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姉のモノをすべて奪いたがる妹に最高の結婚式をプレゼントしました

作者: セト

 初めて奪われたモノは、大切にしていた女の子の人形だった。

 一歳下の妹、セシリーが急に人形がほしいと言い出して私の宝物を盗んだ。

 親は怒るどころか「お姉ちゃんなんだから」とか「可愛い妹でしょ?」と逆に私の方を窘めた。

 それは単なる始まりで、それ以降も私は服を勝手に取られたり、お気に入りのアクセサリーを使われて無くされたりした。

 その数、10や20ではない。

 当たり前のように私は怒るが、家族は常にセシリーの味方だった。

 たった一歳しか変わらないのに。

 私だって好きでお姉ちゃんに生まれたわけじゃない。

 いい加減にして!

 いつも悔しくて叫びたかった。


 我が家は魔法の得意な子爵家で、その血を濃く受け継いだ私は、人の外見をある程度変えられる通称ビジュアル魔法が得意だった。

 これは他人にしか使えないが、顔を整形したり、髪の色を変えたり、体型を多少いじることができる。

 効果時間は込める魔力や相手の生活習慣などで変化するけど、一週間保たせることも可能だ。

 まだ変身中でも、新しく魔法をかければ違う見た目にすることもできる。

 ただ、同時に魔法をかけることは不可能で、Aに使用中、新しくBにかけると、Aにかけていた魔法は解ける。

 

 そして魔力を使いすぎると体調悪化するので、なるべく使いたくはない。

 でも妹は年頃になると「お姉様、今日はピンク髪がいいな~。身長も変えて~」と言って私に魔法を使うことを強要してくる。

 断れば、親や学校の先生に私に虐げられていると泣きつくため、私も従わざるを得なかった。

 よって体調不良に悩まされる日も多かった。

 せめて学校だけも離れたいと、家から最も遠い名門の魔術学院に入学したのだけど、翌年セシリーも同じところにやってきた。

 私は絶望するのと同時に疑問だった。

 セシリーはせいぜい、わずかな火を出すしかできない。

 魔術師としては劣等生のセシリーが、なぜ名門の魔術学校に入学できるの?

 謎はすぐに解けた。

 本人が自分から「試験官のおじさんをあたしのファンにさせちゃったんだぁ」と私に暴露してきた。

 セシリーは透き通るようなブラウンヘアーに可愛らしい顔、そして男好きする体をしている。

 端的にいえばエロい体だ。


 その上、小さい頃から甘えるのが上手で異性や年上の心の深いところに難なく入っていける。

 カタブツで不器用でコミュニケーションが下手な私とはまるで異なる。

 顔こそたまに似ていると言われることもあるけど、中身は水と蒸留酒くらい違う。

 あの娘は異常なほどモテる。

 私が好きになった男子はほぼすべて、セシリーに盗られてきた。

 素敵な男性といい感じになっても翌月には、彼らはセシリーの隣にいた。

 唯一違うのが、いま目の前にいるロックだ。


「なあルニア。君が卒業したら、一緒に旅行に行って、帰ってきたら式を挙げよう」


 いま、私たちは町外れの喫茶店にいた。

 オープンテラスに用意された席に並んで腰掛け、景色を楽しみながら紅茶を楽しむ。

 この時間だけが私の楽しみだ。

 家では妹ばかり優遇する毒親に苛まれ、学校ではチヤホヤされてモテるアピールのウザい妹が視界に入ってくる。

 ロックは建設現場で働く四つ上の二十二歳で、私が財布を落としたのを拾ってくれたのが出会いだった。

 私がタイプだったようで、財布を渡されるついでお茶に誘われた。

 拾ってもらった手前、乗ってみたら思いのほか意気投合して付き合うことに。

 建設系の仕事はワイルドな人が多い印象だけど、彼は穏やかで優しいタイプだ。

 それがまたギャップで私も興味を惹かれた一因でもある。


「結婚については少し待って。家の事情もあるから慎重に進めないと」


 ロックは平民なので貴賎結婚になる。

 うちの両親がタダで許すとは思えないため、そこは上手く立ち回る必要がある。

 なによりまだ付き合って半年なので私自身に戸惑いがあった。


「わかった、ルニアのためなら俺はいつまででも待つよ」

「ありが…………」


 私は話の途中で反射的に固まってしまう。

 数人の男子と一緒に道を歩いているセシリーを見つけてしまったからだ。

 まずいと感じた私はすぐに顔を逸らすも時すでに遅し。

 セシリーは取り巻きに別れを告げて解散させると、すぐに私たちのところにくる。


「ルニアお姉様~! こんなところでなにを?」


 最悪だ。

 小首をかしげながら憎たらしいほど可愛らしい笑みをしている。

 しかし目をよく観察すれば、本気で笑っていないどころか嗜虐的なのがわかる。

 これはなにか悪巧みや新しいオモチャを見つけたときの反応だ。

 ロックは初対面なので、理解できるはずもなくポーッとした表情で魅入っている。


「あ、え、君の妹なのか? 確かに顔は結構似ているな」


 そう顔の作りはそれなりに似ている。

 でも私では到底及ばない愛嬌やら演技力があるのがセシリーだ。

 こうなっては仕方ないと私は彼を友達だと紹介する。

 ただの男友達で恋愛感情など無いとわかればセシリーも興味を無くすから。

 でもロックは悲しいほど意図を汲んでくれなかった。


「どうして嘘をつくんだ? 俺たちの好きは偽物じゃないだろ。本当のことを言おうぜ!」


 もう言っているようなものだ。

 妹の目が意地悪く歪んだのを私は見逃さなかった。

 案の定、セシリーは深く関わりたがる。

 一緒に買い物にいこうと提案してきたので断ると、ここでもロックが出てきた。


「大事な妹じゃないか。俺も君の家族と交流を深めたい」


 ロックは素直でいい人だが、貴族社会をあまり理解していないのと頭があまり回らない。

 最悪の展開になった。

 三人でセシリーの新しい服を買いにいくことに決定する。

 なぜ私たちのデートで妹の服を買いにいかなきゃならないの?

