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おやすみ、創世の魔法使い。  作者: 魔法少女ねりりんモンロー
出会い編
5/17

魔女の弟子





窓の外から照らす朝日が、外にある湖を宝石のように輝かせている。

この世界の小さな煌めきをぼんやりと眺めていた。ちらりと視線を下に落とせば、端正な寝顔が目に入る。

一夜が明けても一向に目を覚まさないハイレーン。私のベットが占領されているのに気が食わないのか、同居人(正確には人ではないが)の機嫌は最底だった。


「クルッポッポッー!」


とうとう業を煮やしたのか。

朝日に照らされた黄色の羽毛。キラキラと湖の水面のように輝くそれが、助走の勢いを伴ってハイレーンの顔に直撃。


「ふべしっ!」

「とっとと起きるっポ!延長料金とるぞネボスケ!」


何度か瞬きをした後、ゆっくりと眼が開かれる。

透明の瞳が宙を彷徨い、目の前に居座る黄色の毛玉を映した。ぱちくりと瞬きを1つ。

次の瞬間、ギョッとしたように目を丸くし、絶叫をあげ勢いよく布団を跳ね飛ばす。


「なんじゃこりゃあああ!!!」

「ポギャッ!!」


宙を舞った布団の上を、黄色の塊がコロコロ転がった。

見事に空中で1回転を決め、壁にバウンドし床に落下。小さな羽をバタつかせて痛みに悶える。


「何すんだっポ、この薄汚坊主!ボクの羽に傷がついたら訴訟案件だっポ!!」


尖ったくちばしから鋭い言葉が吐き出される。両翼を手足のように使って頭を抑え、ハイレーンに噛み付いた。当の本人、ハイレーンは魂を失ったように固まっている。


「イ、インコが喋った…。」

「インコじゃなぁああい!マリアンネ様の使い魔だっポ!」

「つ、使い魔ァ!?」


そこでようやく、傍らに座っていた私に気づいたようだった。透明の瞳が溢れんばかりに見開かれ、全身から殺気が噴き出す。

ベットから勢いよく転げ落ち、すぐさま臨戦態勢を取った。


「魔女…!」


剥き出しの憎悪が容赦なくぶつけられる。


「どうも。元気そうで何よりだわ。」

「どの口がッ!」


左手が足につけられたポーチの中を探る。が、もちろん武器は取り上げてある。整った顔立ちが歪み、舌打ちが響く。

武器による攻撃はあきらめたのか、体を低く屈ませ、突進の体勢をとった。左の拳が後方に大きく引かれる。


「覚悟しろ!」


猛然とこちらに疾走しようとした時、またも毛玉が顔面に突撃した。


「クルッポーッ!2度もマリアンネ様に楯突くか!成敗だっポ!」

「へぶしっ!」


ベシッ!と物体同士がぶつかる音がした。

今度はハイレーンが空中に吹き飛ばされ一回転した。

勢いそのまま壁に背中から激突。重力に従い滑り落ちる。


「まったく、失礼な奴だっポ!お忙しい中、マリアンネ様が介抱してやったというのに。」

「元凶はそいつだろ…。」

「人間がそう思い込んでるだけだっポ。」


ぷいっ、と小さな首を精一杯背け、黄色の小鳥は羽ばたいた。小振り透明羽を懸命に動かし、私の右肩にちょこんと止まる。


「この御方は創世の魔法使いにして、ボク主様であるマリアンネ様。そしてここはボクたちの隠れ家だ。マリアンネ様は、お前たちが言う魔女とはひと味もふた味も違うんだっポ!」


