クラスメイトが隠したがっていた趣味を不覚にも暴いてしまったので受け入れた
シュッシュッポッポ、シュッポッポ。
小気味良い音を響かせ、真っ黒な機関車がレールの上を疾走する。
民家の傍を通るたびに沿線住民が手を振ってくれるのは、地域との関係が上手く行っている証拠だろう。
その手を振る側だった人間である俺、神田 聡は久しぶりに乗る側になっていた。
「記念列車って言っても大して変わらないんだな」
この機関車が走り出してから今年でニ十周年。
それを記念する特別列車のチケットを父親が運良く手に入れたのでこうして乗っている、というわけだ。
出発時にセレモニーがあり、車内が特別にデコられているけれど、それ以外は普段と大して変わらないというのが率直な感想だった。
敢えて違いを挙げるのなら、普段よりも沿線で見ている人が多いということかな。
「うわ、すげぇ」
訂正する。
見ている人の数やべぇ。
ある鉄橋の上を走る時、この機関車はスピードを落として通過する。
景色が良いので乗客を楽しませるためだ。
そしてそこは機関車を撮る人にとっても絶好の撮影ポイントであり、離れたところで撮り鉄たちがカメラを構えて待ち構えているのが日常だった。
今回は記念だからなのか、今まで見たことが無い程に人で埋め尽くされていた。
「くぅ~俺も撮りてぇ!」
などと俺の隣で悔しがるのは親父だ。
親父は機関車が大好きなのだが、乗るのも撮るのも好きだから、今回どちらにするか滅茶苦茶迷ってた。
「だったら乗らなきゃ良かったのに」
「チケット手に入ったのに乗らないなんてあり得ないだろ!?」
「はいはい、そうですねそうですね」
親父は子供のようにはしゃいでいて、まともに相手をするとこっちが疲れるだけだ。
「車内販売です。旅の記念にいかがですか」
綺麗なお姉さんがカートを押しながらやってきた。
「全種類下さい」
「親父」
「この日のために仕事を頑張って来たんだ、このくらい別に良いだろ」
買い占めている訳では無いから良いけどさ。
「なんなら聡の分も買おうか?」
「要らないって」
「つれないないなぁ。せっかくの記念なんだから買っておけよ」
それは確かにそうだ。
買ってくれるなら俺の懐は痛まないし、少しだけなら良いかな。
――――――――
じー
「…………」
じー
「…………」
じー
「…………」
すげぇ視線を感じる。
記念列車に乗った翌日、高校に登校して自分の席に座っていたら、猛烈な熱い視線を感じるようになった。
視線の元は斜め右後ろの席に座っている女子。
名前は……菊池 電だったかな。
変わった名前だから思い出せたけれど、一方で見た目は印象に残らない。
可愛い系統なんだろうけれど、そこらのJKのコピペみたいな見た目してるんだよ。
特徴があまり無くて、クラスに埋没してしまっている。
その菊池さんがめっちゃ見てくる。
チラッ
サッ
チラッ
サッ
チラッ
サッ
振り向くたびに慌てて視線を逸らすのが超おもしれぇ。
誰だよ特徴が無いなんて言ったやつは。
めっちゃ変なやつじゃないか。
菊池さんが見ているのは、俺ではない。
俺の鞄についている記念列車のラバーキーホルダーだ。
試しに鞄を菊池さんから見えない逆側に移動させたら、めっちゃがっかりした上に休み時間になると反対側に回って見ようとしたから間違いない。
廊下から彼女の動きを見ていたけれど、窓の外を見る振りをしながら俺の鞄をチラ見している動きがコミカルで超面白い。
ちょっと可哀想だから鞄を元の側に戻してあげた。
このキーホルダーが気になるってことは、彼女は機関車が好きなのかな。
俺は別にコレを特に気にいってるわけでもないし、プレゼントしてあげても良い。
「菊池さん、コレそんなに気になるならあげようか?」
だからストレートに菊池さんに話しかけた。
「べ、別に気にならないから!」
しかし彼女は大声をあげて逃げるように教室から出て行った。
あるぇ?
どういうことだ。
あんなにガン見してたのに、迷うそぶりすら見せずに即答で断られてしまった。
しかも何事かとクラス中の注目を浴びてしまった。
これじゃあまるで俺が菊池さんにアプローチして断られたかのようじゃないか。
超恥ずかしい。
せっかく善意でプレゼントしようと思ったのに何でこんなことに。
まぁいいや。
要らないなら要らないでもう忘れよう。
じー
「…………」
じー
「…………」
じー
「…………」
やっぱり欲しいんじゃねーか!