 本気で意味がわからない。

 途中、セシリーが耳打ちしてくる。


「お姉様、このことがお父様たちにバレたらまずいのではなくて? でも大丈夫よ。わたしって口が堅いもの」


 確かにしばらくは黙っているだろうけど、それはあくまで私を操る切り札のため。

 どうにかしないといけない。

 私も焦っていたのだろう。

 セシリーが服屋を選んだのに断らなかった。

 店に入ってからのセシリーは肌の露出した服を試着しては、ロックにどう感じるかを尋ねていた。


「ちょっと派手すぎません?」

「い……いやいや……俺はいいと思うよぅ」


 すっかり鼻の下を伸ばしたロックの脇腹を私は軽く小突く。

 彼も自覚して正してくれたけれど、すぐにまたデレッとなる。

 虫がいたとかでセシリーが小さい悲鳴をあげ、ロックに抱きついたからだ。

 彼の腕にしっかり豊満な胸を当て、怖い怖いと叫んでいる。

 お前……この間の夜、ゴキブリを無表情で踏み潰していただろうに。

 私は嫌な予感を覚えつつ、二人を引き剥がした。


 その日の夕食時、セシリーは両親に楽しそうに話す。


「わたしの友達で貴族なのに平民と付き合っている女がいるの。将来も約束しているんですって!」

「なんて頭の悪い娘だ。うちなら絶対に許さん」

「そうよ。平民と結婚なんて虫唾が走るわ」


 父と母が歪んだ表情でありもしない妹の友達のことを罵る。


「ねぇ、お姉様はどう思う?」


 こうやって私に質問しては反応などを楽しんでいるのだ。

 私が一体なにをしたの? 

 小さい頃の記憶を探っても嫌がらせをした覚えなんてなにもない。 

 なんでこの子は私に対してこんなに……いや、私だけではないのかもしれない。

 思えば、セシリーは同性の友人が基本的にいない。

 できても、すぐに離れてしまう。

 それはこういった態度を続けているからではないだろうか。

 私はあまり感情を表に出さずに適当な返事をしておいた。

 

 それから二週間後、嫌な予感が的中した。

 ロックから話があるというのでいってみたら、隣にセシリーがいた。


「申し訳ないけど、婚約の件はなかったことにしてほしい。……というか、別れてほしいんだ」

「ごめんなさいお姉様。わたしたち、真実の愛を知ってしまったの」


 反吐が出るとはこのことだろう。

 けれど、何回も経験したことなので思うよりは怒りが湧いてこない。 

 諦観の方が近いだろうか。

 そもそもこの間の時点で、こうなる予感はしていた。

 セシリーはターゲットを見つけたら異常なほどの行動力と魅力で異性を虜にする。

 逃れられる男なんて、ほぼいないのだろう。

 とはいえ、私の前でもずっと腕を組んでいるのを見せられると次第に腹も立ってくる。


「人の妹に手を出すなんて最低よ。二度と顔も見たくない」

「待ってくれ、ルニア!?」


 走り出した私を呼び止めようとするロックだが、当然無視して走り続ける。

 待ったところでそこに何があるっていうの?

 完全に感情は殺していたつもりでも、やはり悔し涙は流れ落ちていった。

 その日から一週間ほど、私は部屋にこもって考え抜いた。

 もちろん自分の人生を劇的に変える方法だ。

 このクソみたいな家をすぐ飛び出れば、それですべて解決だろうか?

 否。

 まず、もうすぐ卒業なので学校くらいは出ておきたい。

 問題はその後だ。

 悩みに悩んだ末、私は父と母に直談判することにした。


「私も、もうすぐ卒業です。そこで以前からお話のあった婚約の件、本気で考えたいと思います」

「おおっ、ついにお前も乗り気になったか!」

 

 父と母が手を叩いて喜ぶ。

 十八ともなれば、結婚する令嬢も多くなってくる。

 貴族の九割は政略結婚だが、私は自由結婚がしたかったために誤魔化して逃げてきた。

 でもロックとも別れた今、それを躊躇する理由はない。


「でも何人かの方にお会いしたいのです。少しでも好きになれる方と結婚したいので」

「いいだろう。良縁候補はいくつもある」


 こうして話はまとまり、私はすぐに候補の貴族たちと面談していくことになる。 

 なかなか、これといった人に会うことはできなかったが、一ヶ月目でようやく印象的な人と会えた。

 ゴルン子爵家の嫡子であるブズーリだ。

 父と二人で家を訪ねると、ブズーリ家の家族は快く受け入れてくれた。

 相手の両親はどことなく性格がうちの両親に似ていた。


 他に弟のグレイもいたのだが、私はブズーリと見比べて心底驚いた。

 あまりにも外見が似ていない……!

