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おやすみ、創世の魔法使い。  作者: 魔法少女ねりりんモンロー
出会い編
6/17

焼き鳥?やきとり?





流れる風を背に受けて、足場の悪い山道を進む。


見渡す限り木、土、石。自然の塊と言っても過言ではない山々が、視界いっぱいに連なっている。わずかに木々を通り抜けた木漏れ日が励ますように私たちを照らしていた。


人の手がほとんど加わっていない原生林は、自然の脅威と美しさを同時に教えてくれる。道行く花々、緑は見とれるほどに鮮やかだが、足場は地獄さながらだ。私の身長を優に超える岩があちこちに転がっているし、木の根やツタは思うがままに伸びている。おかげで登っても登っても進んでいる気がしない。


「はァ…はァ…。煙草やめっかな…。」


後ろから今にも死にそうな声が聞こえる。振り返ると、ハイレーンが息を切らしながらよたよたと脚を動かしていた。どこぞで拾った枝を杖がわりにして、体を引きずるように歩いている。


「軟弱者め。これだから人間は嫌いっポ。」

「歩きもしねぇ奴が何言ってんだ!ずっとそいつの肩の上で休んでるだけじゃねぇか!」


ハイレーンが杖がわりの枝で真っ直ぐに小鳥を指す。

小鳥は虚をつかれたように羽をバタバタと動かした。柔らかな羽毛が私の頬をくすぐる。


「休んでなどいないっポ!マリアンネ様に仇なす奴らがいないか、監視してんるんだっポ!」

「物は言いようだなクソッタレ…。」

「ケッ、人間風情が!ボクと喧嘩したいなら、ここまで登って来るんだな!」


小さな胸をふふん!と突き出す。言うまでもないが、私たちとハイレーンの間には勾配の急すぎる山道が広がっている。


「セコっ!!!」


こちらを見あげてガックリと項垂れるハイレーン。勝ち誇ったように胸を張る小鳥。後者はともかく、前者はいささか顔色が悪い。


「どうしてそんなに遅いの?もっとはやく登れるでしょう。」


純粋に疑問に思ったので尋ねただけだった。

人間と魔女の身体構造は同じ。可動域もあまり差異はない。ならば、私とスピードで歩いて然るべきなのだ。


「ぐっ…あんたなァ…!」


しかしながら、私の態度がハイレーンの逆鱗に触れたらしい。透明の瞳ががキッ!と私を睨みつけた。その目にはありありと怒りが表れている。


「俺はあんたとちがって人間なんだ!長時間動けば疲れるし、食うもん食って寝ねぇと死ぬんだよ!魔女と一緒にすんな馬鹿野郎!」

「…。」


肩に乗った小鳥を見やる。ハイレーンと言い合いながらも、その目には同情が見え隠れしていた。

私の視線に気づくと、小鳥はサッと目を逸らす。


「もしかして、あなたも疲れるの?」

「…大変恐縮ではありますが、ご明察ですっポ。」


心底言いずいようで、小鳥は苦い顔で頷いた。


「マリアンネ様は感じないかと思われますが、一般の生物には疲労というものがありますっポ。長時間活動すれば、その分だけ体力───エネルギーを消費するのです。」

「へぇ、知らなかったわ。」


道理でハイレーンの動きが鈍くなるはずだ。時間と並行して疲労が蓄積されるなら、後半になるにつれ動きが鈍っていったのも納得がいく。


「その疲労とやらを回復するには、どうすればいいの?」

「損耗具合にもよりますが…。今回は3日3晩動きっぱなしですから、最低1日は休息をとりましょう。」

「なるほど、休息ね。それなら分かるわ。」


周囲を見回せば、ちょうど木が生えていない空間があった。広さ的にも十分だし、地面は柔らかな苔で覆われている。これなら、きっとハイレーンも休めるだろう。


「あそこで一旦休息をとりましょう。ハイレーンもそれでいい?」


私が指さした場所を見つめ、ハイレーンは神妙な表情で言った。


「…ああ。問題ない。」


気まずい雰囲気に包まれながらも、私たちは移動した。

私たち2人と1羽が座っても余裕があるくらいのスペースに、木々の隙間を縫って降り注ぐ木漏れ日の暖かな明かり。地面は苔で覆われているため、座っても体が痛くなることはない。


