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第62話 阻むものは

 鮫型の宇宙戦艦の群れは、サンダラーの出現で隊列を崩している。


 いるけれども、突如暴力的に出現した闖入者にも関わらず、一隻たりとも欠けずにそこにあった。流石は銀河帝国の兵器、というべきなのかもしれない。俺が吹き飛ばされるような衝撃波をものともしない。


 周囲を確認すると、異形の戦車の上に立つ弟君も、雷霆(インドラ)Ⅱの女軍人ふたりも無事だった。障壁(バリア)のおかげらしい。困惑した表情を浮かべている。


 つまり――、





 どういうことだ?

 全然期待外れか?

 早速苦情を申し立てることにする。


 おい、お前のワープアタック?

 とでも言うべき攻撃が通用していないように見えるぞ。話が違うぜ。


〈市民、やれやれとはこのことです。私はただ移動して来ただけです。戦艦の本分は戦闘にこそあり、移動だけを評価されても困惑する他ありません。衝撃波は転移の副作用ですから、別段敵を撃墜することを目的としたものではありませんしね。ですから、非難は的はずれもいいところなのです〉


 ……やけに長台詞だが、それは言い訳か?

 平坦な口調だと分かりづらいな。


〈いいですか市民、タンパク質の小さな思考回路でよく考えてください。銀河連邦滅びたりと言えど、科学技術は現代にもある程度引き継がれています。私とこの不細工な戦艦もどきの性能差は途方もなく大きなものですが、それでも最低限の機能は有しているのです。だから、私がただ突然現れただけですべて破壊できるほど脆い存在だと、この妹たちを見くびってもらっては困ります〉


 自分が凄いと思わせたいのか、帝国の戦艦が凄いと思わせたいのか分からいぞ、その口振り。あー、分かった分かった。悪かったよ。お前って結構プライド高いのな。


〈戦艦の仕事は戦うことにあります。ですから――、〉







「旧文明の宇宙戦艦、その生き残り。あれが奥の手か」


 俺とサンダラーの会話に、弟君が割って入る。彼からすれば、ひとりでぐちゃぐちゃ喋っていたように見えただろうけれどね。空を見上げたまま返事をする。


「まぁ、そうなるな」


「あの特級遺産兵器(レガシー)は銀河連邦宇宙軍の所属だ。それを扱える血筋はすべて死に絶えた。そんなものが生きていれば、帝室に組み込まれている筈」


「そうなんだろうな」


「……これは想定外だ。本当に凄いな、兄さんは」


 乾いた声だと思った。

 戦車の上、ヴィルヘルムを見る。

 表情が消えていた。




「撃墜せよ」


 突如、サンダラーは爆煙で包まれた。


 ヴィルヘルムが艦隊に攻撃を命じた。榴弾、ミサイル、劣化ウラニウム弾、電磁加速弾(レールガン)、次元断縮弾、荷電粒子(ビーム)光線(レーザー)……。俺に理解できるものと理解できないものの両方がサンダラーに殺到する。鮫型の戦艦、その腹に格納された砲身が顕になり、あらゆる種類の攻撃を加える。


 しばらくして、頭上から叩かれるように響いた轟音が止む。

 爆煙は風に流されて――、






 果たしてサンダラーは無傷。銀河帝国の艦隊ひとつの総攻撃を受けて、罅一つなかった。自ら最強を謳う大言壮語はただの現実だった。虹の障壁(バリア)が奴の船体でかすかに光って見える。だから言ったでしょう、と主張しているようだった。

 

〈一応聞いておきますが〉


 この期に及んで何を聞く。意図がよく分からない。どこまでも不愉快な奴だぜお前は。いいか、俺はやるって決めたんだ。お前が期待外れではなかったようで、ただ喜ぶばかりだぜ。ああ、もちろんこれは本心だ。本当だ。




 だから、こう答える。


「やれ」


 そして、サンダラーの砲塔がゆっくりと動き――、


 突き出た砲身から青い光が迸る。

 余りにも強い輝きだった。

 何度目だろう。俺は何も見えなくなった。


 が、直ぐに視力を取り戻す。赤茶けた瓦礫の大地が見えてくる。頭を振る。砂塵を落としながら思う。様々な思考が脳裏を巡る。


 そう言えば、砲撃につきものの轟音がなかったな。色々な兵器がある、そういうことらしい。ああそれに。二〇〇〇年の時を超えて目覚めてから、網膜が焼けるのは何度目だろう。鼓膜を弄られていることは既にわかっていたが、どうやら目も改造されている。勘弁してくれよ、ははっ。



 そして、俺は頭を上げる。



〈格好良くもなんともありません。私はそう言いました〉


 目にした光景は、まさにそのとおりだった。乾いた青空を背景にして、戦艦の群れが燃えながら落下している。ヴィルヘルムが結集した戦力は、その真価を発揮する間もなく溶けてしまった。


