第31話 なにかおかしい
「……ほほう。なかなかやるものだね」
面白いものを見るようにダ・ヴィンチが感嘆の声を漏らす。その視線の先には、
「泣いてる女性を襲ってんじゃないわよ」
ドッペルゲンガーの剣を手で弾き、足の一撃で倒したミカの姿があった。
「ミカ、ナイス」
急ぎリク達も合流し、四人は女性を守るようにダ・ヴィンチに対峙する。無防備な人間をこれ以上襲わせるわけにはいかなかった。
「瞬間移動か。その男の念動力も含めて、なかなか楽しそうな心霊現象を使うものだね」
空中から高みの見物をするダ・ヴィンチを、キッと睨みながらミカは拳を上げる。
「こんなことするなんて、あんたがゲス野郎ってことはよーくわかったわ」
「いくら尊敬するダ・ヴィンチさんでも、こんなこと許されないです」
女性の敵とばかりに、アオイまでもが憤慨して護符を構えた。
「仕掛けてきたのはそちらの男だろう? 私はそれに対処したまでだね」
〝何が不満なのか〟と、灰色に染まった男性を一瞥して、ダ・ヴィンチは鼻を鳴らした。
「そうかもしんねぇけどな。だからって悲しんでる仲間を不意打ちしようなんざ、男のすることじゃねぇな」
「女性の敵は俺達の敵。ってことで、大人しく除霊されてくれないかな」
リクはイラ立ちながら刀を向け、ユイトも両手に小太刀を構えた。
「ふむ、仕方ない。美術品に火はご法度。降りかかる火の粉は払うべきだね」
そう言って、ダ・ヴィンチは持っていた絵筆を頭上に掲げ。
「お前達、相手をしてあげるんだね」
大きく横に振った筆先から絵の具を飛び散らせ、周囲の木に黒いシミを作る。
するとシミの部分から抜き出されるように妖怪や魔物が次々と生まれ、敵意剥き出しで周囲を取り囲んだ。
「数が多いね」
「これは骨が折れるわね」
「幸い、折れる骨はねぇけどな」
「リク先輩、冗談言ってる場合じゃなさそうですよ」
ザッと見積もっても三十はいるであろう空想妖魔達に、四人から余裕の色は薄れ、真剣な眼差しで互いに背中を預ける。
一方、愉しそうな表情で周囲の解放者達を見下ろすダ・ヴィンチは、遠巻きに見物していた人間達が事態の悪化を察知して、空を飛んで逃げていくのを嘲笑った。
「他に助けに来る者もなし。薄情なものだね、人間というのは」
何かを思い出しているのか、細めた男の瞳はどこか愁いを帯びているように揺れた。
「さて、この状況でどこまで耐えられるか見物だね。好きに暴れるがいい、お前達」
そして絵筆をリク達に向け主が命令を下すと、空想妖魔達は一斉に吠え、我先にと近くの解放者に襲いかかった。
「アトミック・フェイス」
開戦一番、小声で詠唱していたリクが炎を纏った光線を放ち、近くにいたヴァンパイアと唐傘お化けをまとめて撃ち抜いた。
「数が数だ。属性相性のいい奴狙ってけ」
火に弱い空想妖魔を除霊し、リクが仲間に指示をする。
地水火風、人によって使える心現術の属性は違う。
自分の使える術が弱点の敵を狙って数を減らしていくのが得策だ。
「シャープ・リパー。もちろんです」
〝言われるまでもなく〟とアオイが風の刃を放ち、急速に接近してきた一反木綿をバラバラに切り刻んだ。
「百鬼夜行じゃないんだから、妖怪や魔物のオンパレードしてんじゃないわよ!」
拳で地面を割ったゴーレムの頭を、ミカが踵落としで砕きながら文句を垂れる。
「ディグド・グラブル。人に害なすモノは等しく除霊だね」
ユイトは九尾狐の尻尾を二つの小太刀で斬り飛ばし、爆発的に噴き上がる土砂で派手に消し去った。
「他の奴らも平気みたいだな」
チラリとリクが視線を送ると、一緒にいた解放者達も善戦しているようで、ダメージを負うことはあっても、脱落する人間は誰もいないようだった。
「こいつらそんなに強かねぇけど、やっぱり数が多いな」
心霊現象だからなのか、大量に生み出されたからなのかは不明だが、通常戦っている空想妖魔より強さがワンランク下のようにリクは感じた。
「ふむ、なかなかやるものだね」
戦況を見下ろし、圧倒されつつある自陣をダ・ヴィンチは眺める。その様子は、まるで観客としてコロシアムの戦いを楽しんでいるかのようにリラックスしていた。
「アオイ、付喪神を召喚してくれ」
刀でゾンビを切り伏せたリクが、一気にカタをつけようと増援を要請する。
「わかりました」
護符から光文字を飛ばしていたアオイは、近くの木に手を触れて心霊現象を発動──
「えっ……出てこない」
──させようとして、いくら力を注いでも付喪神が具現化しないことに目を見開いた。
「アオイ、どうした?」
「おかしいです。いくら呼びかけても反応がありません」
オロオロするアオイをフォローしようと、リクが側に行き見上げるが、木には別段変わった様子は見受けられなかった。
「仕方ねぇ。俺が心霊現象を使ってまとめて倒すから、敵が近づかないようにしてくれ」
例え強敵でないとしても、時間が経てば経つほど集中力が乱れてミスを起こしやすくなり、仲間の命を危険に晒すことだってある。
付喪神がニ、三体も加勢してくれれば殲滅が楽になったが、無いものに期待するより、頭を即座に切り替え対処するほうが大切だ。
「まだやれるか?」
リクはショックを受けているアオイを気遣う。普段できることが突然できなくなれば、動揺してすぐに立ち直ることは難しいこともあるが。
「はい。私、皆さんの足手まといにはなりたくありませんから」
アオイは下げていた護符を構え直すと、力強く頷いた。
「闇を照らす閃光 双頭の光刃よ」
アオイが背中を守ってくれているのを感じつつ、リクは詠唱を始める。
その短い間にも、二人を目がけて空想妖魔が襲ってくるが、リクの刀とアオイの護符が相手を弾き飛ばした。
「猛る獣の牙となり 悪しき闇を切り裂け リード・ファング!」
発動の言葉と共に、リクが炎を纏った二対の光るブーメランを生み出し。
「増幅」
そこに心霊現象で力を注ぎ込むイメージを追加すると、前腕サイズの光が一気に大人の背丈ほどに巨大化した。
「──行け!」
そしてリクが命じると、ブーメランは意思を持っているかのように軌道を変えながら飛び、周囲の空想妖魔達を次々と切り裂いた。