私が静かに腰を下ろすと、ハイレーンは端っこに木に寄りかかる。私の近くに寄るのは嫌なようで、私との間には人が何人も入れる空間が空いていた。

気まずい沈黙。心地よい風が木々の合間を縫って私たちを包んでいた。暖かな木漏れ日も相まって、小鳥は眠たそうに目を瞬かせ、はっと我に返ってはまた眠りかける。何とも穏やかで、平和な時間がゆったりと流れていく。


「さっき、食べ物と睡眠が必要と言っていたわね。」


小鳥がビクッ!と体を震わせた。一気に眠気が覚めたようだ。


「…ああ。」

「なら私が探してきましょう。ここで待っていてくれる?」


なぜが眉をへの字に曲げて、ハイレーンは私を睨む。不味いことを口にしてしまったのだろうかと後悔するも、人間に食料調達を己で行う慣習があるとは聞いていない。


「あんた、人間の食い物って何か分かるか?あと生物にいっっっっっちばん重要なもん。」


なるほど、そういう訳か。

内心密かに納得する。先程から気難しい顔をしていたのは、私に頼るのが気に食わない半分、不信感半分といったところか。


「流石に分かるわ。主食は小麦や米などの穀物。あとは山菜とかきのこ、水辺があるところは魚や貝類も食べるそうね。あと、山では野生の獣を狩るのでしょう?」

「概ね合ってるが…。じゃあいっっっっち大事なもんは?」


やけに大口開いて強調するものだから、私は首を捻った。人間ではなく、生物にとって大切なものだと言う。何と言うか、ハイレーンからは鬼気迫る気迫を感じる。


「大事なもの?…食物を加工することかしら。切ったり焼いたり…あとは、煮たりもするそうね。」

「…。」


ハイレーンの視線が私の肩で止まった。万物を射殺す鋭利な目つきが、幾分か和らぐのを感じた。

これには少しだけ見覚えがある。人間が、大層不憫なものを見る目だ。


「お前、苦労してんだな。」

「言うなっポ…。」


虚ろに遠くを見やる小鳥を、憐れむようにハイレーンが見つめた。秘密を共有し合う親友の如く、視線だけで物を語っている。異種間同士で、なぜこうも上手くコミュニケーションが取れるのか。私は不思議で堪らなかった。


「その様子だとあれだろ、水も休みもろくに貰えずにぶっ通しで旅してんだろ。そりゃ自分で飛ぶ気力も無くすわな…。」

「認めたくは無いが、オマエの言う通りだっポ。まさかマリアンネ様に水すら必要ないとは、ボクも想像していなかったんだっポ。」


やれやれと言わんばかりに肩、ではなく羽を竦める。


「俺が干からびるのが先か、お前が焼き鳥になるのが先か…はたまた雨が降るのが先か。」

「ケッ!気安くボクの名を呼ぶな!!!」

「だよなぁ。ったく笑えねぇ話───ん?」


1つ間が空いて、ハイレーンが石化する。同時に、右肩で小鳥がカチンコチンに固まった。

やっちまった!という声にならない声が聞こえた気がした。柔らかな黄色い羽毛が細かく震えている。


「…。」


小鳥は固まったままダラダラと冷や汗を流していた。驚きに目を丸くしたまま、信じられないものを見る目でハイレーンは問う。透明の瞳が私たちの間を往復する。


「そういやお前、名前聞いてなかったけど…まさか、」


へらっ、と笑顔をつくった。唇の端がピクピク震えている。


「…焼き鳥?」


長い、とても長い沈黙。

小鳥は固まったまま動かず、言葉も発さず、時間だけがひたすらに流れる。


ふと上を見上げれば、木の枝に小鳥が止まっていた。青い羽に橙が混ざった不思議な色合いをしていた。ピーチクとひとつ鳴き、羽を羽ばたかせる。ちらりと小粒の黒い目がこちらを見やり鼻で笑う…ような仕草を見せ、遠くへと旅立っていった。


「…言うなっポ。」


ようやく口を開いた小鳥────もとい焼き鳥の声は、なぜが酷く震えていた。




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