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第63話 一際強く輝いて

 すべてが一瞬のうちに起きたように思えた。

 後々この時のことを思い返しても、それ以外の感想はない。






「サンダラーッッ!!!」


 ヴィルヘルムが走り出すのを見て、俺は全力で叫ぶ。しかし返事はない。何故だ。クソっ、きまっている。あいつの遺産兵器(レガシー)が何か妨害をしているに違いない。


 俺はただ、立ち尽くすことしかできない。

 完全に予想外だった。サンダラーは敵艦隊を屠るのに忙しく、危機に気がついていない。そして、俺の遺産兵器(レガシー)は役立たずのがらくたばかり。対抗手段はない。振動刀が俺を切り裂くまで、後――、


「殿下ッ!!」


 血まみれの身体を駆って、親衛隊長が割って入った。彼女は幾度もの限界を超えて、剣と盾としての役割をまっとうせんとしている。雷霆(インドラ)Ⅱに粉砕されてなお、彼女は戦うことを止めようとはしない。


 オルスラの遺産兵器は近接戦闘において最強。その中身がどれ程傷ついていても、振動刀の刃は通らない。彼女が動けるならば、この窮地はすべてひっくり返る。


 だが、


 ヴィルヘルムは走る速度を緩めない。何のつもりだ。弟君は何故、突撃を止めない。君は何故、オルスラを無視して俺を睨む。オルスラの方が危険な筈――、



「余が何者か忘れたか!!! この距離ならば奪えるのだ!!」



 流体金属が宙を舞う。剥がれていく。黒い軍服を来た少女の姿が露わになり、身体の支えを失ったオルスラは倒れる。水銀は持ち主の肉体を離れ、走るヴィルヘルムの元へ。そして――、


 水銀の騎士(メルクリウス)が、敵となってそこにいる。


 俺は思い出す。銀河帝国の軍人が操る遺産兵器はすべて、一〇〇〇年前に滅んだ銀河連邦海兵隊の資産であって、その起動権は血筋に基づくものである。そしてその頂点に、銀河帝国の支配者たるレイル皇室が存在する。銀河帝国の遺産兵器、その支配権はヴィルヘルムが優越するのだ。


 俺に向かって、

 禍々しい甲冑が、

 突進してくる。


 しかしオルスラは諦めない。彼女は戦い続けると決心している。水銀の騎士を失ってなお、倒れることを拒否する。血塗れの右足で倒れようとする体重を支え、俺とヴィルヘルムの間に力なく立ち塞がる。血がこびりついた金の髪が、風に吹かれて綺麗に舞う。


 ヴィルヘルムの操る水銀の剣が、オルスラを斬り伏せようと――、




 身体は勝手に動いた。


 ガラクタのひとつ、軍服の袖を伸ばす遺産兵器を俺は発動する。オルスラを絡め取り横に逃がす。彼女は数メートル吹き飛ぶ。ヴィルヘルムの斬撃は袖を切り裂くのみ。


 ヴィルヘルムは再び駆け出した。オルスラを逃した反動で俺は体勢を崩している。

 よろけて転ぶ。顔を上げると、ヴィルヘルムが目の前にいる。水銀の剣を俺に突きつけている。


「誇れ、貴様を忘れることは未来永劫あるまいよ」


 彼は小さな声で呟いて、剣を振り上げる。

 命乞いの台詞は思いつかなかった。走馬灯はどのタイミングで流れるのかな、なんて、間抜けな感想を抱いただけだった。ああ、畜生。どうすればよかったんだよ。俺は、本当に死ぬんだ――、





「馬鹿な……」


 何かが飛び散る音と、ヴィルヘルムの驚愕の声が耳に届いた。顔を上げる。ヴィルヘルムの左腕から血飛沫が舞っている。剣は取り落とされる。


 馬鹿な、あり得ない。雷霆(インドラ)Ⅱでも貫通に苦労した、水銀の騎士(メルクリウス)の甲冑が貫かれている。


 ヴィルヘルムは振り向き――、


 その背後には、外套を纏ったオルスラがいる。その手には、ヴィルヘルムが捨てた振動刀が握られている。彼女は、ジギスムントの弟が捨てた武器を用い、復讐を実行した。彼女は何も口にしない。ただ、全身から戦意を漲らせている。