 サンダラーは、すべてを一撃で粉砕した。

 あっけない終幕だった。


 余りにも強すぎて、何の感想も思いつけなかった。ただ立ち尽くしている間に、鮫の群れは重力に引かれて大地に突き立ち、さらなる炎を吹き上げるのだった。






「余は正しかった」


 ヴィルヘルムは、何度目になるか分からない台詞を言うのが聞こえた。沈んだ声だった。遠い過去を眺めるような顔だった。


 同時に、異形の戦車が甲高い轟音を上げる。エンジン音らしい。たちまち巨体に似合わぬ速度で無限軌道(キャタピラ)が大地を巻き上げる。凶暴かつ巨大な戦闘兵器の突進。同時に、車体、腹部、背部、腕部に配された大量の兵器による攻撃がサンダラーに向けて登っていくのを見る。


 巻き上げられた砂塵が目に入る。瞑る。涙が出た。瞼越しに、青い光が煌めいた気がした。目を擦った。



 数秒の後に視力が回復する。

 目を開けた先、ヴィルヘルムの巨大な戦車は、どこにも存在していなかった。

 ただ、大量の金属片が瓦礫の山の上に散乱するばかりだった。

 残る抵抗は、ふたつの雷霆(インドラ)Ⅱのみ。



 ジギスムントの親衛隊長を嬲ったふたりは、空に浮かぶサンダラーを見上げている。改造されているらしい俺の聴力は、アイールとルオ、両少佐の会話を捉える。


「ヴィルヘルム殿下は、何故我々に攻撃命令を下さなかったのだろうか」

「尊きお方の考えは分りませんが、部下の存在を忘れていたのではないでしょうか」

「本気で言っているのか?」

「……命じずとも、息を合わせて攻撃するとお考えだったのでは」

「つまり、殿下を裏切ったことになる」

「その解釈は困りますね。化物の力を見せつけられた直後なんですから、身体も脳も動きませんって」

「経緯はどうあれ、主君が死んだのに我々は生きている」

「戦争省がどう捉えるか、考えたくないですね」


 サンダラーによる大虐殺を目にした直後にも関わらず、あくまで自然体だった。いや、現実逃避なのかも知れない。のんびりした声色の奥には、どうすれば良いのか分からない混乱が隠れているように思えた。


「今から寝返ってなんとかなりますかね」

「……算段は」

「ジギスムント殿下の星に攻め入って大勢殺しましたし、今目の前で親衛隊長を嬲りましたが、悪気はなかったんのす。命令に従うしかなかったのです。と、言うわけで、幕下に加わるお許しを頂けませんでしょうか」

「呆れた」

「言ってみただけです」

「……本心に思えたが」

「軍人になんて、なるものじゃないですね」

「その反省は来世で活かすのだな」

「来世。アイールさん、宗教なんでしたっけ」

「さあ、なんだったかな」


 だらだらと、一体何を話しているのだろう。

 そう思った瞬間だった。


 雷霆Ⅱの発する虹の光が輝きを増した。

 それが意味するところを俺は知っている。

 戦闘準備完了の合図。


「なあ、ルオ」

「なんです、アイールさん」

「我らは星戦隊(ランドフォース)だ。その標語を言ってみろ」

「〈勝利なくして帰還せず〉。勇ましくて大変結構です」


 やめろ、と言う暇もなかった。

 彼女たちは操る兵器の中に素早く入った。

 そして雷霆Ⅱは勢いよく浮かび上がる。


 何故、と思った。彼女たちは敗北を理解しており、それでも戦いに赴いたのだった。まったく筋が通っていない。意味がわからない。


 俺は困惑したまま立ち尽くし、ただ見上げることしか出来ない。

 二体の雷霆Ⅱはあっという間に上空に達した。サンダラーが待つ高度へと。

 底面で貼り合わされた四角錐が分離する。ヴェンスとニサの死闘でも見なかった光景だ。開かれた底面の間に、巨大な光球が出現し――、


 直後、弾けた。

 星ひとつを焼き尽くせるのではないか。

 そう思えるほどの光がサンダラーに殺到する。



 数秒後、世界から光が去って――、



 西暦二九五〇年に就役した、オライオン級宇宙戦艦の四番艦。宇宙軍第二二艦隊の旗艦の任にあった地球連邦宇宙艦(E.F.F.S.)は、無傷で同じ場所に浮かんでいる。



〈馬鹿馬鹿しい。戦艦の敵は戦艦のみです。揚陸支援兵器ごときに何が出来るでしょうか〉



 サンダラーの舷側に並んだ副砲がよっつ、閃光を発して、ふたつの雷霆Ⅱは砕け散った。虹の破片が乾いた大地に降り注ぐ。あの雷霆Ⅱが、あれだけ暴威を振るった存在が、あっけなく……。




 風が吹き抜けるのを感じる。

 あたりはまったく静かになっている。


 この場に敵はもう残っていなかった。

 これは勝利を意味する。


 確かに、(セント)・バーナード中にヴィルヘルムの地上戦力は存在している。いるけれども、それは「散っている」と表現するのが正しい状況であって、航空航宙の戦力比がジギスムントに傾いた今となっては、もはや失われたも同然の存在だった。


 終わったのか?

