19話 パンとお供え
フォルティナ様とお茶を楽しみながら、私はそういえば、と思い出した。
「実は、リンゴの天然酵母がうまく作れたのでパンを焼いてみたんです!牛乳やバターが手に入っていないので、素朴な味ですけどお茶請けにいかがですか?」
「え、もちろんいただくよ!ありがとう」
初めてリンゴを手に入れてから、何度か失敗を繰り返したのち安定して作れるようになったリンゴの天然酵母。
これを使って、パンを焼くのが最近の楽しみだ。
柔らかいもちもちのパンが食事に加わるだけで、食生活の満足度が間違いなく向上した。
これで後は牛乳やバターが手に入れば、さらに美味しいパンが焼けること間違いなしだ。
そんなことを考えながら、私は空間魔法でアイテムボックスを発動して、焼きたてほかほかのパンをお皿にのせてフォルティナ様の前に置いた。
収納しておくと、いつでも出来たてが食べられるので最高である。
「わ、美味しい!もちもちしてて、それでいて柔らかい!砂糖の優しい甘みがいいね。」
またしてもべた褒めである。
「やっぱり、この世界のパンって、固いやつがほとんどですか?」
「ほとんどっていうか、こんな柔らかいパンはないね。その、リンゴの天然酵母というのが柔らかくする鍵になるのかな?」
「そうですね、ただ私も作ったのは初めてで結構失敗しました。地球だと、温度を一定に保つ機械があるし、そもそも天然酵母にこだわらなくても、代用品が気軽に手に入るのでもっと簡単に美味しいパンが焼けますね。まぁそれを言ったら、自分で焼かずとも美味しいパン自体、気軽に購入できますけど。今回は私も魔法を駆使して、天然酵母を完成させました。」
「なるほど、それじゃぁこの世界で美味しいパンが当たり前に食卓にあがるというのは、なかなか簡単ではなさそうだね」
私の言葉に、フォルティナ様がしゅんとしてしまった。
そこで、私は自分の考えを伝えてみることにした。
「この世界に来てから色々と考えているのですが、まずはこの世界には知られていない美味しいものや楽しい事がたくさんある事を知ってもらうことから始めようと思うんです。神であるフォルティナ様ですらそうであるように、一度いい物を知ると人は欲を持つようになります。もっともっとと。その欲こそが地球が発展してきた一番の理由だと思うんですよね。」
今の生活にただ満足しているようでは新しいものは生まれない。
もっと美味しいものがあるかもしれない、もっと生活が楽しくなるかもしれない、そういう欲を刺激することで、この世界に生きる人々自身が前向きに新しい発見に貪欲になっていくことが重要だと思う。
私はそのきっかけを各地でつくっていく。
地球の知識をある程度伝えて、そこからさらに発展させていくのはこの世界で生きていく者たちであるべきだろう。
そもそも一人きりで出来ることなど限られているのだから。
パンひとつとっても、材料を変えたり足したりするだけで様々な種類を生み出せるのだ。
その足がかりを私が作っていけばいいのではないだろうか。
私の話をフォルティナ様は真剣に聞いてくれていた。
「そうだね、アスカの言うとおりだ。私の無理を聞いてくれたうえに、真剣にこの世界のことを考えてくれて本当に感謝している。確かにお願いはしたけれど、私はアスカに自由に楽しくこの世界で生きてほしいと願っているよ。一番に自分の幸せを考えてね。」
そういって、フォルティナ様はにっこりと笑って頭を撫でてくれた。
「ありがとうございます!無理しない範囲で頑張りますね」
私もにっこりと笑ってそう返した。
ありがたや。
「ところで、この世界で生まれたものは神様達も神界で自由に楽しむことが出来るのでしたっけ?それなら、私がこの3ヶ月ほどで作ったハーブティーやパンもお召し上がりになれたのでは?」
「それが残念ながら、まだ無理なんだよ。我々が自由に楽しむには、ある程度この世界の人々に認識してもらわないとだめなんだ。これはアスカだけしか知らないものだからね。まだ条件に合わないんだ。」
「なるほど、納得です。」
私が一人作れたところで、この世界のものとはならないもんね。
やっぱり、できるだけ早く大陸に渡れるようになろう。
「それでは、いつでも遊びにいらしてください!せめて、こちらに来てくださった時くらいは美味しいものが用意できるように頑張りますから!」
「ありがとう。とは言っても、さすがにそう頻繁に来ると部下たちに怒られそうだからね。」
部下…とは、例のスキルガチャ担当の神様方だろうか。
神界もなかなかに世知辛いのだな。
「うーん、それでは、神像にお供えするのはいかがですか?たくさん用意するのは難しいですが、それならフォルティナ様のもとに届けられませんか?」
依り代にして顕現できるくらいなのだから、それぐらい出来るのではと思って提案する。
すると、フォルティナ様は、ぱぁっと効果音が見えそうなくらい破顔して
「いいの?ありがとう!」
と喜んでその提案を受けてくれた。
元々、神像を祀るための神殿的なものを建てるつもりだったので、そこにお供えを置くための台を作ろうと心のメモに書き留めた。