「なぁ、やっぱり」
「知らない!」
でも話しかけようとしても逃げられてしまう。
視線を感じ続けるのってめっちゃ気になるんだよ。
いっそのこと、こっそりと菊池さんの机の上にでも置いておこうか。
でもそれで『気持ち悪い!』なんて言われて叩き返されたら、俺のクラスでの印象が最悪になってしまう。
隠し切れない程に強い興味があるのに、頑なにそれを認めようとしない。
何がどうなってるんだ。
気にはなるけれど、これ以上俺が頭を巡らせる必要なんて無い。
だから俺はそっと鞄からキーホルダーを外した。
それ以降、彼女から視線が届くことは無くなった。
もう菊池さんと絡むことは無いだろう。
不思議な体験ではあったけれど、すぐに忘れてしまうはずだ。
そう思っていたのだが、俺はすぐに彼女の秘密を知ることになったのだった。
記念列車に乗った次の日曜。
俺はコンビニに行くために家の近くを歩いていた。
「お、今日はいるんだな」
うちの近所には知る人ぞ知る機関車の撮影スポットがある。
マイナーなこともあり、撮り鉄が誰も居ない日も多いのだけれど、今日は一人だけカメラを構えた人物が立っていた。
「なんだありゃ」
思わず声に出てしまう。
だってそいつ、深く帽子をかぶって大きめのマスクにサングラスという、いかにも私怪しい人です、と主張しているかのような風貌だったのだ。
体つきから女性だと分かるからまだ良いものの、男性だったら速攻で通報されてもおかしくない雰囲気だ。
あ、やば。
俺が見ていることに気付かれた。
変な因縁つけられると困るから逃げよう。
そう思っていたら、その人物は露骨に慌てふためいて地面にお尻をつけてしまった。
「なんだありゃ(二回目)」
さっきまでは不審人物感が凄かったのに、今はもうポンコツ感しか感じられない。
慌てるだけで尻もちとか、リアルでやるやついるんだな。
でも、待てよ。
人に見られたくなかったから慌てているのかもしれないな。
後ろ暗いことがあるヤバイやつの可能性もまだある。
警察に連絡だ。
スマホを取り出して……
「うお!」
油断した。
そいつはいきなり立ち上がって俺の方に猛ダッシュしてきた。
それがあまりに突然の出来事だったからか、反応出来ず体が硬直してしまっていた。
もし刃物とか取り出されたら、いくら相手が女性でもヤバすぎるぞ。
そいつは近くまで来ると俺に飛び掛かろうとジャンプする。
そしてそのまま流れるように地面に頭をつけた。
「警察は止めて下さい!何でもしますから!」
スライディング土下座だと!?
こいつ、脛痛くないのか。
めっちゃ滑ったぞ。
「怪しい事なんて何もしてないんです! こんな見た目だけど本当なんです! 信じて下さい!」
「お、おう……」
必死だな。
そりゃあ警察に捕まると思ったらそうもなるか。
「分かりました。分かりましたから、もう立ってください」
「ほんと……ですか……?」
「しないしない、通報しないですから」
今はな。
この場を離れてから通報しよう。
こんな怪しいやつ、野放しにするわけがないだろうが。
「良かったぁ……ありがとうございま……す」
「?」
立ち上がったそいつが何かを気にしている様子だ。
視線の先は、俺が持っているトートバッグ。
記念列車の中で買ったものだ。
「これが気になるのですか?」
「ふぇ? あ、その、それって先週の特別列車の車内でしか買えないものですよね」
「そうなのですか? 確かに買ったのは車内ですが、他で売って無かったのですね」
「そうなんですよ! 駅でも売ってくれれば良いのに……」
これってかなりレアなやつだったのか。
知らんかった。
「そういうことか」
「?」
おっと、思わず漏らしてしまった呟きを聞かれてしまった。
「いや、学校のクラスメイトがこれとは違う記念グッズが気になっているみたいでして。滅多に手に入らないから欲しがってたのかもなと思っただけです」
どこでも手に入るのなら、あんなにガン見する必要は無かっただろう。
自分ではどうしても入手が出来ない激レア物だからこそ、つい視線を向けてしまったに違いない。
「そ、しょそしょ、しょうなんで、でです……ぴぎっ!」
おいおい、何でこいつこんなに慌ててるんだ。
