バトン
「……本当にあいつとペアなの?」
放課後の部室。スパイクの底に詰まった土を落としながら、澪はため息を漏らした。
「そうみたいだよ。先生も言ってた、“男女混合で最速ペアを組ませた”って」
そう言う奈々は、ちょっと楽しそうに澪を見ている。
「でもさあ、まさか澪が“男の子とバトンつなぐ”日が来るとはねえ~」
「やめろ、なんか生々しい言い方すんな!」
澪はバンッとスパイクを投げかけてから、急いで拾い直した。
「べ、別に、男とかそういうんじゃないし! ただ……アイツ、性格がムカつくだけで!」
「ふーん?」
「“わりと速いね”って言われたんだよ!? “わりと”ってなによ、“わりと”って!」
「つまり、それなりには認められたってことじゃん?」
「なんでそっちの肩持つの! 私の親友でしょ!?」
「はいはい、でもバトンの練習は明日から始まるし、仲良くしてあげてね、パートナーさん」
奈々の“さん”の部分にトゲがあって、澪はスポンジで顔を隠しながら小さく叫んだ。
「ムリ~~~~!!」
⸻
翌日。
午後のグラウンドには、ざわついた空気が流れていた。
混合リレー練習の初日。陸上部のメンバーは興味津々で澪と西園のペアを見ていた。
「……じゃあ、バトン受け渡し練習するよ」
三浦顧問の声が響く。
「スタートからの加速と、受け手のリズムが噛み合うように!」
澪と西園はそれぞれスタート地点とバトン受け取り地点へ。西園が第一走者、澪がアンカー。
(……こんな、距離感の近い練習、したことないし)
不安が顔に出ないよう、澪は深呼吸をした。
そして、西園がスタートを切る。
ダッダッダッダッ――
迫る足音。澪はバトンを受け取る姿勢に入る。
「……はい!」
――が、次の瞬間。
バチンッ!
「あっつ!?」
「わ、ごめん!」
手のひらを強打され、バトンを落としそうになる澪。
「ちょ、なにやってんの! 痛いし!」
「……ごめん、ちょっとズレたかも」
「ズレすぎだよ! バトンってそんなに雑に渡すもん!?」
「えーと……初めてだから緊張した」
「初心者か!!」
周囲の部員がくすくす笑う。澪の顔が真っ赤になる。
そのとき、西園がポツリとつぶやいた。
「でも……君の加速、思ってたよりすごかった」
「……え?」
「だから、僕のスピードが合わなかったんだ。ちょっとだけ、見直した」
「……ふ、ふーん……」
(な、なんなのコイツ……褒めたのか? 今の、褒めてたのか?)
「じゃあ、もう一回」
「……は?」
「今度はちゃんと渡せるよ。君のスピードに合わせる」
西園の目はまっすぐで、いつもの余裕顔じゃなかった。
その視線に、なぜか澪の胸が――ちょっとだけ、どくんと鳴った。
(……いや、違う。これは疲れてるだけ。うん。たぶん、運動による心拍数上昇)
「……い、いいよ。今度こそ成功させよう」
「うん」
再び立ち位置に戻り、バトンを構える。
(落ち着け、朝倉澪。相手はただの転校生。ムカつくライバル。ただそれだけ――)
(――なのに、なんで、ちょっとワクワクしてんだ、私
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