「ふざけるなッッ!!」


 ヴィルヘルムは怒号を上げ、同時に、背中に幾つもの鋭利な刃が出現する。流体金属で構成された水銀の騎士(メルクリウス)ならではの、予備動作なしの攻撃ノーモーションアタック


 しかし、オルスラはすべてを回避している。姿勢を低く取り、ヴィルヘルムの足元を転がりながら彼の左ふくらはぎを切る。未来予知したかのような、流れるような反撃だった。


 振動刀は水銀を突破した。

 再び血が大地を染める。


 足の腱を絶たれ、体勢を崩しながらもヴィルヘルムは拳を振るう。オルスラは振動刀で受ける。吹き飛ばされる。刀の上半分が折れて舞った。


 オルスラは折れた振動刀を杖にして立ち上がる。血を吐く。最早気迫のみで動いているとしか思えない。思えないが――、


 今この時、間違いなくオルスラが押している。ヴィルヘルムは動かない。動けない。甲冑を変形し体重を支え、辛うじて彼は立っている。戦闘の主導権は、間違いなくオルスラが握っていた。水銀の騎士(メルクリウス)からすれば、玩具に過ぎない振動刀が通用している。


 何が起きたか、直ぐに俺は理解した。

 オルスラは、水銀の騎士(メルクリウス)の使い手である。どのように防御すべきか、どのように攻撃すべきか、知り尽くしている筈。初めて起動した者がどのような挙動をするかも、当然予想がつくだろう。


 そして、無敵に思える凶悪な甲冑に存在する弱点も、彼女は知っている。

 甲冑の姿をしている以上、その防御力には差がある。そして、構成要素たる流体金属は雷霆(インドラ)Ⅱとの戦闘でその総量を減じている。防御の薄い箇所を狙えば、振動刀でも攻撃が通る。


 気づいた時には、オルスラは駆けていた。数歩の距離を、傷ついた肉体に鞭打って、全身全霊で駆ける。


「死! ね!!」


 ヴィルヘルムは迎撃を用意している。兜の突起、その先に虹の光が収束する。総督府の発着場で、揚陸艇を一撃で粉砕した水銀の騎士(メルクリウス)最強の攻撃、その予備動作。


「死ぬのは貴様だ!!!」




 数瞬の後、果たして虹の光球は放たれる。



 しかしそれは、オルスラの敗北を意味しなかった。

 ヴィルヘルムの反撃は無意味に終わった。

 虹の光条が伸びる先は天だった。そこには何もない。

 光条は霧散し、仄かな光が周囲に舞った。


 水銀の騎士(メルクリウス)の兜と胴の間に、折れた振動刀が差し込まれている。そこから噴水のように、鮮やかな赤が撒き散っていた。光球が弾ける寸前、オルスラの攻撃が間に合ったのだった。


 ヴィルヘルムは倒れ、動かなくなった。

 彼女は、ジギスムントの剣にして盾であること証明したのだった。





 俺は立ち上がり、ヴィルヘルムを見下ろす。

 彼は、静かに死を待っているように思えた。


 既に血は流れていない。流体金属が傷を圧迫しているのだろう。だが、もう終わりだ。手や足の出血は根本を押さえつけられる。が、首元はどうしようもない。動脈から溢れた血は、体内で暴れ回っている筈。ヴィルヘルムを待つのは出血死だ。


 意味がないと分かっているだろうに、右手を首元に当てて、ただ横たわっている。表情は兜で見えないけれど、きっと、俺を睨んでいるのだろうと思った。


 君のことは、最期までよく分からなかった。分からなかったけれど、自分の信念のために一生懸命だったってことだけはわかったぜ。君なりに、世界を救おうとしていたんだろう。