 勝ったのか、俺は?




〈もう少しかかりそうですね〉


 サンダラーの背後、真っ直ぐこちらに向かう赤の筋が空の青を彩っている。ヴィルヘルムの艦隊はまだ残っている。先だって撃墜された鮫の群れは、第一陣に過ぎなかったようだった。ジギスムントの弟君は、彼に出来る限りの努力を払ったらしい。


 サンダラーの防壁が虹に輝き、爆煙が彼女を覆う。ヴィルヘルムの艦隊は、大気圏突入早々あらゆる攻撃を彼女に集中させたのだった。


〈銀河帝国は士官学校のカリキュラムを見直した方がいいですね。敗北を免れないならば、逃げるべきです〉


 当然のように効果はなかった。残敵を排除すべく旧文明の戦艦はゆっくりと回頭し、砲門をヴィルヘルムの艦隊へと向ける。発砲。一筋の閃光が爆煙を突き抜ける。空の彼方、赤い筋に直撃。敵戦艦撃沈ひとつ。


 サンダラーは攻撃を受けながらも自由に咆哮し、その度に敵は一つずつ大地へと吸い込まれていくのだった。敵はまだ数十残っているから、完全掃討までにしばらく時間がかかるだろう。だが、すべては時間の問題と思われた。


 俺の勝利は揺るがない、ようだ。つまり、この星は壊されない。この星の住民には明日がやってくる。よかった。よかった。本当に……。



 後は、おお。

 どうすればいいんだ?



 人類すべてを救うと宣言したのはいいけれど……。

 本気で当惑する。これまで必死で、非現実的な出来事に俺は対処して来た。だから初めてだ。今俺は、初めて何の脅威もない状態にある。


 考えてなかったぜ。ジギスムント(本物)やサンダラーも、俺が勝つと思っていなかったのではなかろうか。過去については一応の説明があったが、今後について何も聞かされていないぜ。




「殿下……、これは……」


 オルスラが横たわったままで尋ねる。兜は解除されていて、整った顔には、苦痛と疑問が半々に浮かんでいた。思えば、オルスラには滅茶苦茶苦労してもらった。一刻も早く病院に連れて行くとともに、流石に説明するべきだろう。でなければ、いくら彼女とでも忠誠を放棄してしまうかも知れない。


 もちろんすべては教えられないから、良い言い訳を考えよう。

 何かないか。何か都合の良いアイデアがそこらに転がっていないものか。俺はこれまで、些細なことからぎりぎりで打開策を思いついてきた男だぜ。辺りをそれとなく見渡して――、




 ガラ、と瓦礫が崩れる音がした。

 音源は右後ろ十数歩程の先、直ぐ側だった。




「余の策も、なかなか意外性があっただろう」




 馬鹿な、その声は。

 振り向いたその先に、ひとつの影。

 影は外套を脱ぎ捨てる。その姿が明らかになる。


「さて、ここからは出たとこ勝負だ」


 異形の戦車と共に散ったはずの、ヴィルヘルムが立っている。

 左手はあり得ない角度に捻じれ血が滴っているが、負傷はそれだけだった。両足はしっかりと瓦礫を踏みしめていて、右手には振動刀。低く唸って大気を切り裂いている。


「遺産兵器は支配権を持つ人間を殺せば動かない。あれを動かせるのは貴様だけ。そして――、」


「何が、起きている……?」


 弟君はつい先程、サンダラーに対して無謀な攻撃を仕掛けた。そして呆気なく敗北した。呆気なさ過ぎると思った。ヴィルヘルムの部下二名も困惑していたくらいだ。


 俺の混乱を無視し、死んだはずのヴィルヘルムは一歩こちらへ踏み込む。

 左腕から血を撒き散らしながらも、その歩みに一切の揺らぎはない。


 ヴィルヘルムの表情、身体、台詞をよく観察して俺は理解する。

 そうか、そういうことか。


 すべては、この状況を作り出すための布石だった。

 サンダラーに勝てないと悟ったヴィルヘルムは、一瞬で勝利のための策を組み上げた。強力な遺産兵器と配下すべてを、俺に接近するための囮として利用した。


 そしてその賭けに勝利した。どのようにサンダラーの索敵を回避したのかは分からないが、遺産兵器の仕業に決まっている。


 まぁ、なんにせよ。

 俺を殺そうとする彼は、すぐ目の前にいる。

 対抗手段はない。オルスラは倒れ伏し、サンダラーは遠くの空。


「そして――。余と貴様の間に、阻むものはない」


 興が乗ったら下にある☆☆☆☆☆から作品の応援をお願いします。


 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直な感想で構いません。




 ブックマークもいただけると本当に喜びます。


 作品作りの参考にしますので、何卒よろしくお願いいたします。

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