 ブズーリはかなりの肥満体で顔も吹き出物だらけ。

 眉毛もボサボサ、二重顎、そもそもの顔の作りがよろしくない。

 それに対してグレイは清潔感のある灰髪で、中性的かつ美形な顔立ちだ。

 スタイルも兄とは正反対で、スラリとしている。

 本当に血のつながった兄弟?

 それが私の率直な感想だった。

 相手方の母は太っているけれど、よく見れば顔立ちは綺麗だ。

 この遺伝が濃く出たのかもしれない。

 ブズーリは一目見て私のことが気に入ったようで、対談中ずっとエロい目を向けてきた。

 無論、嫌な顔はせずに愛想笑いを維持する。

 間近でセシリーを見てきたのでそれの真似をしてみた。


「ルニア様はどういう男が好みなのかなぁ?」


 ブズーリは鼻息を荒くしながら質問してきた。


「私のことはルニアとお呼びください。好みは、よく食べる方です。美味しそうに食べる姿を見るのが大好きでして」

「ふぉふぉ! おれのことみたいだな!」


 浮かれてんな。

 そう軽蔑したけれど、そんな様子は死んでも出さない。

 私が驚いたのは、急にブズーリが隣にいた弟のグレイの頭を思いっきりひっぱたいたことだ。


「この愚弟め! 彼女の紅茶が減ってるだろうがっ。いつ代わりを持ってくるんだ!」

「……ごめん。すぐに淹れてくる」


 おかまいなくと私は遠慮したのだが、彼は微笑して新しい紅茶を持ってきてくれた。

 その後、私はブズーリと話しながらもグレイのことを観察していた。

 無論、男性としてグレイの方が魅力的だから――ではない。

 彼の目の奥に宿る憎悪に共感してしまったからだ。

 会合はかなり上手く進み、また近い内に今度は二人だけで会うことが決まった。

 翌日、私はゴルン子爵家の近くに潜んで彼を待つ。

 幸い、一人で出てきたので後ろから声をかける。


「君は……ルニア様。今日はどのようなご用で?」

「あなたとお話がしたくて。グレイ様」


 私のお目当ては当然ブズーリではなくて弟の方だ。

 彼に話せないかと訊くと了承されたので、近くにある広場に二人で向かう。

 まだ警戒心たっぷりの彼の心を開くのは簡単じゃないだろう。

 そこで私は今回の縁談に至った経緯を話す。

 そして妹であるセシリーが大嫌いで死ぬほど憎んでいるということも伝えた。

 初対面で、しかも縁談相手の家の者に話すことじゃない。

 それでも私には勝算があった。

 実際、グレイはしばらく黙り込んだ後、内心を吐露してくれる。


「……立ち位置は少し違うが、似てるな。俺も兄が死ぬほど嫌いなんだ」

「でしょうね。昨日のやりとりを見て確信したわ。教えてよ、あなたの話」


 彼はいくらか心を開いてくれたようで、私に今までの人生を説明してくれた。

 ブズーリは嫡子の長男ということもあり、それはもう親から大切にされているらしい。

 グレイの立ち位置は、あくまでサブの保険的なもの。

 加えて相手は兄ということもあって、幼い頃から傍若無人な振る舞いに耐え忍んできた。

 小さい頃には虫を食わされたこともあるという。

 大切な物を壊されたり、殴られたりは日常なのだとか。

 彼が怪我しようと骨が折れようと、親はブズーリの味方。

 私の家と同じで強く共感した。

 グレイの年齢は私と同じ十八歳で、貴族の通う学校に所属している。

 そこを卒業次第、出ていくつもりのようだ。

 私と状況まで同じで、運命を感じる。


「あいつらを倒すために協力してくれない? 私にいい案があるの」


 返事をもらう前に、私は考えている作戦をすべて彼に話した。

 なぜ返事をもらう前に教えたかといえば、必ず乗ってくるという自信があったから。


「乗った」


 ほら。

 兄弟姉妹の中で虐げられてきたものにしかわからない鬱屈とした雰囲気を感じ取れるのだ。

 この日から私たちは対等な立場になり、互いの家をぶっ潰すための同盟を結んだ。

 私はグレイからブズーリの情報を集める。

 あの男は、ああ見えてかなりの女好きらしい。

 しかし容姿が悪いので相手にされない。

 グレイが激しくいびられる原因の一つは、その容姿の良さもあるだろう。

 ブズーリでは一生手に入らないモノをグレイは生まれながらに有している。

 そこで私はグレイに手紙を預けて、ブズーリに渡してもらうことにした。

 そこには恋文のような内容と会いたい日付、待ち合わせの場所が書いてある。

 

 当日、ブズーリはニヤつきながら待ち合わせの公園にやってきた。

 一応気合いを入れてきたようでパツパツの燕尾服を着ていた。

 一体、どこでなにをするつもりなんだか……。


「わあ、ブズーリ様、素敵なお召し物ですね!」


 普段なら絶対にやらない態度だが、私も人生がかかっているので死ぬ気で演技する。


「ふふ、そうかい? おれのお気に入りなんだ」


 彼はとにかく鼻息が荒い。

 神経に障るが顔には出さないでデートを楽しむフリをする。

 買い食いしたり公園を歩いたりという庶民的なデートをしつつ、私は本題を切り出す。


「この間、どんな男性がタイプかって聞きましたよね。実はご両親などもいたので、あのときは本音を話せなかったんです」

「……本当はどんな男が好きなんだ? やっぱ美青年か?」


 若干の怒りを孕んだ声音だ。

 やはりグレイのような美青年に対する憎悪が凄まじいのだろう。


「いいえ。モテる男性が好きなんです。変かもしれませんが、そういう人が私を好きだって思うと自信が持てるんです。正直、浮気されても気にならないのです」

「変わってるね、君は。いや変わりすぎだよ」

 

