「はじめまして」
「よーい……ドン!」
短く鋭い合図に反応して、地面を蹴った。腕を振り、地を蹴るリズムに合わせて、目の前のハードルを飛ぶ。
一つ、二つ、三つ……その高さと間隔は、体に染み込んだはずなのに。
(あ、ちょっと脚が流れた)
7台目。踏み切りの位置が、ほんのわずかにズレた。感覚だけでわかる。ほんの10センチ。それだけで、走り終えた後の息がほんの少しだけ重くなる。
「13秒79! 惜しい! もうちょいで13秒前半いけたね~!」
マネージャーの奈々がストップウォッチを見せてくる。
澪は両手を腰に当て、息を整えながら「うーん……」とうなった。
「3台目から流れてたね、脚。昨日の疲れ?」
「いや、リズムがちょっと……あとで動画確認する」
「オッケー、今日も送っとくね!」
奈々と軽く会話を交わしていると、背後からふいに聞こえた声に、澪は一瞬だけ固まった。
「悪くないけど、最後の抜けがもったいないかもね」
「……え?」
振り向くと、そこには見知らぬ男子が立っていた。
日焼けしていない、シャツがパリッとした制服姿。髪はやや長めで、癖のない顔立ち。第一印象――“余計なこと言いそうなやつ”。
「初めまして。今日から転校してきた、西園遼です。よろしく、朝倉さん」
初対面のはずなのに、名前を呼ばれたことに驚いて、澪は半歩だけ後ずさった。
「……なんで私の名前、知ってんの?」
「担任の先生が『朝倉さん、陸上でがんばってるよ』って言ってたから」
「……ふーん」
「君、100mハードルでしょ? 僕、110mやってたんだ。中学のときだけど」
言って、西園はゆるく笑った。
「君のステップ、面白いね。テンポが速くて軽い。ちょっと特殊だけど、活きると強いと思う」
「……え? なに、急に評論家気取り?」
「いや、褒めてるんだよ。君、わりと速いね」
――わりと?
“速い”でいいじゃん。“わりと”って何?
澪の中で、何かがチリチリと燃えた。
「そっちこそ、偉そうに言ってるけど、タイムどのくらい?」
「うーん……自己ベストは、14秒ジャストくらいかな。男子110だから参考にはならないけど」
「……ふーん」
(ちょっとすごいじゃん、くそ)
顔には出さなかったが、澪は悔しかった。
初対面でいきなりフォームの指摘をされ、タイムを聞けば明らかに実力者。しかも、その顔が――なんか、ずるいくらい整ってる。
(なにあいつ……ムカつく)
奈々が後ろからひそっとささやく。
「新入り、イケメンじゃん。しかも陸上……これは恋の予感?」
「ちがうし。むしろ、絶対に負けたくないタイプ」
「おおっ、火花バチバチ?」
奈々がニヤニヤしている。
そのとき、グラウンドの反対側から顧問の三浦がメガホンを片手に叫んだ。
「おーい! おまえら、聞けーっ! 次の地区大会、うちから混合リレー出すぞー!」
「えええええええ!?」
澪と奈々の声がハモった。
三浦は続ける。
「そしてペアは、男子110mの西園、女子100mの朝倉! スピード型ペアでいくぞ!」
「は!? ちょ、待ってくださいコーチ!?」
「以上!」
一方的な決定に、澪は抗議する間もなかった。
隣で西園がポツリと言う。
「うん。よろしくね、パートナー」
「絶対に息、合わせてやんないからな……
○朝倉 澪
•高校2年生・女子/陸上部/100mハードル・混合リレー担当
•性格:まっすぐで頑張り屋、負けず嫌い。言い返すときの語彙はやや雑。
•口癖・特徴:「は?」「バカじゃないの!?」など素直じゃない発言が多いが、根は誠実。
•走りの特徴:リズム感に優れたハードル走者。スピードより「安定感」で魅せるタイプ。
○西園 晴翔
•高校2年生・男子/陸上部/100mスプリント・混合リレー担当/生徒会所属
•性格:理知的・冷静沈着。ちょっと無神経に思われがちだが、観察力に優れる。
•口癖・特徴:「君のフォームは~」「見てたよ」など、いつの間にか観察しているタイプ。
•走りの特徴:フォームの美しさと爆発的な加速力を持つエーススプリンター
•三浦コーチ:筋肉信仰のゴリマッチョ顧問。恋バナには鈍感。
•桐谷奈々:澪の親友・マネージャー。恋愛応援隊長。
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