第四章:生意気小娘と予想外の提案
侯爵の舞踏会の夜も更け、ミレイアは計画を進めるために、次の一手を考え始めていた。そんなとき、ふいに彼女の視線の先に一人の小さな女の子が現れた。華やかな舞踏会の場には不釣り合いなほど幼い、10歳くらいの女の子が、一人で堂々と歩いてくる。
その少女は薄い金髪を肩まで垂らし、大きな瞳でじっとミレイアを見つめた。見た目は可愛らしいが、その視線には妙に挑発的な輝きがあり、まるで相手の心を見透かすかのようだ。
「あなたが噂のマデリーン夫人ね?おっきなお姉さんだね!」と、少女は無邪気な笑顔を浮かべて言った。
ミレイアは少し驚きながらも、微笑みを浮かべて答えた。「そうよ、あなたはどなた?」
「わたし?わたしはクラリスっていうの!この館のどっかの遠い親戚ってことになってるけど、まあ細かいことは気にしないで!」と、クラリスは軽く手を振って大人びた口調で言った。その表情には、まるで何もかもお見通しだと言わんばかりの自信が漂っている。
「クラリス、あなたはこのような舞踏会に一人で出てくるなんて、大胆ね」とミレイアは微笑んだが、心の中で「生意気な小娘だわ…」と呟いていた。
するとクラリスは、まるでミレイアの心の声を聞いたかのようにニヤリと笑い、「だって、こんなに大人の集まるパーティーなんて、つまんないじゃない?それに、あの侯爵に近づいてる変なお姉さんがどんな人か、見てみたかったの」と口にした。
ミレイアはその言葉に思わず眉をひそめた。「変なお姉さん?失礼ね、クラリス」
「ふーん、だって本当のことだもん。お姉さんって、なーんか秘密ありそうな顔してるよね」と、クラリスは肩をすくめた。彼女の無邪気な言葉が、妙に鋭くミレイアの胸を突いてくる。
「何を言っているのかしら、私には何の秘密もないわよ」とミレイアが冷静を装って答えると、クラリスはさらにニヤニヤしてミレイアに近づいてきた。
「ふーん…そうかな?ねえ、お姉さんもそう思わない?」と、クラリスはミレイアのドレスの裾を軽く引っ張り、いたずらっぽく微笑んだ。
その時、クラリスは不意に顔を真剣にして、「あ、でも今思い出したんだけど、さっきどっかの騎士団員が『今CoCo壱でご飯食べてるんだけど、インド人っぽい人が入ってきて店内に緊張が走ってる』って言ってたわ。ああいうの、面白いよね!」と、まったく関係ない話をし始めた。
ミレイアは一瞬、あまりに突拍子もない話に戸惑ったが、クラリスの楽しそうな顔に思わず苦笑を漏らした。「ええ、確かに緊張感が走るかもしれないわね。でも…そんな話、どこから聞いてきたの?」
クラリスはいたずらっぽく目を細めて答えた。「ふふん、秘密の情報源よ!子どもはね、大人が知らないこともいっぱい知ってるの」
その後も、クラリスは舞踏会の大人たちを観察しながら、しきりにミレイアに話しかけてきた。時折、大人びた表情を見せながらも、無邪気な調子で「クラスの女子が『今夜家に誰もいないのw来てw』って言って、行ったら本当に誰もいなかったって話、知ってる?」とか、「クリスマスなのにあったかいのは便座だけってどう思う?」など、訳のわからない話を延々と続ける。
ミレイアはそのたびに半ば呆れつつも、次第にクラリスの話に引き込まれている自分に気づいた。彼女の軽妙な会話と無邪気な毒舌は、舞踏会の堅苦しい雰囲気を和らげるようだった。
しかし、クラリスは突然、ふと真剣な表情に戻り、ミレイアにまっすぐな視線を向けた。「ねえ、お姉さん、侯爵のこと、好きなの?」
そのあまりに直球な質問に、ミレイアは思わず言葉を詰まらせた。「えっ?…どうしてそう思うの?」
「だって、ずーっと見てるじゃん。なんか、ただのパーティーの相手って感じじゃないし」と、クラリスは大人びた表情で指摘した。その鋭い視線に、ミレイアは内心冷や汗をかいた。
「そうね…彼とは親しい関係を築いているだけよ」と、ミレイアはややぎこちない微笑を浮かべながら答えた。
「ふーん、本当かなあ?」と、クラリスはからかうように目を細めた。彼女の無邪気さと鋭さが絶妙に混じり合った表情は、どこか小悪魔のような魅力があった。
クラリスはさらにミレイアに顔を寄せ、「ねえねえ、だったら教えてあげる!侯爵をもっと喜ばせたいなら、今度クリーニング屋に行って、『今、セール中ですか?』って聞いてみるといいわよ!びっくりしておばさん『今、生理中ですか?』と聞き間違えて『いえいえ、もう去年終わりました』って答えてくれるかも!」と真顔でアドバイスした。
ミレイアは思わず吹き出しそうになりながら、「そ、そんなこと…絶対に言わないわよ」と答えたが、内心クラリスの面白さにやられていた。クラリスは得意げにニヤリと笑い、満足そうに腕を組んだ。
その後、クラリスは無邪気にミレイアに手を振り、「それじゃ、お姉さん、またね!次はもっと面白いネタ持ってくるから!」と言い残し、軽やかな足取りでその場を去っていった。
彼女の小さな背中が人ごみに消えるのを見届けたミレイアは、胸の中で奇妙な感覚を抱いていた。あの小娘は一見無邪気だが、何か特別な意図を持って近づいてきたようにも感じられた。
「クラリス…何者なのかしら」と、彼女は呟きつつ、再び侯爵の姿に目を向けた。小娘に指摘された自分の気持ちが本当かどうかを、今は確かめる気にはなれなかったが、心の中に微かに残るざわめきが、少しだけ彼女の心を乱し始めていることに気づいていた。