 まあ嘘ですからね。


「今のままでもブズーリ様は素敵です。でももっと美青年になれます。試してみます?」

 

 だいぶ戸惑っている様子だが、美青年になれるという甘言に抗えなかったようで恐る恐る頷いた。

 私は魔法を使ってブズーリの体型と顔と脂ぎった髪を全部変える。

 面影をわずかだけ残し、美青年のグレイに寄せた。

 魔法で見た目が変化する間、相手は多少の違和感を覚える。

 でも痛みなどはないので我慢の範疇だろう。

 容姿の変化に成功すると、私は手鏡を彼に渡した。


「ホフェッ!? ……うそだ……この美形がおれ??」

「数日は保つかと思います。切れたらわかるので、そのときは私がすぐに向かって魔法をかけ直しますね」

「信じられん。これが、おれだと?」


 私の話を聞けないほど自分の顔に夢中になっている。

 体型もかなりスマートにしたので、魔力はかなり使った。

 明日は半日寝込むだろうけど、計画達成のためならいくらでも我慢しよう。


「でもブズーリ様、一つお気を付けください。私の魔法は誰かにバレると永遠に効果を失います。そのため、容姿のことは上手く誤魔化してください」


 これは嘘だけど、計画のためにそう伝えておく。


「わ、わかった。絶対に言うものか! こんな素晴らしい見た目になれたんだ!」


 これで後は効果が切れる度に私が魔法をかけて維持してやればいい。

 その日の夜から頭痛が始まり、翌日の午前はベッドから出られなかった。

 それでも午後には良くなり、さらにグレイからの報告も入った。

 ブズーリは昨日の夜に夜会に参加し女性をナンパしまくり、今日も町に出ては同じことをしていると。

 容姿が素晴らしいこともあり成功率も高く、本人は有頂天らしい。

 昨日、私がモテる男が好きという話をしておいたので罪悪感もないのだろう。


 その後、私は彼の容姿を維持しつつ、定期的に彼とデートを重ねていく。

 そして、私の学校の卒業式の日。

 校庭に全校生徒が集まって、花のアーチをくぐる卒業生を見送りにくる。


「ルニアお姉様~、卒業おめでとう~」


 セシリーが三十人ほどの男子を引き連れて見送りにきてくれた。

 学校で顔がいいのを上から順に集めたらこうなりましたって感じの品揃えだ。

 私がシラけていると、セシリーは体をふりふりしながら左右を見て誰かを探す。 


「えっ。お姉様の見送りをする男子って、誰もいないの?」


 はいはい、またマウントが始まった。

 今回も見送りじゃなくて自分の人望を見せつけに駆けつけただけ。

 その人望だって性的な魅力で釣っただけで中身に惹かれたわけじゃない。

 だが残念でした。


「おーい、ルニアー! 遅れてごめんよー」

 

