」
「え?」
「朝倉さんって、たぶん“速く走る”より、“ちゃんと飛ぶ”方が安心できるタイプだから。自分でテンポ取ってみたら?」
何気ないひと言が、落ちかけていた集中を戻してくれる。
(――そうだ、私は“走る”より“整える”ことで速くなるんだ)
「……ありがと」
「……聞こえない」
「ありがとって言ってんでしょ!!」
「はいはい、どういたしまして」
⸻
スタートの合図。
西園からのバトンは軽く、澪はテンポを口の中で数えながら加速する。
1、2、3、飛ぶ。着地。次。
心が波立たない。何も考えずに、前を向ける。
――そして、ゴール。
「13秒58! ベスト更新!」
「やったね、澪ちゃん!」
上原先輩の言葉と、奈々の拍手。
澪はゼエゼエと息を切らしながら、そっと隣を見る。
西園が小さく親指を立てていた。
言葉はいらなかった。けど――
上原 怜
・3年生女子/女子400m選手/陸上部副キャプテン
・明るく気さく、面倒見がよくて後輩人気が高い
・澪にとっての“憧れの走り”の象徴
・本人も恋バナには鋭いタイプ(後々、西園のことをからかってくる)
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