第三章:舞踏会での誘惑と予期せぬライバル
【3話】
彼女が考え込んでいる間に、侯爵はふと真剣な表情でミレイアの瞳をじっと見つめていた。その目には、ただの舞踏会の一幕として彼女を見ているのではなく、何かもっと深い想いが込められているようだった。ミレイアはその視線を受け止めながら、内心で緊張と戸惑いが混ざり合うのを感じていた。
「マデリーン夫人、貴女には…どこか懐かしさを感じるのです。私の知る誰とも違う、けれども不思議な親しみを抱かせる何かがある。貴女といると、妙に心が落ち着くような…」
侯爵は言葉を探すように視線を落とし、ふと照れくさそうに口元に笑みを浮かべた。ミレイアは彼の不意の告白に驚き、息を飲んだが、どう返していいのかわからず、かすかな微笑みで答えた。
「侯爵様、私などにそんな風に感じていただけるなんて、光栄ですわ。でも、それはきっと気のせいでしょう。私はただ、ありふれた未亡人ですから」
そう言いながらも、ミレイアの心の奥底には不安が忍び寄っていた。侯爵の柔らかな眼差し、そして親しげに向けられる言葉が、彼女の冷静な仮面を崩していくように感じられた。何年も練り上げてきた復讐計画が、このような形で揺らぎ始めることは決して許されないはずだった。
しかし、その瞬間、ミレイアの視線がふと会場の端に向かい、ある光景に気づいた。そこにはアリシア公爵夫人が立ち、二人の親密そうな様子を鋭い視線で見つめていた。彼女の表情には、明らかに苛立ちと嫉妬が浮かんでおり、唇をかすかに噛みしめている。
アリシアはまっすぐにミレイアの方へと歩み寄り、その美しい顔には冷たい微笑が浮かんでいた。「マデリーン夫人、少しよろしいですか?」
侯爵も驚き、ミレイアは一瞬戸惑いながらも、表情を崩さずに応じた。「ええ、公爵夫人。どうなさいました?」
「いえ、少し貴女とお話がしたくて。少し、こちらへいらしていただけるかしら?」アリシアの声は穏やかで上品だったが、その目はミレイアを試すように冷たく光っていた。
ミレイアは侯爵に軽く頭を下げ、「すぐに戻りますわ」と告げると、アリシアに促されてホールの隅へと向かった。彼女は心の中で一抹の警戒を抱きながらも、相手の出方を待つことにした。
ホールの一角に着くと、アリシアは静かに口を開いた。「マデリーン夫人、私から見て、貴女が侯爵にどれほど近づいているかは明らかですわ。でも、私から忠告しておきます。侯爵は誰にでも心を許すような男ではありません。もし彼を騙しているのだとしたら、貴女もそれなりの覚悟が必要ですわ」
ミレイアは微笑を崩さずにアリシアの言葉を受け流し、穏やかな声で返した。「ご忠告、ありがとうございます、公爵夫人。でも、私は侯爵様に誠実であるだけですわ。何も隠してなどおりません」
「そうですか…」アリシアは冷たい視線をミレイアに投げかけながら、挑発的に微笑んだ。「ならば、貴女がどれほど彼にふさわしいか、見せてもらいますわ」
その言葉に、ミレイアの心には再び戦意が湧き上がった。アリシアの態度は、単なる嫉妬に過ぎないかもしれないが、それでもこの侯爵との関係において、意図せず競争が生まれているのを感じた。復讐のために利用しているはずの侯爵を巡って、彼女が本気で誰かと張り合うことになるとは予想もしていなかった。
「ええ、喜んでお見せいたしますわ」とミレイアは冷静に答えた。
その後、彼女はアリシアと別れ、再び侯爵のもとへと戻った。彼はミレイアが戻ってくると、安心したように微笑みかけ、彼女の手を取った。
「どうでした?アリシア公爵夫人とのお話は」と、彼が優しく尋ねた。
ミレイアは微笑んで、「少々女性らしい話をしていただけですわ」とだけ答えたが、彼女の中にはすでに新たな決意が芽生えていた。侯爵に対するこの奇妙な感情が、彼女の計画をどこまで邪魔することになるのか、今はわからない。しかし、少なくともこのアリシア公爵夫人に負けるつもりはない。
侯爵が再び彼女の手を取り、穏やかにダンスを続ける中、ミレイアは心の中で自らに誓った。復讐の道を見失わないために、この不安定な気持ちを封じ込める必要があると。
だが、その夜の出来事がきっかけで、ミレイアの心に刻まれた小さなひびが、やがて復讐計画を思いがけない方向へと導いていくことになるのだった。