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おやすみ、創世の魔法使い。  作者: 魔法少女ねりりんモンロー
出会い編
2/17

魔法使い、魔女を知る




いくら少女が涙を零しても、鉄の床に雫が落ちるばかり。この牢の中ではハンカチひとつ差し出すこともできない。というか他者を気遣える余裕などない。


「酷いものね。」

「ああ。お国が躍起になって摘発するもんだから、密告するヤツが後を絶たねぇ。んでこのザマだ。」

「あなたも?」


問い返すと、ハイレーンは苦笑いで返した。


「まぁな。詳しくは思い出したくもねぇが。」

「お気の毒に。」

「お気遣いどーも。」


黒髪をガシガシと掻きむしって大きなため息をひとつ。あまり良い思い出ではないのは確かだろう。

これ以上詮索するのも野暮というものだろうか。と頭の片隅で考え口を閉じる。静かすぎる沈黙が牢の中に満ちる。


「あんたも売られた…ってワケじゃなさそうだな。警邏にとっつかまったか?」


しんと静まり返った空気の中、ハイレーンの声はやけに響いた。


「そんなところかしら。」


曖昧な言葉で濁す。事実は多少違うが、個々で嘘を言って疑いを深めたくはない。

多少なりともこちらを睨みつける視線はあったが、ハイレーンはすんなりと信じたようだ。


「そうか。お互い大変だな。」


こちらを気遣ってのことか、それ以上の追求はされなかった。

粗暴な口調とは裏腹に心根の優しい青年だ。常に周囲の人を気にかけているのが分かる。透明な瞳には、他者を憂う心が映っているようだった。


「これからどうなるの?みんな殺される?」


ピリッと殺気にも似た冷気が走った。誰かが鋭く息を吸い込む。こちらを睨む視線がありありと突き刺さる。

アレ、またおかしなことを言ってしまったか。気づいたところで何かできるわけでもなく、押黙る。やがて、こちらの心情を察したのだろう。皆を落ち着かせるよう、ハイレーンは穏やかに言った。


「おいおい物騒なこと言うなよ。いくらなんでもタマ取られやしないさ。ちょっと血を見られるだけだ。」

「血?同じようなものでしょう。」


血を流すことは死と違うのだろうか。


血を流しすぎると人間は死ぬ。それが常識と言うものだろう。

疑問に思って小首を傾げると、ハイレーンは引きつった顔をしていた。


「ちげぇって!あんた極端だなぁ…。」


吐いた息は瞬時に白く染る。長い長い白を吐いて、大きく息を吸う。


「魔女ってのは見てくれは人間だが、本体は違う。あいつらは純度の高い《魔晶石》を核にしてできてる、いわば石の人形だ。だから人間と違って食事も睡眠も必要ないし、血も流れてない。」

「ふぅん。」


気のない返事をすれば、ちゃんと聞いてんのかと訝しげな目で見られた。


「だから一人一人確認するんだよ。こうやって手首を切って、な。」


そう言ってハイレーンは、落ちていた小さな金属のは変で手首を軽く引っ掻いた。

ツゥ…と流れでるのは真っ赤な血液。なるほど、これで彼が人間であることが証明されたわけだ。人は存外賢いものだ、と内心思う。


ふと、向かいの鉄格子に目がいった。中にはうずくまったままの少女がいる。

ここで新たな疑問が生まれた。


「だったらさっさと確認して家に帰せばいいじゃない。どうして鞭なんか使うの?」


至極真っ当な問いだと思う。鞭なんぞ使わなくとも、ナイフで刺すなり切るなりすれば血は流れる。どうせ死にはしないのだから、やった所で損ないのだろう。

しかし、鞭で打たれれば話は別だ。倒れたままの少女の背中には青あざはいくつもある。が、血は流れていない。わざと傷をつくらないようにしているようだ。

なぜこんな回りくどいことをする。真っ直ぐな目でハイレーンを見れば、居心地が悪そうに視線を逸らされた。


「あー…。そりゃあ…。」


しばらく口篭る。行き場のない右手が右往左往した後、下顎をゆっくりと撫ぜて行く。意を決したのか、ハイレーンはきまりが悪そうに言った。


「連中も怖いのさ。こんな狂った世の中でも、もし自分が手にかけたのが人間だとしたら…罪の意識に耐えきれなくなる。全てを知って潰れるくらいなら、知らないまま生きてぇんだ。」

「難儀なものね。」

「めんどくせぇがな。」


自嘲気味に笑う。自分を甚振る連中を批難しないのはいざ己が相手の立場になった時、そうならない確信がないからだろう。

他の者も同じだ。現状に怒り、嘆き、憎しみを抱いても、どこか他人に対する同情が含まれている。手放しに誰かを糾弾できるほど、人間はよくできていないらしい。


その時、遠くから足音が聞こえた。


「シッ!見回りが来るぞ。」


ハイレーンが鋭く声をあげる。

音からして複数人。バラバラの靴音が室内に反射して響き渡る。


廊下を大股で歩いてきたのは、若い看守4人組だった。リーダー格の男が1人、残りは部下だろう。各々が動きづらそうな甲冑を身につけ、ガシャガシャと耳障りな金属音を響かせる。


リーダー格の男が格子の前で止まった。部下は後ろで直列に並び、微動だにせず背後で腕を組む。


「これから《検査》に移る。大人しく着いてこい。」


そう言って、部下の1人が鍵を開けた。錆だらけの鉄格子がゆっくりと開かれる。

ハイレーンと視線が交わった。お互いに考えていることは同じだ。


脱出の機会は今しかない。


それぞれ独房の中には囚人が10人程度。監視の目は全員には行き届かない。看守も武装はしているが、あんな重苦しい甲冑でろくに動けないだろう。加えて、4人という少人数ならであれば、瞬きの間に殺すことができる。

おまけにこちらに対する拘束はないときた。こんなの"出てください"と言ってるようなものだ。


「…。」


しかしハイレーンは動かなかった。

なぜ、と視線で訴えると、小さく首を横に振られる。下手な動きはするなということだろう。いささか不満はあったが、ここで問題事を起こして突っかかられても厄介だ。


「無駄な抵抗はするなよ。」


憎しみの籠った視線を向けられ、囚人は萎縮しながら牢を出る。ハイレーンも後に続いた。


───目をつけられても厄介か。


ぞろぞろと動く囚人達にならう。全員出たと確認するやいなや、背後でギィ…と扉が閉められた。


何となく向かいの独房を見れば、同じように囚人が連れ出されている。うなだれたままの少女は、看守に半ば引きづられるように連れていかれていた。



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