第一章:運命の再会と裏切りの香り
冷たい夜風が舞う街角で、ミレイアは黒いマントを身にまとい、薄暗い酒場の扉を押し開けた。錆びついた扉が重々しくきしみ、場内にいる数人の男たちが一瞬彼女のほうをちらりと見たが、すぐに興味を失い、再び自分の酒に戻った。彼女の目指すテーブルの片隅には、風変わりな男が一人座っていた。
彼の名はアシュトン。かつてはエルディア家の忠実な従者だったが、今ではその面影はなく、ひどくやつれた風貌だった。髪は無造作に伸び、服も色あせている。目には微かにかつての鋭さが残っていたものの、それさえも隠すように、ぼんやりと酒瓶を傾けている。
ミレイアは無言で彼の前に腰を下ろした。アシュトンは彼女の気配に気づき、ゆっくりと顔を上げる。
「おや、お嬢さん…」と彼は、少し酒臭い息で囁く。驚いたような表情を浮かべた後、口元に緩い笑みを浮かべた。「久しぶりだな。まさかあなたがここに来るとは」
ミレイアは冷静な表情を崩さず、アシュトンをじっと見つめた。彼女の瞳には決意の炎が宿っているが、それを感じさせない冷たい輝きがあった。
「アシュトン、あれから長い時が経ったわね。でも私はあの日からずっとこの時を待っていたのよ。私たちの家族を裏切った者たちに報いを与えるために」
アシュトンは一瞬、彼女の強い眼差しに圧倒されるように黙り込んだが、やがて彼もまた、かつての主に尽くしていたころの自分を思い出したのか、わずかに頷いた。「確かに、俺もあの裏切りを忘れたわけじゃない。でも…復讐ってどうやるのが正解なんだろうな?」
ミレイアは呆れたようにため息をつき、彼をじっと見た。「あなた、本気で言っているの?」
アシュトンは苦笑いを浮かべて肩をすくめる。「まあな。俺に向いているかどうかは分からないが、どうやら手伝う相手が必要だってのは分かった」
ミレイアはしばらく彼を観察するように見つめた後、小さく頷いた。「いいわ、あなたに期待はしていないけれど、今は他に頼れる者がいないの。それに…あなたがいることで、侯爵も警戒心を薄めるかもしれない」
アシュトンは「なるほど」と言いながらニヤリと笑ったが、心の中では不安が渦巻いていた。エルディア家の滅亡から長い年月が過ぎ、彼は平凡な生活に身を沈めていた。しかし、こうして再びミレイアと再会し、かつての自分に戻る決意を迫られているのを感じると、思わず懐かしさと共に胸が締め付けられるようだった。
一方、ミレイアは心の中で次なる計画を練り始めていた。レオンドール侯爵――エルディア家の裏切り者であり、冷酷な野心家として名を馳せる男。彼の権力を失墜させ、彼が築いたすべてを自らの手で崩壊させることこそが、彼女の長年の夢だった。だが、そのためには、計画的に周囲の信頼を崩し、巧妙に彼の周りを切り崩していく必要があった。アシュトンは、その一歩目として利用するには十分だと考えていた。
「まず、侯爵の側近に接近し、私が新たな有力者であるように見せかけるわ。あなたはその間、私が安全に行動できるよう、陰でサポートを頼むわ」
アシュトンは少し考え込んだ後、「…ま、俺にできる限りはやってみるさ」と、どこか頼りない返事をした。
ミレイアは深い溜息をつきつつも、彼にもう一度だけ視線を送り、言葉を選びながら伝えた。「アシュトン、これは遊びじゃないのよ。私が命をかけていることを忘れないで」
アシュトンはその言葉に一瞬表情を硬くしたが、次の瞬間、ふわりと笑みを浮かべた。「大丈夫さ、お嬢さん。俺が助けるって決めた以上、ちゃんとやるさ。ただ…どこか抜けてるかもしれないけどな」
二人は一瞬の沈黙の後、目を合わせて笑みを浮かべた。この場違いな緊張感の中で、まるで敵陣に乗り込む前の戦友のような奇妙な連帯感が生まれていた。
ミレイアは再び気を引き締め、グラスを軽く掲げた。「では、エルディア家のために」
アシュトンも同じくグラスを掲げ、「エルディア家のために」と呟いた。
その夜、二人は互いの決意を確認し合い、計画の概要を共有した。これが、復讐のための最初の一歩となることを、誰も知らぬうちに、彼らはしっかりと心に誓ったのだった。