第15話 未来を見据えて
左手に刻印をしてから数時間後。
モイライで新たに解放者になった人達と話をしたり、ミカとユイトが学校を脱出する際に持ってきていたスマートフォンを使い、インターネットで事件の記事やSNSの書き込みを見たりして、ウルマからの情報以外も収集しながら過ごし。
沈みかけた陽の代わりに、室内に心現術の灯りが点けられ始めた頃、見知った兄妹が扉をくぐって帰ってきた。
「ジェイク、ルナ! 戻ってきたんだな。良かった……」
姿を見つけリクがすぐに駆け寄っていくと、ジェイクは嬉しそうに頬を上げ。
「すっごく疲れたさ。でも、ちゃんとリクとの約束は果たしてきたさ」
「なかなか手強い相手だったですけど、間違いなく除霊してきたです」
親指を立て、見事に妹の仇を討ってきたと、ルナと一緒に満面の笑みを見せた。
「リク、良かったじゃない!」
「リク先輩……」
報告を聞いて自分のことのようにミカは喜び、アオイは心配そうに顔を覗く。だが二人の声も表情も意識に届かないくらい、リクは感慨深くジェイクとルナの顔を見つめると。
「本当に……本当にありがとうございました」
腰が直角に曲がるほど、深いお辞儀をした。
「リクのためになったなら、俺達はそれで十分さ」
「そうです。人のために動く。解放者なら当然のことです」
それが使命だからと言わんばかりに、二人は照れながらも〝気にするな〟と告げた。
「もう街には空想妖魔はいなくなったの?」
「あらかた除霊してから周囲を探索したけど、もうどこにも姿は見当たらなかったです。他の解放者達に聞いても同じだったので、どこかに隠れでもしていない限り終息したと思うです」
ミカの質問に、これ以上の犠牲者が出ることはないとルナは返した。
「解放者ってすごいんですね。たくさんいた空想妖魔を全部除霊してしまうなんて」
情報収集のため、アオイもスマートフォンで一緒に23区内の画像や動画を見ていた。そこには多種多様の空想妖魔が映っていて、軽く見ただけでも百体をゆうに超えていた。
「各所にいた解放者総動員で対処したからなんとかなったさ。そういや、リク達も解放者になったんだな」
ふと視線を動かしたジェイクがリクの左手を見て、紋章が刻まれていることに気づく。
「ああ。自分達の手で成せることは成したい。ただ待つだけの人生は嫌だからな」
「その気概はリクに初めて会ったときの言動から感じとってたさ。きっとその選択をするだろうって。解放者になったからには、これから俺達は同志さ」
〝仲間が増えて嬉しい〟と言いたげに、ジェイクが肩を組んでくる。その腕から伝わってくる信頼と同志という言葉に、リクの心は温もりを感じた。
「となれば、さっそく明日から特訓開始ですね。もちろん私達がちゃんとレクチャーするから大丈夫ですよ」
「そうさな──っとそうそう、もう安全になったから妹さんを迎えに行けるけど、今から迎えに行くさ?」
ジェイクのふいの一言に、リクの心臓が強く拍動する。
空想妖魔がいなくなったのなら、もう学校へ戻っても問題はない。気持ちとしても、離れているより妹を側に連れてきたいという思いもあった。しかし、
「いや、今は行かねぇ」
リクは元々決めていたかのように、首を横に振った。
「いいんですか? ユキナちゃんも先輩の近くにいたほうが安心だと思いますが」
親友の身と先輩の気持ちをアオイは案じる。だがリクは考えていたことを口にした。
「もちろん近いうちに迎えには行く。けど、まだ空想妖魔が残っている可能性もあるし、〝岐路の紋章〟がある限り、いつどこでクエストが発生するかわからねぇんだろ?」
「そうだね。見つかっていない奴が潜んでいるかもしれないし、クエストによっては戦闘になることもあるだろうね」
仲間のユイトの肯定に、リクはさらに確信を深めたように頷く。
「駆け出し状態の俺達が行って、そこで何かが起きたら次も生き残れる保証はない。だからせめて、ちゃんと生き残れるくらい強くなってから迎えに行ってやりてぇんだ」
もちろん何も起こらずに無事に連れて帰れる可能性は十分にある。しかし助けて貰った自分と仲間の命を、万が一にも危険に晒すわけにはいかなかった。
「なるほどわかった。家族や仲間のことは第一に考えるってのには同意さ」
ジェイクは優しい視線をルナに向ける。その瞳に、妹を想う兄の気持ちをリクは感じた。
「それなら、ビシバシ鍛えてあげないとですね」
「ははっ、そうさな。夜にやるわけにはいかないから明日から始めるが、弱音を吐けないくらい厳しくいくから覚悟しとくさ」
鬼教官のようなことを言う二人。だが、悪戯っぽく笑っている顔を見ていると、恐怖や不安は一切感じなかった。
それでも、目標を達成するのは並大抵のことではない。命の危険はいくつもあるだろう。
「おう。よろしく頼むぜ。ジェイク、ルナ」
しかしそれ以上に、覚悟を持って支えてくれる仲間がいる心強さと、ゴールはあるという希望に、リクは未来に明るい光を見ていた。