第29話 芸術性
「なんで国の建物ばっか狙って溶かしてんだよ。芸術家としての芸術性のカケラも見当たらねぇんだけど」
回りくどい詮索が面倒臭いリクは、単刀直入に事件を起こしている理由を問い質す。
普通に考えれば、犯人が自分の犯行理由を素直に答えるとは思えないが。
「そんなもの、決まっているのだね」
予想に反して、ダ・ヴィンチは大義名分を語る指導者のように、両手を広げて言った。
「国の施設が芸術性に欠けていたからなのだね」
「はぁっ!? バカじゃねぇの!?」
ダ・ヴィンチの言い放ったトンデモ論に、リクは脊髄反射的に罵った。
「底辺の人間にはわからないかね、芸術というものの価値が。杓子定規にシンメトリーで見た目が綺麗であれば良い、という概念は美の欠片もないのだね」
確かに、美術館は綺麗な長方形だったし、元の図書館は彫刻の施された正方形の建物だったと図書館員も言っていた。
「国の施設は、ただ見た目が整っていて綺麗なだけで、実につまらないものだったのだね。だから私が芸術作品へと昇華させてやったのだね」
溶けた美術館を手で指し示し、綺麗な直線を曲線へと変えたことに、天才芸術家は満足そうに白い歯を見せた。
「そんな……ダ・ヴィンチさんはとても素晴らしい芸術家だったはずなのに」
「悪霊化してるからね。元々の性格からかけ離れた思考と言動になってるから仕方ないよ」
愕然とするアオイに、ユイトはありふれた日常の出来事を語るように慰めた。
「天才とバカは紙一重って、皮肉か?」
「こんなこと、本来のダ・ヴィンチさんへの冒涜です」
苦笑するリクと憤慨するアオイ。だが、ダ・ヴィンチは二人の言葉を意にも介さず。
「芸術を理解できない者は、誠に残念たる存在だね」
〝これだから凡人は〟と言いたげに首を振った。
「で、自分の曲がった趣向を実現するために、絵の具を使った〝描き変え〟の心霊現象で建物を溶かして回ったと。その能力の他にどんなことができるんだ?」
「〝描き変え〟以外に何ができるか? それを教えるような愚か者に見えるのかね? 君達と一緒にして貰っては困るのだね」
ダ・ヴィンチの返答に、リクは内心ガッツポーズをとる。
黒魂は心現術は使えないが、二つの魂が重なっているため、通常は一つしか使えない心霊現象を二つ使える。
そのことを四人はジェイク達に教えて貰っていたが、犯人がどんな能力を持っているのかはわからなかった。
そこでリクは別の能力を聞き出すフリをして、本当に〝描き変え〟能力なのか確認をしたのだ。
「あー、駄目か。くだらない理由で人の迷惑考えず飛び回るヴァカだから、ペラペラしゃべってくれると思ったんだけどなぁ」
かまをかけたことがバレないように、リクはわざとらしく相手を煽る。もう一つの能力も知れたら良かったが、さすがにそこまでおしゃべりではないようだ。
「天才を舐めないで欲しいかね」
「人の役に立つことをする非凡な才能の持ち主を天才っつーんだよ。お前は、はた迷惑なだけの変人だ」
「まったく。天才はいつの世も理解されないものなのだね」
バカをわざわざヴァカと強調したり変人とリクは罵ったが、この程度の挑発には乗ってくれないようだった。
「さて、ここでやるべきことは終わったし、凡人達と話していても何も得るものはない。よって、私はこの場から立ち去らせて貰おうかね」
一仕事終えたように、ダ・ヴィンチは自己満足して勝手に消えようする。その背中に、
「させるかよ」
リクは刀を向けて、明確な殺意を送った。
「ふむ。まだリメイク作業が残ってるのだがね」
戦闘態勢を整えた四人を見て、ダ・ヴィンチは溜息を吐きつつ向き直る。
国の施設は美術館で最後のはずだが、今度は人間が作った建物まで溶かし始めたら事はさらに重大になってしまう。それはなんとしてでも止めなければならなかった。
「つまらないことに時間を使うのは嫌いなんだがね」
武器を構える他の解放者達を見て、ダ・ヴィンチは面白くなさそうに右手を振ると、巨大な絵筆を出現させた。
「仕方ない。ちょっと遊んであげるか──ね」
そう言った瞬間、真横から斬りかかってきた傭兵風の黒髪男性の長剣を、ダ・ヴィンチは大人の腕の長さほどもある筆の柄で受け止めた。