しかもまた尻もちついてるし。
そういえばこいつって菊池さんと声が似てる気がする。
背の高さも同じくらいだ。
実は本人だったりして。
はは、まさかな。
「大丈夫ですか、菊池さん」
違ったら違ったで、誤魔化せば良いだけのこと。
俺はストレートに聞いちゃえる系の男子なのだ。
「誰にも言わないでください! 何でもしますから!」
マジか。
二回目の土下座を華麗に決めた彼女の姿を見ながら、俺は厄介なことになったなと深いため息を吐くのであった。
――――――――
「…………」
「…………」
気まずい。
超きまずい。
あの後、俺は菊池さんを近くの喫茶店に連れて来た。
機関車好きのマスターが経営している個人店で、店内は様々なグッズで飾られている。
彼女は店に入った当初テンションブチ上がりだったが、俺とこうして向かい合って座ると無言になってしまった。
仕方なく俺から助け舟を出す。
「それで、俺の事が大嫌いな菊池さんは、どうして通報されても不思議ではない格好をしていたのかな」
「ごめんなさいいいい!」
ちょっとだけ意趣返ししてみた。
だって俺、クラスで菊池さんに嫌われた男としてちょっとだけ揶揄われてるんだもん。
あんまり気にはしてないけれど、このくらいしても罰は当たらないだろう。
「あの、その、神田君のこと、別に嫌いじゃないんです。私のせいで本当にごめんなさい。うわああああん」
「こいつめんどくせえ」
「うわああああん、めんどくさい女って言われたああああ」
心の声が思わず漏れてしまった。
ちなみに店内には客は俺らしかいないので少しばかり騒いでも大丈夫とマスターに言われている。
痴話喧嘩か何かの類だと思っているのだろう。
遠くでニヤニヤしながらこっそりこっちを見ているのが少しイラっとする。
つか日曜の昼に客がいないって大丈夫かよ。
潰れちまえ。
「別に気にしてない」
「本当?」
「ああ」
「本当に本当?」
「ああ」
「本当に本当に本当?」
「それ以上言ったら今からでも警察に通報するぞ」
「警察は止めて下さい!何でもしますから!」
「店で土下座すんな!」
こいつ土下座やりなれてるぞ。
土下座が得意なJKとか嫌だな。
「ほら座れ。んで……何から聞こうかな。じゃあ、何で学校であんな態度とったんだ? あれ欲しかっ」
「欲しいです」
「お、おう」
超食い気味で断言しやがった。
「じゃあ素直に貰っておけば良かっただろ」
「…………」
そこでだんまりかよ。
ここで急かしても何も出てこないだろうと思い、俺はコーヒーを飲みながら待つことにした。
「神田君は……」
コーヒーの三杯目が届いたところで、ようやく菊池さんが口を開いた。
「変だと思わないですか?」
「何のことだ?」
「私が、電車とか好き……なの……が」
声は消えてしまいそうな程にか細く、震えていた。
息をするのも苦しそうに時折強く歯を食いしばって何かに耐えているようにも見える。
彼女にとってこの質問をするということは、そんなにも不安で怖くて辛いものなのだろうか。
何故だ?
「別に変じゃないだろ」
「本当に?」
「ああ」
「本当の本当に?」
「疑うなって」
「本当に本当に本当?」
「お前それ好きだな」
このまま放置したら何個くらい『本当に』が繋がるのだろうか
ちょっとだけ気になる。
「マジで変に思ってないから。つーか、別に電車が好きとか普通だろ。俺だって好きか嫌いかって言われたら好きな方だし」
「でも神田君は……男子だから……」
「あ~確かに電車は男の趣味って印象があるか。でも女性だって好きな人はいるだろ。あの記念列車だって、結構女性乗ってたぞ」
なるほどな。
自分の趣味が普通では無いから知られたくなかった。
恐らくはそんなとこだろう。
「でも……私……撮るのが……だから……」
「ああ、撮り鉄か」
「!?」
うお、なんだ。
いきなり椅子ごと後ろに大きく下がって俺から逃げ出そうとしたぞ。
これまでとは違って明確に何かを怖がっている。
俺に怯えている?
「い……や……」
「お、おい」
「違う……違うもん……私……私……」
やべぇ。
尋常じゃない雰囲気だ。
何だ。
何が悪かった。
撮り鉄か?
その表現が悪かったのか?