 でもね、俺はやるって決めたんだ。


「降参してくれるなら、別に殺すつもりはないよ」




 そう言った瞬間、ヴィルヘルムは右手を俺に向かって突き出す。やはり戦意を失っていない。流体金属がうごめいて――、


「残念だよ、ヴィルヘルム」


 ヴィルヘルムの全身が青い光に包まれた。手足が霞んでいく。

 最後に一際強く輝いて、彼は消えた。




〈敵艦隊を片付け終わったと思ったら、市民が死にかけていました。驚きました。冷や冷やさせるのがお得意ですね〉


「冷や冷やしたのは俺の方だ。さっきはまんまとヴィルヘルムを見逃しやがって。死ぬかと思ったぜ」


 サンダラーによる転移(ワープ)

 それでヴィルヘルムを排除した。


 それ程分の悪い賭けではなかったと思うぜ。

 倒れ伏したヴィルヘルムが何を考えていたとしても、危険があればサンダラーが対処すると俺は分かっていた。あれだけ派手に虹の光を打ち上げたのだから、流石にサンダラーが気づく。電波妨害の遺産兵器を弟君が持っていたとしても。


〈おめでとうございます、市民。あなたは勝利しました〉


 サンダラーが無機質で平坦で、それでいて不愉快さを覚えさせる口調でそう言った。俺は空を見上げる。大地を見回す。敵はどこにも残っていなかった。海に浮かんでいるのが相応しく思える戦艦が一隻、威容を放って浮かんでいるだけだった。


「勝った、のか……」


 死を覚悟した筈が、よく分からないうちにこうなっていた。というのが俺の正直な感想だ。何故自分が生きているのか、よく分からないぜ。


 思考をまとめようと頭を振る。俺の視界に、尻餅をついて静かにしているオルスラが映る。ふと、一番の立役者に声を掛けなくてはならないと思った。そう、彼女の頑張りがなければ、いつ死んでいてもおかしくなかった。


「よくやった。貴官なくしてこの勝利はなかった」


 へたり込んでいるオルスラは、天に浮かぶサンダラーを無表情で眺めている。死地をともにくぐり抜けた……、筈なんだが、未だに何を考えているのか分からない。


「小官は殿下の剣にして盾です。勤めを果たしたに過ぎません」


 どうやって恩を返せば良いのだろう。俺は銀河帝国の皇子だから、星ひとつをあげたりすれば良いのだろうか。相場が分からないな……。


「これでこの星は助かった。無理をさせたな。何度も作戦を伏せて悪かったと思っている。だが、正直に話すわけにはいかない事情があるのだ。許せ」


「恐れ多いことです、殿下。しかし、小官の忠誠心は分かっていただけたでしょうから、次からはすべてを教えていただければ幸いです。護衛にも都合というものがございます故」


 オルスラの言葉は相変わらず、主君に対する敬意があるのかないのか判断しかねるものだった。そういうキャラなんだろうと思うしかないが……。何にせよ、彼女は恩人だ。彼女の手を取って引き上げる。


「次がないことを祈ろうではないか」


 オルスラは何も言わない。下手な冗談だったかも知れないが、無視されるほどだろうか。いや確かに、二十一世紀でも面白くないかも知れなけれど……。


「さあ、総督府に凱旋するとしよう!!」


 誤魔化すように大声を出した瞬間――、





「何のつもりだ……?」


 目の前の光景を理解できず、俺は疑問を口にした。まったく混乱の極みだったが、我ながら声色は低い。皇子の演技が板についてきたのかも知れない。


 何故、オルスラに尋ねたか――、



 傷だらけの彼女は、俺の眉間に拳銃を突きつけている。そしてオルスラは刺すように言う。敵に対した時と同じ、絶対零度を思わせる声色だった。





「貴様、何者だ」




 興が乗ったら下にある☆☆☆☆☆から作品の応援をお願いします。


 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直な感想で構いません。




 ブックマークもいただけると本当に喜びます。


 作品作りの参考にしますので、何卒よろしくお願いいたします。





注 同じ話を連続投稿しちゃってましたんで修正入れました!教えてくれた方ありがとうございました!!

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