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おやすみ、創世の魔法使い。  作者: 魔法少女ねりりんモンロー
出会い編
1/17

雪解け、薄闇の地下牢にて




おそらく地下につくられているであろう牢の中は、冷たい鉄の感触がする。


地面を人差し指で撫でる。冷たさとわずかながら湿った感じがする。外の雪が溶けて漏れてきているだろうか、と憶測を立てた。服が濡れるのはさすがに嫌だ。


ほぼ同時に、聞きなれた破砕音が耳を貫く。


バシン!


「…。」


対面に位置する牢の中。緑の軍服らしきものをまとった看守が、鞭を片手にほくそ笑んでいた。


「おら!さっさと立て!」


看守が少女に向かって鞭を振りかざす。何度も何度も入念に背中を打ち、その度に少女の口から甲高い悲鳴が上がる。


「やめて!もうやめてください!おうちに返してください…。」


最後はかの鳴き声と変わらない小さな声だった。震える手で壁に縋り付き、背後にいる看守へ懇願する。

見たところ8から9歳あたりだろう。年端もいかない少女がいたぶられているのは正直に言って、見てて気持ちのいいものではない。


しかしながらあろうことか、看守はさらに鞭を打つ。


バシッ!と人体を抉る耳障りな音。


「うぐっ…!」


とうとう堪えきれずに、少女は倒れ込んだ。冷たい鉄製の壁に衝突、そのまま地面に倒れ込む。

近くにいる囚人が大きく身を震わせた。彼らにとっては決して他人事ではない。明日は我が身というか、1寸先は我が身なのだ。


「てめぇら《魔女》に口答えする権利はない!とっとと白状して、大人しく首をはねられろ!」


吐き捨てるように言い残し、看守はドカドカと足音をたてて格子を出た。重厚な扉を閉めて鍵をかけることも忘れない。


「人に這い寄る蛆虫が!とっとと死ね!」


少女に唾を吐き捨て、看守はおぞましいものを見るように顔を歪めた。足音を立て、大股で去っていくのを無感情に眺める。

残された他の囚人はがっくりと肩を下げ項垂れていた。特に少女は起き上がる気力もないのか、その場にうずくまったまま動かない。


「行ったか…。」


ふと視線を手前に戻せば、私と同じ牢入れられた青年がぽつりとこぼした。


男にしては黒髪に色素の薄い透明な瞳。すっと通った鼻筋にくっきりとした二重。白い肌は妖精のような儚さを感じさせる。

端的に言って、人離れした整った形をした青年だった。


「おい嬢ちゃん、大丈夫か?」


青年が格子越しに声をかける。廊下を挟んで向かいにある少女の元に、声は届いたはずだ。しかし返ってきたのは、


「…う、うぅ、」


という小さなすすり泣きと呻き声だけだ。

青年が顔をしかめる。正確に言えば後ろからでは表情が見えないので、実際のところは分からない。が、背中からはありありと伝わる。


「《魔女病》もここまで広がると、あんなちっせぇガキにも容赦なしか。ひでぇもんだ。」


他の囚人たちも無言ながら同情している様子だった。膝を抱えて縮こまる者、肩を抱き震える者、手を合わせ何かに祈る者。皆行動は違えど、心情は同じらしい。


「魔女病…って何?」


空気が凍りつくのを肌で感じた。

視線が突き刺さる。怒り、憎しみ、驚愕、そして悲しみ。

何がまずいことを口にしたのは分かるが、今更慌てたところでどうにもならない。

くるりと青年が振り返る。驚いたように目を見開き、じっとこちらを見つめる。


「あんた、知らねぇのか。」

「知らない。」


青年は訝しげに、私の頭のてっぺんからつま先までを凝視した。


「その格好…旅人?」

「ええ。」

「どこから来た?」

「ここより北にあるムスタサーリという孤島よ。」

「聞いたことねぇな。」

「小さな島ですもの。知るはずがないわ。」


顎を撫でながらじっと黙り込む。鉄でできてるこの部屋は思っているよりも冷える。青年の吐く白い息を見ながら、彼の出方を伺った。


「孤島って言ったな?住んでるのはあんただけか?」


案外あっさりと受け入れられた。一呼吸おいてから簡潔に答える。


「ええ。」

「そうか。」


この状況下において、青年は警戒心を捨ててはいない。しかしこれだけ簡単に他人を、しかも余所者を信じるとは。余程の馬鹿かお人好しだろうとあたりをつける。


「いきなり巻き込まれて災難だったな。俺はハイレーン。あんたは?」

「マリアンネ。」


青年──もといハイレーンは頷くと、淡々と口を開いた。


「魔女病って言うのは、その名の通り人間が魔女になっちまう病のことだ。200年前から急激に広まって、治療法も見つかっていない病。魔女が何かについては…さすがに分かるな?」


ハイレーンが気遣わしげに視線をやる。

さてはて魔女とは何なのか。知ったところではないが、ここで知らないというのも変に目立つ。

これ以上場の空気を悪くしたくはない。ただえさえ凍りつくように冷たいのだ。


「ええ、なんとなく。」


頷くと、ハイレーンはやや安堵したように肩をなで下ろした。


「魔女病に感染すると、通常は魔女にしか使えない不気味な力が使えるようになる。俗に言う魔法ってやつだ。厄介なことに制御は不可能で、本物の魔女と見分けもつかない。」


ぐるりと周囲の囚人たちを見回した。皆同じような布きれを体に巻き付け、縮こまったまま身を震わせている。


「だから国のお偉いさんは片っ端から怪しいヤツを牢にぶち込む。本物の魔女を炙り出すためにな。」


どこからともなくため息が漏れた。抗いがたい絶望に飲み込まれた吐息。吐く息は冷気により白く染まり、全身を覆う寒さはさらに心を削ってゆく。


「なるほど。通りで沈んだ顔をしてると思ったわ。ここには魔女なんていないものね。」

「そういうこった。こいつらはぜーいんあらぬ濡れ衣おっかぶされて、身内に売られたヤツばっかよ。」


向かいにある鉄格子の向こう、少女はまだ床にうずくまっている。

ぽつりぽつり。今にも途切れそうな泣き声とともに、言葉が吐き出される。


「かえりたい…かえりたいよ。ママ、パパ…!」






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