トラップ
「澪ーっ、今日も自主練? えらい~!」
昼休みの教室。澪が食べかけのパンを口に運ぶより早く、奈々が机に突っ伏してきた。
「べ、別に普通でしょ。地区大会近いし」
「へぇ~? 西園くんとバッチリ息が合ってるって、話題になってたよ?」
「はあ? 誰の話よそれ」
「男子が言ってた。“朝倉って意外と女子っぽくなるときあるよな”って」
「……いや、どこ情報だよ!? 誰が女子じゃないみたいに言ってんの!」
「いや~でも最近ちょっと、変わったと思うけどね? 澪」
「……なにがよ」
澪はパンをもぐもぐしながら目をそらした。
けれど、奈々はニヤッと笑ったまま離れない。
「昨日の練習帰り、2人で歩いてたでしょ? スマホの画面、一緒にのぞいてたでしょ?」
「べっ、べつに!! それはフォームの確認であって!! 」
「でも顔、赤かった~♪」
「は~~~!?」
澪はペットボトルのフタを力いっぱい締めすぎて、軽くこぼした。
⸻
放課後のグラウンド。
西園とのバトン練習は、今日は3本だけ。
「今日は軽めに。明日タイム測るから、体力温存な」
顧問の三浦にそう言われ、澪と西園は並んで歩いていた。
「今日、朝倉さん……ちょっとテンポ速くなってた」
「え、そう? 意識してないけど」
「うん。でも悪くなかった。多分、調子がいい日だね」
「……あんた、よく見てんな」
言いながら、ふと指が西園の指に触れた。
バトン受け渡しの直後の流れで、距離が詰まっていたのかもしれない。
「――」
どちらもすぐに引っ込めた。けれどその一瞬、澪の中に変な音が響いた。
心臓が、いつものスタート前よりも、妙に大きな音を立てる。
(なんか変……気のせい。ドキドキは酸素不足のせい)
「……どうしたの?」
「え? いや、なんでもない!」
誤魔化すように腕を振ってストレッチに入る。
(ほんとなんでもないし。なんでも……)
⸻
その日の夜。
澪はベッドの上でフォームの動画を見返していた。
3台目を越えたところで、一瞬だけ映り込む自分と西園の手。
指が触れたのは、たった1秒にも満たない時間。
でも、気づくと何度もその場面を見返してしまっている自分がいた。
「……やめよ」
スマホを伏せて、頭から枕をかぶる。
(なんか変。なんか変だってば……)
この感覚は、恋なんかじゃない。
たぶんただ、うまくなりたいって気持ちと、よく見てくれる相手への信頼が、ちょっとだけ混ざっただけ。
それだけのはず。
(……なのに)
思い出すのは、笑っていた西園の顔。
ちゃんとこっちを見てくれてた目。
「ほんと……めんどくさいな、あいつ……」
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