第58話 これが真の詐欺だ
俺は瓦礫の山の上で立ち尽くしている。起伏に富んで赤茶けた大地が地平線まで広がっていて、雲ひとつなく青いばかりの空が俺の上にあった。直ぐ側には剣を杖にして立つ親衛隊長。両脇遠くには虹色に輝く双四角錐。そして正面には――、
歪で巨大な戦車と弟君がいた。何かを思い出すように、怖い顔をして黙り込んだヴィルヘルム。いつまでこうしているのだろうと不思議に思い始めた頃、不意に俺を睨みつけて言う。
「この世界でもっとも危険なのが兄さんだ。だから余はここにいる。他のどこでもなく、兄さんの眼の前にいるのだ」
どこか余裕の無さを感じさせる表情を常に浮かべているように思えた弟君だったが、この瞬間、彼はまったく落ち着いている。覚悟を決めたとしか言えない態度だった。
俺が知るジギスムントの振る舞いを思い返しても、俺がジギスムントとしてやってきた行動の数々を思い返しても、そこまで危険視される理由はまったくわからないが……、
「貴様の勝ちだ。おめでとう」
俺は素直に敗北宣言をした。
しかし、弟君は。
「まだだ。まだ終わりじゃない」
「………はい?」
「兄さんのことだ。まだ、真の奥の手を隠しているのではないか?」
一体何を。こんな状態の男に対して買いかぶり過ぎだ。本当ならば、奥の手なんてものは。そもそも、真も何も――、
「そろそろ諦めてほしいものだ。よく考えて欲しいね。この星に未来がないのはもう気がついているだろう? 責めるのはやめて欲しいな。帝国を、世界を滅ぼそうとしたのは兄さんだ。兄さんが悪いんだ」
敗北は既に受け入れていた。一体何の勘違いをしているのだと、どんな幻影を見ているのだと言いたかった。しかし、弟君の発言の中で気にかかるものがある。
「この星の未来が、なんだって……?」
「兄さんみたいな危ない男を慕う星は、この銀河から消えた方が良いと言ったのだ」
「……消える?」
「偶然の成り行きだが通信衛星はすべて破壊したから、勝利後の情報統制はかなりやり易くなった。が、念には念をという言葉があるし、万が一にも叛乱の波及は避けねばならない。貴重なダイオライトを産出するこの星を壊すなど、本当はありえないことなのだが……、背に腹は代えられない。だから、というわけだ」
「は……?」
「この星の衛星をすべて壊す前に、光通信で余の艦隊、その半分を呼び寄せたのだ。そのうちには星核粉砕弾を搭載した船もいる。使用距離に達し次第、この星を破壊するよう命令した。だから、未来はないと言ったのだ」
「俺の、余の……、敗北は…………」
「星ひとつの消滅という結果をもたらした」
ヴィルヘルムはあっさりと答え、続けた。
「兄さんの努力は認めるが、かえってこの星の住人は不幸になった。初めは星を壊すつもりなんてなかったんだけどね。許容できる犠牲の代表が彼らなのだ。結局は情報が漏れ、余もあれこれ言われるだろうが……、最終的には問題なかろう。自分の星に叛乱が波及して嬉しいとは、誰も思わないだろうからな」
何も言い返せなかった。
心理的衝撃を受けて崩れ落ちるべきだったかも知れなかったが、結局俺は立ち尽くしたままだった。弟君の言うことが真実だと直感できたからだ。すべては無駄だった。
「アイール、ルオ。護衛を殺せ。確実にそこの兄を確保するために」
「ジギスムント殿下に対抗手段があった場合は?」アイールが雷霆Ⅱの頂上から尋ねる。「吹き飛ばす。兄さんは余が監視しておくから、心置きなく戦うが良い」「拝命いたしました」
双四角錐の虹が一層強く輝き始める。
攻撃準備を進めているのだ。
一体何なんだ。俺の脳内は完全に混乱している。
奥の手なんて存在しないんだ。何故弟君とその部下はまだ戦おうとするんだ。何故星を破壊しようとする。ジギスムントを恐れるが故なのか? それは間違いだ。ここに居るのは偽物だ! 確かに俺はこの星の人々をなんとか出来ないかと頑張ってみたし、少しは成功したのかも知れないけれど――、
「小官は殿下の剣にして盾です。どこまでも共にあります」
オルスラは呆然と立ち尽くす俺に視線を向け、不敵に微笑みながらそう言った。水銀の兜が降ろされる。俺が何か言葉を発した時には、彼女は走り出していた。
「おい……」
もういい。いいんだ。もう負けたんだ。
オルスラが笑った理由はさっぱり検討もつかなかったけれど、俺を守るために動きだしたことだけは分かった。俺には理解できない忠誠心を持つ美少女軍人。彼女は、ジギスムントの親衛隊長なのだった。
無数の爆炎が生じ、俺の頬を撫ぜた。
水銀の騎士の剣が振るわれる。
透明な盾に阻まれて、不快で甲高い衝突音が生じる。
双四角錐から無数の小弾頭が吹き荒れる。
瓦礫が宙に舞う。
その影から騎士が現れる。
兜から突き出た角の先に光球が出現する。
直後、視界が虹で焼ける。俺の目は光で覆われる。耳は轟音で塞がれる。
瓦礫が大地に降り注ぐ数秒間を経て――、
雷霆Ⅱはまったく揺るがない。
オルスラは両手を大地についている。
健気で不憫だ、と思った。
水銀の騎士がいかに強力でも、オルスラは既に大ダメージを負っていて、雷霆Ⅱとの相性は最悪だった。義足の少女の奮闘を通して、まともな近接戦が通用しないことを俺は学んでいた。
彼女は再び突進を開始した。
近い将来、オルスラは必ず死ぬだろう。
だが、もうどうにもならない。俺は未だに偉そうに腕を組んで仁王立ちを続けていたし、そのせいで弟君に勘違いされたのだとしたら、ジギスムントの振りなんてものはさっさと改善すべきなのかも知れなかった。
だが、そもそも――、
策や奥の手なんてものは、そもそも存在しないのだった。すべてはその場凌ぎだ。もちろん、俺をこの馬鹿げた物語に引き込んだあの糞人工知能の力を使えたならば、なんとでもなるのかも知れなかったが。
不愉快な人工知能との会話を思い出す。
心底うんざりした気分になるので、絶対にそんなことをしたくはなかったけれど、この期に及んでは他にすることもなかった。俺は呻く。第三者の視点で。確かに、ジギスムントにまだ何かが残されていると思うのも当然なのかも知れない、と。
宇宙戦艦サンダラーはどこに行った?
ジギスムント(偽)が絶体絶命の危機に陥っている。なのに、ジギスムント(本物)から受け継いだ筈の地球連邦宇宙艦は何をしている。すべての黒幕である筈の存在はどこに。最後の策とか奥の手とか言う言葉にこの惑星でもっとも相応しい存在である筈の、不愉快な人工知能は一体何を……?
結論から言えば。
この不平等な世界を救うべき存在が俺で、俺の助けが必要なのだと白状した糞戦艦は最終的に――、
「では早速、君が待ち望んできた『命令』ってやつをしようと思うんだけれど」
「お断りします」
最終的に俺の命令を聞くことを拒否したのだった。二十一世紀の少年を蘇らせた挙げ句銀河帝国皇子として作り替え、この面倒極まりない物語の中心に放り込んだにも関わらず。
だからこんな目に遭っている。
これが真の詐欺だ。
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