第18話 クエストの話題
「夜はデザート二つ注文するからね」
「はいはい、わかったよ」
どうしても食べたいのか、ミカが建物に入って予告をすると、リクはしぶしぶ了承する。
幽霊になってからというもの、消化ができないせいで食事が不可能になった。だが食べられないとわかっていても、美味しい物を食べたいという欲求を抑えられないのが人間だ。
しかしモイライでは、味も形もそのままに食物をエネルギーへと変換する心霊現象が使える人がいるお陰で、幽霊でも食事が可能だった。
それを知り、初めてのクエストで稼いだお金で料理を食べたとき、リクは泣きそうになるほど料理の味が心にしみたものだ。
「ちょっと視線が痛いですね」
申し訳なさそうに、アオイは黒タイツを履いた足をもじもじさせる。若干周りの視線が生温かいのは、急に若者達が喧嘩を始めたからだろう。
だが当のミカは気にもせず、元々座っていた入り口近くの席へと腰かけた。
「で、今日はどこに行くわけ?」
ミカは残っていたジュースをグイッとひと飲みにし、気持ちを落ち着かせ問いかける。
「昨日はゴブリン退治で嫌ってほど戦ったからなぁ。頭脳系クエストがやりてぇな」
リクの要望に、ユイトはスマートフォンをいじり、まとめサイトを検索しだした。
何度も受けられるタイプのクエストは、インターネット上で共有されていることが多い。クエストまとめサイトは、解放者達の御用達として日常的に使われていた。
「大田区にあるのは、ほぼ自分達もやっちゃってるね。港区と北区と……葛飾区に数時間前に発生したのがあるみたいだけど」
「どうしますか? リク先輩」
クエストは達成することで、各種アイテムや報酬が手に入る。それが今後の生死を左右することもあるため、挑戦するなら稼げるものがベストだが。
「ふふっ。今日は元気があり余っているみたいね」
画面を覗き込みながらリクが悩んでいると、真後ろから艶っぽい声が聞こえ。振り返ると、モイライのオーナーであるウルマが親しげに微笑んでいた。
「ちょっと凶暴な奴に襲われてさ。抵抗すると近所迷惑だから逃げ──痛てっ!」
「リクくーん。ちょっと黙ってようか?」
被害を訴える男の頭に即座にミカの拳が振り下ろされると、痛くないはずなのにリクは条件反射で声を上げた。
「どこかで頭脳系クエスト受けたいんですけど、良さそうなもの知りませんか?」
落ち着きのない二人の代わりにアオイが尋ねると、ウルマは顎に手を当てて考える。
「そうね。渋谷区の大きな公園にあるお城の王様が、国益に関わる問題の解決に依頼を出していると聞いたわ」
「渋谷区の大きな公園と言えば、代々木公園ですかね」
「確かそうだったわ。しかも王様直々の依頼ね。国の重要施設が次々に溶けるという事件が発生しているらしいの。それの原因究明と解決が依頼内容らしいわよ」
「建物が溶ける!?」
その一言に、やりとりを聞いていたリクも、思わず目を丸くした。
「聞くところによると、なんの前触れもなく突然建物が溶け始めるみたいなの。原因も理由も不明だから、突き止めるために多くの兵士を動員しているけれど、それでも未解決。だから解放者にも話が来ているってわけね」
王様からすれば市民に協力を要請する形になる。つまりそれだけ、事態は大事になりつつあるのだろう。
「心霊現象で誰かが犯行を重ねてるってんだろうけど、犯人が見つからない感じか」
「そういうことだと思うわ。けれど、その現象が起きたときに近くにいた人物を洗っても該当者なし。まさにお手上げ状態みたいね」
ミカの瞬間移動やユイトの念動力も心霊現象の一例だが、物を溶かす能力というのはまさにホラーテイストだ。
「まさか人間まで溶けたりはしない……ですよね?」
「発生時に建物内にいた人達には一切影響なかったそうよ」
ウルマの一言に、不安そうだったアオイの顔が安堵に緩んだ。
「今後そうならないとも限らないから、警戒はしておいたほうがいいかもね」
「ゾンビ幽霊になるのは勘弁だぞ……」
脅しをかけるユイトに、リクは顔を引きつらせ、アオイはミカの腕にしがみついた。
「ようはいつもみたいに油断せずに事に当たればいいんでしょ? もしものときは、私の心霊現象でアオイと一緒にその場から離脱するから安心して」
「俺達はどうなるんだよ」
「男共は自力でガンバっ」
「『ガンバっ』じゃねぇよ! ゾンビになったら即行ミカを襲いにいくからなっ」
こめかみをピクつかせるリクに、ミカは動じずフフンと得意げに見返した。
「いつから建物融解事件がゾンビ事件になったんだか……」
呆れ顔でやりとりを見ていたユイトは、必要なことを聞こうとウルマに話を振る。
「他にその依頼について何か知ってることある?」
「より詳しいことは依頼主から直接聞いて貰うしかないけれど、さすがに重要施設ばかり狙われて国の管理も危ぶまれるから、解放者が何組も調査に向かったそうよ。でも気になるのは、彼らが一切戻ってこないってことなのよ」
「何組も!? それって……」
解放者が複数参加して消えているという話ならば、明らかに高難易度クエストであるし最大の懸念材料だ。
「失踪した理由はなんですか?」
アオイが眉間にシワを寄せる。内容によっては、クエスト受注を考え直す必要があった。
「詳しい経緯は一切不明。何があったかまではわからないわ。とにかくちょっと普通ではなさそうね。危険かもしれないけれど……行ってみる?」
横から試すように覗き込んでくるウルマに、リクは顎に手を当てて考える。人的被害は出ていないが、調査している解放者達に失踪者が多数出ているというのが気になった。
「どうすっかなぁ……」
今までいくつものクエストを達成してはいるが、解放者失踪のあったクエストの経験はない。失踪しているということは、どこかで石化している可能性が高い。リーダーを任されているリクとしては、危険度も考えると慎重にならざるを得なかった。
「いいじゃない、やってみましょ。手に負えないようならクエスト断念すればいいし、空想妖魔の除霊なんかよりも後戻りしやすいから大丈夫よ」
断念すると二度とそのクエストは受注できなくなる。だが、失敗して石化するよりは何万倍もマシだった。
「……そうだな。警戒を怠らなければ今の俺達ならいけるかもな。二人はどうだ?」
危険なものほど、得られる対価が大きいことも事実。リクは仲間にも意見を聞こうとユイトとアオイに尋ねた。
「俺もその方向で構わないよ」
「私も大丈夫です」
すると力強く頷いて二人も同意を示してくれた。
「そう。挑戦するなら十分気をつけてね。あなた達の幸運、祈ってるわ」
そんな四人を見て、ウルマがどこか嬉しそうにニッコリと微笑むと、リクは「任せとけ」と白い歯を見せた。