 約束の時間より遅いけれど来てくれたので許そう。

 ブズーリだ。

 彼は登場した途端、周囲にいた女性たちの注目を一身にさらっていく。

 その中には当然セシリーもいた。

 私は我慢してブズーリに抱きつく。

 鼻息が荒いのはかっこよくなっても変わらないらしく、少し憂鬱だ。


「セシリーにも紹介するわ。私の婚約者で世界一大好きなブズーリ様よ」

「ブズーリって……。そんな、お父様から聞いていた話と違う!」


 父からは不細工で太った男と聞かされていたのだろう。

 勘の鋭いセシリーなら私のビジュアル魔法と気づくかもしれないので、ここは慎重に話を進める。


「私のために、少し前からダイエットや筋トレを始めてくれたのよ。元々、美しい血筋だからそれを取り戻したの」

「いやー、死ぬほど頑張った甲斐があった。あとはリバウンドしないように気をつけるさ」


 この容姿を失いたくないブズーリも必死に話を合わせてくれる。

 弟のグレイが美形という話も父からは聞いているはずだ。

 遺伝の力というのも信憑性が出る。 

 私はセシリーに見せつけるようにブズーリと死ぬほどイチャイチャしてみせる。

 嫌だったけど。

 でも見た目は美青年なので心もだいぶ楽ではある。

 逆に苦しいのはセシリーだ。

 マウントを取りにきたつもりが完全に負けた形になる。

 私はブズーリとセシリーの取り巻きを交互に見ては勝ち誇った笑みを浮かべる。


「ふふふ、セシリーって視力悪かったのね」


 歯ぎしりを立てて恨めしそうにするセシリーの顔は、一生忘れないだろう。

 当分はパンになにも塗らなくても、あの顔を思い出すだけで美味しく食べられそう。 

 なにより今回の目的は果たした。

 セシリーは過去にないくらい略奪愛に燃えているはずだ。

 あとは時がくるのを待てばいい。



 一ヶ月が過ぎた頃、グレイから報告が入った。

 作戦が思った通りに進んでいないと。

 目論見通りセシリーはブズーリに接近し、なんなら関係もすでに持った様子だ。

 でもそこからの進展がないと。

 思えば、最近はセシリーはいつもイライラしている。

 私から彼を奪って、夫にしたいのだろうけど、ブズーリがそれは拒んでいるということだ。


「馬鹿兄にしては珍しく意志が固くてな。俺も驚いているよ」

「そっか、理解したわ」


 私はすぐにブズーリに会いにいく。

 放蕩息子でろくでもない男なのですぐにコンタクトは取れた。

 いつもの公園で私は話を切り出す。


「私に隠し事はありませんか?」


 ギクリと肩を跳ねさせるブズーリは実にわかりやすい。

 案の定とぼけてきたので私は直球で伝える。


「セシリーと良い仲なのですよね。私にはわかります」


 隠し通せないと判断したのか彼はすぐに謝り通してきた。

 なので、私は首を小さく左右に振って柔らかい雰囲気を作る。


「いいんです。実は私も隠し事があって。実は私……二番目の女になりたい願望が強いんです」


 ぽかんと口を開けて呆けるブズーリの反応はわからないでもない。

 私だって真面目にこんな女がいたら理解できない。


「具体的には、背徳感といいましょうか。この世で浮気や不倫がなくならないのは、きっとその快感に溺れる者が多いからです」


 わかるわー、みたいな顔しないで。

 あなたがモテだしたのは最近だろうに。

 しかも私の魔法の力でしかない。

 無論そんな失礼なことは告げずに、あくまでお淑やかな態度は保つ。


「だから、妹と結婚してくださってもかまいません。その代わり、隠れて会っていただけますか?」


 ブズーリは真剣に悩み出す。

 元々、彼の心はセシリーに傾いていたはずだ。

 悔しいけれど、異性の心の奪い合いで妹に勝てる気がしない。

 ではなぜ、ブズーリは頑なに婚約を拒んでいたか?