ふふん!と得意げに胸を張る小鳥。頭に生える冠羽が風もないのにフリフリと動いている。

対照的に、ハイレーンは憎々しげに唇を噛んでいた。


「魔女は魔女だ!俺らに病を広めた悪魔の化身…お前らさえいなければ、どれだけの人が救われていたか!」

「それはオマエら勝手な言い分だっポ。」

「なッ…責任転換すんじゃねぇ!」


激情に満ちた瞳を、小鳥は羽繕いをしながら受け流す。


「事実だっポ。ならお前たちは、魔女病の元凶を知っているのか?魔女病を蔓延させたのは魔女であるという、確固たる証拠を持っているのか?」

「それは…。」


ハイレーンは口ごもる。じっと下を向いたまま動かない。


「魔女病を恐れ、罹患者を迫害し、犠牲を増やしたのはお前たち人間だっポ。病を治そうともせず、切り捨てるだけの人間に初めから未来などない。」

「…ッ、」

「ですよね!マリアンネ様!」


厳しい言葉と裏腹に、小柄な体を頬に擦り寄せて甘えてくる。柔らかい羽毛が肌に当たってくすぐったい。


「否定はしないけど…今更ハイレーンを責めたところでどうにもならないわ。どうせなら、建設的な話をしましょう。」


下を向いたまま動かないハイレーンの前に立つ。虚ろな彼の目にしっかりと映るよう、人差し指を立てた。


「あなた、私の弟子にならない?」


ひとつ、間が空いて。


「な、」

「はァ!?」


素っ頓狂な叫び声が重なった。ハイレーンは口を開けたまま固まって、小鳥は雷に撃たれたように肩から転げ落ちた。床に激突して、くちばしから白い煙をあげる。

いち早く我を取り戻したのは小鳥の方だ。


「な、なななな何を仰いますかマリアンネ様!お供は、この使い魔たるボクがいるではありませんか!!なぜ何処の馬の骨とも分からぬこいつを…。」

「別に理由はないわ。…強いて言うなら、暇つぶしかしら。」


途端、ハイレーンの体が飛び跳ねた。


視認する間もなく首に何かが巻き付く。それが糸であることは、確認するまでもない。

視線を上にやれば、天井から糸が垂らされていた。これで私の首を拘束したのか、推測する。

宙ぶらりんとなった体は地面と支えを失い、振り子のように左右に揺れる。


「ポ!?!」


一コマ開けて、小鳥が悲鳴をあげた。あまりに一瞬のできごとに理解が追いつかなかったのだろう。目を白黒させ、慌てふためいた。


「ッざけんな!暇つぶしだァ?俺の人生滅茶苦茶にしといて、あんたの暇つぶしに付き合えってのかよ!冗談じゃねェ!!」

「別にただで着いてこいとは言ってない。それ相応の対価は用意するし、一応助けてあげた恩もあるはずよ。これでチャラじゃない?」

「んなことできるかァ!!」


透明な瞳が薄く発光している。なるほど、魔女の力を使うと瞳に影響がでるらしい。薄く透明な瞳が冷たい鋼鉄の光を放つ。


「あんたが焼き殺した人の命が、こんなもんで釣り合うと思うな!どんだけの人が今まで犠牲になってきたか知ってんのか!」


だから、その犠牲の大半は人間が生み出したものだろう。

と言いたい気持ちをぐっと堪え、私は思考を巡らせた。この場合、ハイレーンの性格に合った返答パターンは───。


「───だったら、これまで死んだ人間の数だけ、これから人を救えばいい。」

「!」


瞳の色が和らぐ。目に宿る光は徐々に薄くなり、やがて消えていった。

同時に首を括っていた糸が切れ、体が解放される。

どうやら当たりを引けたらしい。つま先からゆっくりと着地し、脱力するハイレーンを見下ろした。小鳥がバタバタと飛び寄ってくる。


「あなた医者でしょ?医者の仕事は病を治すことと聞いているわ。ならば、魔女病をあなた自身で治せばいい。違う?」

「違わない…けど、」


口を開けたり閉じたりしながら、ハイレーンは声を絞り出す。まだ理解が追いついていない様子だ。


「だからって、あんたについていく必要はないだろ。」

「いいえ。魔女と似た私の体の構造、習性、生活習慣…その全ては魔女病を治す手がかり足りうる、貴重な情報でしょう?あなた自身で調べる必要があるとは思わない?」

「…。」


正確には魔女ではない、とはあえて伏せておいた。ここで話を拗らせてもこちらが不利になる。


ハイレーンは唇を引き締めて押し黙る。僅かながらだが、動揺しているが見て取れる。もう一押しと言ったところだろうか。


「がむしゃらに調べるより、目の前に検体があった方がよっぽど楽よ。それに、私ならあなたの糸を制御する方法だって、教えてあげられる。」


一転して、表情が変わった。


「制御、できるのか俺に…?」

「ええ。」


長い、とても長い沈黙が流れた。

手を組んだまま俯き、じっとしたまま動かない。そのくせして肩が小刻みに揺れている。きっとハイレーンの中では様々な感情が蠢き、ぶつかり合い、葛藤していることだろう。私には想像もつかない神秘の領域だが、これが人間の長所であり短所というものだ。急かす必要もないので、答えが出るまで待つ。

唯一、私の肩に乗った小鳥は不安げに羽を揺らしていた。そわそわと落ち着かない様子で羽を繕ったり、くちばしを鳴らしたりする。


やがてハイレーンは大きく息を吸い、吐いた。熟考の末に、決意を固めているようだった。


「いいぜ。あんたの弟子に───魔女の弟子になってやる。」


色のない瞳が、真っ直ぐに私を見つめた。もうその目に揺らぎはない。魔女病を治す、その心意気だけが伝わってくる。


「決まりね。」

「ポォ…。」


肩の上で小鳥ががっくりと肩を落とした。しかし文句を言わないあたり、どこまでも私の言うことには従順なのである。


暖かな朝日が、私たちを照らす。この瞬間を待ちわびていたように。


「改めまして、私はマリアンネ。よろしくね。」

「ハイレーン、医者だ。弟子にはなるが、馴れ合うつもりはねぇ。」


そう言ってそっぽをむく。生意気な態度に小鳥はケッ!と唾でも吐きかける勢いだったが、別に気にはしない。これはこれで面白いし、いい暇つぶしになる。

肩を揺らして小鳥にも合図をする。最初は嫌がっていたものの、小指で小突くと渋々くちばしを開いた。


「ボクはマリアンネ様の使い魔だ。お前とよろしくするつもりはないっポ。」

「誰がお前ぇなんかとよろしくするかよ。インコ野郎が。」

「クルッポー!!!やっぱオマエムカつくっポォ!!!」

「んだとクソ鳥ゴラァ!!!」


間髪入れずに頭突き合いが始まった。一方はくちばしで的確に目を狙い、一方は拳で応戦。やんややんやと続くバカ騒ぎに、やはりこいつを誘ったのは間違いだったかと考える。


───まぁ、面白そうだしいいか。


1羽と1人の喧嘩は過熱の一途を辿り、ついに壁に穴が空いた。相性は最悪だろうが、見飽きることはなさそうだ。


これからまだ見ぬ旅路は、きっと予想のつかないものになる。破天荒な旅になればなるほど、いい暇つぶしになるだろう。そんな予感がするのだ。


私は胸に手を当て、ゆっくりと目を閉じた。いつも、無機質にそこにあるだけの心臓モドキが、妙に脈打つのを感じる。

もしかしたら、前にも似たようなことがあったのかもしれない。トクントクンと鳴る胸の鼓動に耳をすませながら、私は1歩踏み出した。





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