君のフォームが、ちょっと好きかもしれない
夏の午後、グラウンドには熱がこもっている。
陸上部のメンバーはそれぞれの練習に取り組んでいたが、澪は一人、いつものようにハードルの前に立っていた。
午後の自主練。部活は終わっているが、澪にはまだ納得がいかなかった。
ハードル3台目以降、タイミングがほんの少しズレている。映像で確認しても、自分の感覚とわずかな誤差がある。
踏み出す。跳ぶ。着地。次の一歩。
「……うーん」
わずかな違和感を追いかけて、何度も繰り返す。
そんなとき、背後から声がした。
「もうちょっと、膝の抜けを意識した方がいいかも」
驚いて振り返ると、そこには西園が立っていた。
「え、いたの? いつから……」
「さっきからずっと。邪魔にならないように見てただけ」
彼はそう言って、グラウンド脇の木陰から出てくる。
スパイクではなく、普通のランニングシューズだった。
「膝の抜けって、どういう意味?」
「3台目のあとのステップ。少し粘ってる感じがある。動画、ある?」
「一応、今日の分は撮ってるけど……」
澪がスマホを取り出すと、西園はためらいなく隣に腰を下ろした。
動画を再生し、該当部分を何度も見直す。
「……ここ。着地から次の一歩が、ほんの少しだけ詰まってる」
彼は画面を指でなぞる。
澪はその指先よりも、なぜかその横顔のほうに目がいった。
(近い……いや、気にしすぎ。たぶん……熱中症気味)
「フォーム、前よりずっとよくなってるけど。あとは細かい修正だけだと思う」
「……あんた、なんでそんなに他人のフォーム見てんの?」
つい聞いてしまった問いに、西園は少しだけ口元をゆるめた。
「見るの、わりと好きなんだよ。人の走りって、それぞれの性格が出るから」
「性格?」
「うん。君の走りって、無理してないけど、全力。どこか真面目で、負けず嫌い。……あ、怒った?」
「べ、別に……怒ってないし」
(当たってるのが悔しいだけ)
⸻
その後も2人で数本だけ軽く流し、グラウンドをあとにする。
帰り道、西園は特に何も言わず、スマホをいじりながら歩いていた。
澪は隣を歩きながら、ふと聞いた。
「動画、誰にでもそんなふうに見せてるの?」
「いや。たぶん、君だけ」
「なんで?」
「君が、頑張ってるのが、ちゃんと伝わるから」
その言葉に、なぜか歩くスピードが少しだけ狂った。
隣の彼は、特別なことを言ったつもりはなさそうだったけど。
(……ああ、もう)
今のは、フォームの話。走りの話。
そう自分に言い聞かせながら、澪は視線を上げた。
西園は、変わらずまっすぐ前を見て歩いていた。
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