 私はその引っかかりとなっているものを解消してあげる。


「もちろん、魔法はかけ続けます。だから、ずっとその容姿でいられますよ」

「……ルニア、君は本当にそれでいいのか」

「むしろ、それがいいんです。背徳感が堪らないんです」

「君は、本当に変わってるよ……」


 本当に変わっているのは妹の方なんだけど、ブズーリでは見抜けないだろう。

 彼としても今回のことは美味しい話だ。

 セシリーと夫婦になりつつ、私とも不倫関係になり、加えて容姿はいままで通り。

 他の女とも遊び放題。

 ブズーリは切なそうな表情をした後、渋々首を縦に振った。

 そういう三文芝居いらないから。

 それは私の役目なの。

 なにはともあれ、これで計画がまた動き出した。

 数日後、セシリーは誰の目にもご機嫌な様子だった。

 私がなにか良いことがあったのかと訊くと、


「んふふ! ひ、み、つぅ!」


 実に楽しそうに、また勝ち誇った様子で私を見つめてくる。

 すべて私の手の内だというのにね。

 そろそろあのイベントがくるかなと待っていたのだが、その前に別の人が私を訪ねてくる。


「――本当に悪かった! ルニアともう一度、やり直したいんだ。俺がすべて間違っていた。セシリーじゃない、君こそが運命の相手だって今更気づいたんだッ」


 セシリーに振フラれたであろうロックが未練たらたらに私に復縁を申し入れてきた。

 なにを今更と、とにかく冷める。

 運命の相手を秒で裏切る相手には欠片の興味もないけれど、使えるか使えないかで言えば前者だ。


「考えてあげてもいいわ。ただし、あなたの度胸を見せてくれたらね」


 チャンスを与え、私はいずれ来るであろう未来の日に、やって欲しいことを彼に伝える。

 いまのところ、やる気があるようなので計画の一端に組み入れた。


 それから一週間ほど過ぎた頃、ようやくブズーリがセシリーと共に私の元にやってきた。


「ルニア、君との婚約を解消したい。君はなにも悪くないけど、おれは見つけてしまったんだ。真実の愛を」

「ごめんなさい、お姉様。わたしだって、まさか婚約者を奪おうとは考えていなかったわ。でも、真実の愛には逆らえなかったの。許してちょうだい」


 真実の愛はそんなに安いのかってほど、その辺に転がっているようね。

 私は両手で顔を覆うようにする。

 手の下で泣いているとセシリーは嗤うだろうけど、実際は逆で冷たい笑みを浮かべている。


「どうかお姉様、わたしたちの婚姻を認めて欲しいの! 絶対にわたし、幸せになってみせるから!」 


 この自己中発言は天性のものだろう。

 なかなか後天的に見つけられるものじゃない気がする。


「もう勝手にして!」


 私は表情を隠したまま、その場を走り去っていく。

 家に帰り、両親に婚約者を奪われたと報告して反応をみる。

 これは最後の慈悲みたいなもので、私の味方につくのであれば多少は罰をやわらげることも考える。

 だが、答えは飽き飽きしたものだった。


「そうか……セシリーは魅力的だからな。では両家の縁はセシリーに繋いでもらおう」

「そうよ。あなたはお姉さんなんだから、何も言わずに我慢して」


 ある意味期待通りだったので私はすぐに引き下がった。

 その日のうちにグレイに首尾は順調だと報告すると、あちらからも提案がある。


「セシリーは尻軽の気があると兄と家族に伝え、三年家宝式をしてはどうかと提案している。君の方も家族に勧めてくれ」


 三年家宝式とは、お互いの家から二つずつ家宝を出し合って、仲人になる上位貴族などに三年間預かってもらう。

 その三年の間に問題が起きた場合、問題を起こした側の家宝は相手側の家に渡る。

 例えば、セシリーが不倫したら、うちの家宝は二つともゴルン子爵家の物となる。

 元々の二つも当然、あちらに戻される。


 これが起きると、ただ家宝が相手に渡るだけでなく、仲人となった貴族の顔にも泥を塗ることになるのだ。

 そのため、お互いに軽はずみな行動はしなくなる。

 何事もなく三年が経過すれば晴れて解除となって、それぞれの家に家宝が戻る仕組みだ。


「それ、いい案ね」


 彼の狙いはすぐに理解できた。

 私はその日のうちに、セシリーがいないところで両親を説得する。

 二人の結婚は認めるから、せめて三年家宝式にしてくれと。

 もし二人の間にもめ事が起きたら、私の心がもたないとか適当なことを伝えた。

 両親もセシリーの行いには若干の不安があるようで、これを承諾した。

 そこから式の準備はトントン拍子に進んでいく。

 仲人はドルズ伯爵が引き受けてくれることに決定した。

 このドルズ伯爵はかなりの悪評がある人物で、貴族の間でもかなり嫌われている。

 厚顔無恥で、金がすべてという価値観のため、利益にならない事は一切行わない。

 つまり両子爵家は仲介の貴族が見つからず、金を払ってドルズ伯爵に頼んだのだろう。


 式の日まで、相変わらずセシリーもブズーリもやりたい放題だった。

 婚約者などいないかのように異性と遊んでばかりだ。

 バレないように私とグレイでひたすらサポートをし続けた。

 その甲斐もあって、無事結婚式当日を迎えることができる。

 三年家宝式は大規模な結婚式になることが多い。

 両家とも覚悟が無ければ、なかなか行えない式だからだ。

 万が一家宝を二つも取られれば、その損失は計り知れない。

 ゆえに周りも基本的には両家を好意的に見てくれる。

 会場は町一番の大聖堂。

 私はセシリーの控え室で、彼女の純白ドレスを見せつけられている。


「どう、このドレス最高でしょう? 本当はお姉様が着るはずだったのにごめんなさいね~」

「いいのよ。よく考えたらブズーリ様って全くタイプじゃないから。中身もそうだけど、なにより外見がね」

「うふ、負け惜しみ言っちゃって。あんなに格好いい人いる? 弟のグレイ様くらいよ。どうせ狙っているんでしょ?」

「ああ、確かにグレイ様は格好いいわね。いつもブズーリ様も嫉妬しているみたいだし」

 