「落ち着けって。悪い、撮り鉄って言われるのが嫌だったか? 大丈夫、俺は変に思ってないから。普通だよ普通」
「ふつ……う?」
あぶねぇ、なんとか目に光が戻って来た。
こいつ、一体何を抱えてやがるんだ。
「そうそう、普通だよ普通。電車撮るのが好きなんだろ。男だろうが女だろうが変じゃねーよ」
「…………」
菊池さんは呼吸を整えながら、少しずつ気持ちを落ち着かせようとしている。
俺はマスターに目配せをして、菊池さんの飲み物のお代わりを持って来て貰うように催促した。
もちろん怖がらせてしまった俺のオゴリだ。
「神田君……本当に……私……」
飲み物を飲んで少し落ち着いたのか、菊池さんが再び口を開いた。
「本当だよ本当」
「でも……撮り鉄って色々な人に迷惑かけるし……」
「菊池さんはそんなことしないだろ」
「何で……そんなこと言えるの?」
「そりゃあだって、あんなのどう考えても一部の人が暴走してるだけで、大半は普通の人だろ」
菊池さんがどんな人かは分からないけれど、普通に考えれば犯罪行為をするような人間だなんて思わない。
「私も悪い人かも知れないよ?」
「そうなの?」
「……………………違う」
「じゃあ良いじゃん」
まぁさっきの不審者風の見た目は、近隣住民を不安にさせるから迷惑をかけてるっちゃあかけてるがな。
話の流れからすると、正体をバレたくなかったから変装してたってところかな。
この辺りにクラスメイトが住んでいるとも限らないし。
ただ変装するならするでアレは不審すぎるから止めるように後で忠告しておこう。
「どうして……」
「ん?」
「どうして神田君は、信じてくれるの?」
「どうしてって、普通だろ?」
信じるとか信じないとか、そんな大げさな話じゃないと思うんだが。
ただ菊池さんが真っ当に電車を撮るのが好きってだけの話だろ。
「普通じゃない!」
でも彼女にとってはそうでは無かった。
「みんな信じてくれなかったもん!」
「え?」
「みんな……私が犯罪者だって……何もしてないのに……迷惑かけないようにしてるのに……何で……何で……いじめ……うわああああん!」
ひとしきり大声で泣いた後、菊池さんはポツポツと説明してくれた。
彼女は中学の頃、自分が撮り鉄であることを隠していなかった。
でもある日、撮り鉄が電車を止めたり他人の敷地に侵入したりなどする暴挙が頻発し、お前も同じことをやっているのだろうと揶揄われるようになったのだという。
最初は単なる揶揄いだったはずが、それが自然と本気になり、いじめにまで発展した。
どれだけ訴えても、誰も彼女の言葉に耳を傾けない。
菊池さんは誰も知り合いがいない離れた街の高校に進学し、今度は誰にも趣味を悟らせないようにとひっそりと学生生活を送っていた。
だから俺があのキーホルダーをプレゼントしようとしたら大袈裟に拒絶したのだ。
またいじめられるかもしれないと思ったから。
救えない話だ。
聞いている方も気分がどんよりするわ。
そんな時はどうすれば良いのか。
決まってる。
「菊池さん、次の休みに一緒に鉄道博物館に行こうぜ」
「え?」
楽しい事をして忘れれば良いだけさ。
俺はいじめの過去に苦しむ女の子の心を救えるような主人公ムーブが出来るような男では無い
どうするのが正解かなんて分かりもしない。
菊池さんに惚れている、とかならもっと必死になっただろうが、取り立てて仲が良いわけでも無い相手に本気になどなれない。
出来ることは、友達になって一緒に遊ぶことくらいだろう。
「実は俺の親父がかなりの機関車マニアでさ。機関車についてのうんちくなら語れるぜ。それに他の電車についても基本的なことは一方的に教わってるから、一緒に行ったら楽しめると思うんだ」
小さい頃から同じことを何度も何度も聞かされて育って来たから、興味が無くても覚えてしまった。だからといってドハマりする程に好きになって無いのは、やりすぎた親父が母さんに何度も怒られている姿を見ているからだ。
「いい……の?」
「もちろんさ。色々と教えてくれよな」
クラスメイトに糾弾されていじめられたのなら、クラスメイトの俺が認めて仲良くすることで少しは気持ちが晴れるだろうか。
そんな甘い考えが無かったとは言わない。
無かったとは言わないが……
「好き」
効果ありすぎぃ!
「神田君、好き」
「いやいやいや、何でそうなるんだよ」
「好きにならない理由なんて無いよ?」
「説明になってねーよ!」
唐突すぎてちょっとひくわ。
せめて鉄道博物館で遊んでもっとお互いを知ってからだろ。
「だってこんな趣味を受け入れてくれる男の人なんて、この先出会えるか分からないもん!」
「沢山いるだろうが。撮ってる時なんか、周りに共通の趣味の男だらけだぞ。出会いたい放題だ」
「あの人達、何か気持ち悪いの」
「おまいう」
あの不審者モードは素直に気持ち悪かったぞ。
「私は気持ち悪くないもん!」
「ああ、はいはい、分かったから今度からは不審者モードは止めような。お前だと分かってても通報するぞ」
「警察は止めて下さい!何でもしますから!」
「土下座止めろって」
「いじめられてた時に土下座強要されてたから体が勝手に動いちゃうの」
「突然シリアスぶっこんで来るのもマジ止めろ!」
なんてことだ。
まさか記念列車に乗ったことで、こんな面倒な女に目をつけられてしまうことになるなんて。
この先の学校生活が不安でならない。
「わ~い、来週は神田君とデートだ~」
「デートじゃねーよ」
でもまぁ、彼女が笑顔に戻ったのだから、今はそれで良しとするか。