 この辺からセシリーは首をかしげる。


「なぜ嫉妬するの? ブズーリ様だって同じくらい美しいじゃない」

「あれが美しい……。まぁそうね、美的感覚ってのは人それぞれだものね、ふふっ」


 私が含みのある笑いをするのが気に入らないのか、セシリーは私を控え室から追い出す。

 ちょうど良いところにグレイが合流してくる。


「下調べは完了した。アレがどこに運ばれるかも把握したぞ」

「さすがね。彼は?」

「そっちも隠れてもらっている」

「それでは、いきましょうか」


 私たちは式場の中のテーブルに向かう。

 聖堂内にある広い室内に、来賓用のテーブルや椅子が多数用意されてある。

 私たちは特等席に腰を下ろす。

 上位貴族、有力貴族だけではなく、なんと王族の方も何人か参加している。

 それだけ三年家宝式は注目されるということだ。

 まず両家の挨拶が行われ、いよいよ扉が開いてメインの二人が入場してきた。

 まさに美男美女だ。

 悔しいけど今日のセシリーは格別に綺麗だし、ブズーリも見惚れるほどの外見だ。

 こちらは私の魔法だけど。

 二人は奥の真ん中の席に並んで座る。

 やがてうちの両親とあちらの両親が前に出て、お互いの家宝をドルズ伯爵にお渡しする。

 輝きを放つ宝玉、意匠を凝らした短剣、指輪、手鏡。  


「間違いなく受け取った」


 伯爵がそれを受け取り、移動式のテーブルの上に乗せる。

 従者が慎重にそれを別の部屋に運んでいく。

 その後、二人の挨拶などがあり、食事が始まる。

 そのタイミングでグレイが式場から出ていったので、少し待って私も後を追う。

 出て少し歩いた廊下にグレイ、そして今まで隠れていたロックがいた。

 人がいないのを確認して、私はグレイにビジュアル魔法をかける。

 町娘の姿になったところで、まず私が会場に戻った。

 すでに騒ぎは始まっている。


「嫌嫌嫌ぁー! 本当に誰なのぉ!?」


 取り乱した様子のセシリーの声が響く。

 それもそのはず、私がグレイに魔法をかけたことで、ブズーリの容姿が元の姿に戻ったのだ。

 私やグレイは見慣れているが、セシリーはあの姿を見るのは初めてだ。

 常に私が管理して、美青年を保たせていたのはここでご対面させるため。


「やっ、これは違うというか……あ! ルニア、魔法が解けているぞ!」


 ブズーリは慌てているけど、私は特に焦ることもなく二人の前に歩いていく。


「ブズーリ様、どうやら私の魔力が尽きてしまいました」

「はぁ!? まさかお姉様、ブズーリ様の姿はビジュアル魔法だったの!」

「まさか知らなかったの? あなた、真実の愛がどうとか言って私からブズーリ様を奪ったから、てっきり知っているものかと」

「奪った? いま奪ったと言ったか……」


 私の一言に来賓の貴族たちが穏やかではない雰囲気になる。

 寝取られなど、ただでさえ結婚式では禁句だろうに、あろうことか姉から奪ったとなれば最悪の事態だ。


「毎回、私から恋人を奪うのがあなたの趣味ですものね。でもある意味、あなたとブズーリ様は真にお似合いかもしれないわ」

「それってどういう……」


 ブズーリが怯えた表情をする。

 そこで勢いよく扉が開かれ、町娘に変身したグレイが入ってきた。

 町娘の彼はブズーリの前にいくと、しくしくと泣き出す。


「ブズーリ様、わたくしと結婚してくれるというお話は嘘だったのですね……」

「結婚!? なにを言ってるんだ、そもそも君は誰だ? おれは知らないぞ!」


 ああっと堪えきれない様子で町娘が床に膝をついて、お腹を擦り出す。


「知らないふりをするなんて、あまりにも酷い……。このお腹には、もう貴方の子供がいるというのに!」


 すごい、迫真の演技だ。

 私は感心する。

 対照的に参加者たちは絶望と動揺の渦に巻き込まれる。

 会場中が騒然となって、あまりの驚きに立ち上がる人や口元を押さえる人まで。

 このタイミングで、町娘グレイは泣きながら会場を去っていく。

 軽蔑の視線が四方八方からブズーリに注がれる。

 私はそっとセシリーのそばに寄り、薄く笑いながら耳打ちする。


「可愛いセシリー。欲しがりのお馬鹿妹さんに、お姉ちゃんからのプレゼントよ」


 キッと感情をむき出しにしてビンタをかまそうとしてくる。

 くるだろうと読んでいたので私は反応して避ける。

 すると自分の長いドレスの裾を踏んづけてしまい、セシリーは盛大にすっ転んだ。

 顔面を床にぶつけて鼻血が垂れている。

「お似合いよ」

 私は床に伏したセシリーを何秒か見下した後、出入り口に向かう。

 素晴らしいタイミングで中に入ってきたのはロックだ。

 彼は真っ直ぐにセシリーの元にいくと、大声で怒りをぶつける。


「どういうつもりなんだセシリー! 少し前まで俺と愛を誓っていたのに、なぜ他の男と結婚するんだよっ」


 また騒ぎが大きくなったところで私は静かに会場の扉を開く。

 背中越しに、ロックに注文していたセリフが聞こえてくる。

「やっぱり俺が平民だからか! 平民との愛は偽物なのか!」


 貴族は基本、平民との恋愛や結婚を嫌がる。

 特権階級にいる自分たちの中に、遙か格下の血が入ることを心底恐れているのだ。

 だからこそ、今までで最も反応が大きかった。


「おいセシリー、姉から恋人を奪っただけでなく、二股をかけていて、しかも相手は平民だったというのか!?」


 上位貴族のお偉いさんに詰められたセシリーは涙目になり、追い詰められたネズミみたいにぷるぷると震えている。

 私は大笑いするのを必死に堪えながら一度会場を出ていく。

 先ほどの廊下で待っていたグレイに労いの言葉をかける。


「お疲れさま。あなた、意外と演技派なのね」

「やるときゃやるさ。それより、まだ最後の仕上げが残っている」

「ええ」


 私はすぐに彼に魔法を重ねがけする。

 町娘の姿から、今度は似ても似つかない威厳あふれる壮年男性――ドルズ伯爵に変わった。

 グレイはすぐに風を切るように威風堂々とした歩き方で廊下を進んでいく。

 私はその一歩後ろを従者のようについていく。

 向かったのは両家の家宝が保管されている部屋の前だ。

 伯爵の従者が二人、部屋の前で待機していた。

 グレイは彼らに命令を出す。


「家宝を調べる必要が出てきた。ドアを開けなさい」


 従者たちは一瞬戸惑ったが、すぐに部屋の鍵を開けた。

 どこから見てもグレイは伯爵そのものだし、子爵家の長女である私もいるので疑いもしなかった。

 私たちは部屋の中に入ると、準備していた入れ物の中に家宝をすべて収める。


「三十分ほどで戻る。引き続き、ここで待っていなさい」

「はっ」


 従者たちは仰々しく返事をした。

 私たちは会場に戻るふりをしつつ、途中で聖堂の出口へと方向を変える。

 そのまま外に出て、あらかじめ手配してあった御者に挨拶をし、そのまま馬車を出してもらう。

 馬車が町を出て、しばらく経つとグレイが気分爽快な様子で言う。


「終わったな」

「ええ、完璧に」


 この終わったには複数の意味が含まれる。

 もちろん計画が順調に終わったこと。

 結婚式がめちゃくちゃに終わったこと。

 子爵両家の評判が地に墜ちて爵位を取り上げられる可能性が高いこと。

 なにより、セシリーとブズーリが貴族としての生き方を完全に奪われたこと。

 いずれ私たちが家宝を盗んだこともバレるだろうが、その頃には二人そろって、遠く離れた他国だ。

 両家にはもう頭のキレる者は残っていないので、私たちを捕まえるなど無理だろう。

 ドルズ伯爵家も単純な者が多いと聞くし、なにより自分の家宝でもないのに追っ手を出すことはまずない。

 

「でもいいのか、あのロックってやつ。あれをしたら君と復縁できると思い込んでいたぞ」

「私は考えると言っただけ。そもそも一度裏切られているの。だから私も一度裏切るわ。これでお互い様」

「確かにな。それにしても、久々に見た兄の真の姿は実に醜かったな。あいつの心を反映したかのようだった!」 

「私もセシリーの間抜けな泣き顔が見れて大満足よ」

「この家宝も最高だしな。他国でも高く売れるぞ」

「でも不吉を呼びそうだし、町についたらさっさと売ってしまいましょう」

「その金で、一緒に飲みにでもいこう! 祝杯ってやつだ」

「乗ったわ」


 しばしの静寂が訪れて、


「あはは、はははははっ!」

「ふふ、ふふふ」


 堪えきれなくなった私たちの笑い声が馬車の中で重なり合う。

 それは長年虐げられてきた者同士のデュエットのようだった。


 ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎


 数年後、故郷から遥か遠くの地で、ルニアとグレイは穏やかな日々を過ごしていた。

 結局、町を出た後、両家の家宝を売ることはなかった。

 売った場所から足がつく可能性があること。

 あとは家宝を売ったお金で暮らしては、あの家の恩恵に授かるカタチになるのでは? と二人で話し合って売るのをやめたのだ。

 新しい町で知り合いもいないこともあり、二人は協力して商売を始めた。

 最初は道端でルニアの変身魔法を披露して、おひねりをいただくやり方だった。

 珍しい事もあり、瞬く間に人気が出た。

 そこでグレイはこの国の貴族や王族に営業をかけて、ルニアの魔法の素晴らしさを周知させていく。

 無論、ルニアの体調が悪くなり過ぎないよう、セーブするのも彼の役目だ。

 

 ルニアの才能とグレイの行動力が組み合わさり、今では催し事や祭りの際には必ず呼ばれるほどになった。

 おかげで財をなすことにも成功する。

 また、故郷からの追っ手はまったく無かった。

 御者から足がつかないように手を打ったこともあり、ドルズ伯爵も家族も二人の行き先がわからない。

 どの国にいったかわからなければ、捜すのはあまりにも労力が大きい。

 だから追っ手を出さない――二人はそう考えていた。

 だが実際は違った。

 つい最近、ルニアたちの故郷で貴族を相手に何年も商売をしていた事のある商人と話す機会があった。

 彼によると、すでに両子爵家と伯爵家は没落貴族となっていたらしい。

 つまり、追っ手など出す余力がなかったのだ。

 両子爵家がそうなるのは、酷い失態を大勢の前で晒したからだろう。


 ではドルズ伯爵家はなぜか?

 元々、嫌われ者ということもあり、これを機に徹底的に素行調査された結果、あらゆる悪事が判明したようだ。 

 他の貴族の商売を陰で邪魔していたり、悪徳商人から賄賂を貰って、邪魔な商人を潰すのに協力したり等。 

 話を教えてくれた商人も、ドルズ伯爵の嫌がらせにあった経験があるとか。

 伯爵は悪事があかるみに出たことで爵位を奪い上げられ、今ではどこにいるのかも不明らしい。


 

「それかちてー!」

「やだー! これ、わたちのー!」


 洒落た邸宅の前にある庭の中で、まだ小さな二人の姉妹がケンカを始めてしまう。

 腕を組んでいたルニアとグレイは、思わず顔を見合わせた。

 共に生きていく内に二人は恋仲となり、やがて結婚をして二人の子供を授かった。

 その大事な二人の子供がオモチャを取り合って争っているのだ。


「どうする、ルニア?」

「そうね……」


 ルニアは子供たちのところにいって、オモチャに触って注意をひく。

「これは二人の物。だから二人で仲良く使うのよ」


 お姉さんだから、妹だから、我慢しろは絶対に言わないのがルニアの教育方針だ。

 先に生まれようと、後に生まれようと親は平等に接していく。

 子供たちも聞き分けがよく、すぐにオモチャを仲良く使って遊ぶ。

 グレイがそんな二人の頭を優しく撫でる。


「二人とも偉いぞ。そんな二人に、パパとママからプレゼントだ!」


 そう言って、グレイはルニアをお腹を指差す。

 意味がわからず小首を傾げる子供たち。


「ママのお腹に三人目の子がいるんだ。弟か妹かは生まれてからの楽しみだぞ!」


 わあ! と二人は顔を輝かせながらルニアに抱きついた。

 ルニアも微笑を湛えながら二人のことを抱きしめた。


06月4日 21時

数年後の話、加筆しました。

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子爵家に悪辣な脳味噌の持ち主がいたらかなり悪用できそうな能力ですね^^; 全員アホで良かった。
後日談が追加されて、2人が幸せに暮らしていると分かって嬉しかったです。 ただ、変身魔法で王侯貴族を相手にできるほど身を立てたとなると、故国まで噂が届かないかとまだ少し心配になりますが… 結婚式に参…
祝杯あげてないで、サッサと家宝を売り飛ばして行けるだけ遠くに行くべきだ さすがに侮辱された伯爵が威信をかけて追いかけてくるのでは? 逃げおおせるために家宝はそのまま伯爵に。逃亡資金はお互いのカーチ…
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