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第56話 正しく恐れる

「……確かに奇遇だ。招待された場所はここではない筈なのだが。何故ここに?」


 虚勢を張って、精一杯の余裕を見せつけながら、俺はヴィルヘルムに問う。


 外套に纏わりついた砂塵をわざとらしく叩いても見せた。敗北が確定した今、ジギスムントの真似を続けることの意味は急速に失われていくばかりだったが……。何故そうしたのかはわからない。せめて、どうして敗北したのかを知りたいのかもしれない。


「『暴虐皇子』と呼ばれるに相応しい傲慢な態度は相変わらず……。直接会うのは一昨年の年頭祝賀会ぶりだね」

「そうだったかな」

「忘れたフリはよくないな。ふたりで早めに抜け出してやったチェスで負けて、歯が砕けんばかりに食いしばっていたじゃないか」

「そうだったかな」

「余が部屋を出た後、すべての家具が一度に壊れたのかと思うほどの音がした。八つ当たりをしたのだろう」

「そうだったかな」


 期待した回答が得られない中で、当然記憶にない出来事をべらべらと話すヴィルヘルムへの適切な返事を思いつけず、めいいっぱいの努力を持ってジギスムントらしい台詞を返したつもりだった。が、


「馬鹿にするのも大概にしろ!!!」


 ヴィルヘルムは激怒した。え、なんで? よくわからない出来事があれば「俺はすべてを理解している」と言った台詞を返せば丸く収まるのがこの世界のルールの筈では。


「……ふふ、そうかそうか。その態度は焦りの裏返しだね。面白い。面白いよ兄さん!!」


 ヴィルヘルムは勝手に納得したようだった。興奮しているようにも見える。上機嫌な態度のまま続けた。


「兄さんは分かっているだろうけれど、折角だから種明かしをしてやろうか。こんな機会は滅多にないからね!」


 口を開いてもいいことはなさそうだったので、俺は頷く。

 何故敗北したか、教えてもらえそうだった。


 俺は、飛行機械たった一機での逃走によりヴィルヘルムの残存戦力を誘き出し、撃滅し、オルスラという最強のカードを持ったまま彼との交渉に及ぶつもりだった。うまく行っていたはずだった。人工衛星が破壊されたせいで少し段取りが狂ったけれども、修正出来たと思っていた。


 だが、今、たった一機でも手のつけようのない雷霆(インドラ)Ⅱが二つも眼前に聳え、一方の俺は、最強を豪語する親衛隊長が大きなダメージを負っている。そして、ヴィルヘルム自身が強力な戦力としてそこにいる。


「まず、兄さんの凄さを改めて教えてもらった。その事実だけは伝えておこうかな。実際、総督府ですべてを終わらせるつもりだったのだよ。なのに、どうだ。見事に脱出してのけた! 選抜小隊による強襲すら空振りに終わった! その後の捜索もすべてすり抜けた!!」


「えー」


 結果はまさにそのとおりだけれど、ただ必死で逃げ回っていただけだし、実際はいいように踊らされていただけだった。すべては、あの信じがたいほど強情な人工知能の――、


「そうこうしている内に惑星全土での叛乱(クーデター)が起きて……、同時に、兄さんが廃鉱山地帯に向かっているという報告があった。改造品の民生飛行機械で、護衛もなく。部下からそう聞いた時は驚い――、」


「……おかしいとは思わなかったのか。罠だとは」


 俺は弟君の長口上を遮った。危険かもしれないと思ったが、これがジギスムントらしい態度だろう。思ったとおり、ヴィルヘルムはますます舌が滑らかになる。


「当然そう思ったさ! これ程大規模な叛乱が起きているのだ。そちらが本命だと思うのは自然だろ? 兄さんに時間を割いている間に、致命的な状態になるのかもと疑ったさ」


 それに気づいていて、なおこうなっている。

 オルスラが本心では認めているとおり、この弟君は優秀ということか。


「……それでも、兄さんを放置するのはありえない。出頭しろとこちらから惑星全土に放送しておいて余が兄さんに会わなければ? 植民地における数十年ぶりの大規模蜂起に慌て、鎮圧を優先したならば?」

「どうなる」

「権威は地に落ち、帝国の統治は麻のごとく乱れ、人類世界は崩壊する」


 いったいどういう理屈だろう。大げさなように思えるぜ。俺に帝国を崩壊させる気なんてない。ただ、目の前の現実をなんとかしたかっただけだ。失敗したけれど。


遺産兵器(レガシー)の武力、その象徴にまで自らを高めた銀河帝国の皇族に、敗北は許されない。それこそ崩壊が半世紀早まる。たとえ敵が皇族であったとしても、そうなる」


 だがまあ、弟君がそう言うならそうなんだろう。彼は俺よりこの時代に詳しいし――、ん? おかしくないか?


「余が負けるのは良いのか」

「兄さんは『暴虐皇子』だから後でどうとでもなる」


 そうですか。

 死ね、ジギスムント(本物)。


「さて、帝国の秩序を揺るがす程の叛乱は珍しいが、無防備な状態でいる兄さんはもっと珍しい。だから、可能な限りの戦力を抽出し、兄さんに差し向けたというわけさ。兄さんの意図を完全にくじくために。最新鋭の揚陸艇を掻き集め、要所を守らせるべき雷霆(インドラ)Ⅱを配置転換した」


 それだけのことだよ。ヴィルヘルムはひとつ呼吸を挟んで続けた。まあ、揚陸艇部隊が全滅したのは驚いたし、軌道上の衛星を破壊する羽目になったのは、誤算以上だったけどね。


 なるほど。敗北した理由はわかった。

 だがそれを聞いて、俺はふと疑問に思う。


 確かにジギスムントに対処する方が重要なんだろう。だが、弟君はなんと言った。『帝国の秩序を揺るがす程の叛乱』と言ったか? それってかなりの大事なんじゃないか? それでも彼は俺を優先した。どうしてそんな博打を打ったのだろう。オルスラから訊く限り、慎重な性格の持ち主という印象を持っていたけれど――、


 ああ、そうか。思い当たる。

 特に考えもせず口にする。



「それほどまでに『暴虐皇子』が怖いのか」



 ヴィルヘルムは表情を消して――、



「誰よりも正しく兄さんを恐れているのは、この余なのだよ」



 静かにそう言った。


 *****

 第58話 人生を変える出会い


 数えで二十歳となるヴィルヘルムには皇室特有の濃密かつ様々な人生経験が数多くあって、リアルタイムで活用できない記憶は否応なしに押し流されてしまう。だが、そんな彼にも忘れがたい幼少期の記憶がある。その記憶は間違いなく今の彼を形作ったものであり――、


「貴様、なかなか見どころがあるではないか」


 その記憶を鮮明に浮かび上がらせる台詞は、酷く上から目線だった。



 ■□■□■



 銀河歴九八〇年のニューイヤーズデイにヴィルヘルムは生まれた。体重は二九八五グラム。新生児としてはまったく平均的だった。


 その日誕生した赤子は銀河帝国全土において合計約二五〇万人。

 彼が産声を上げた病院が立地する星に限っても約一二〇〇〇人が産まれたし、その病院は銀河帝国最大の病床数を誇る帝立中央病院であったから、少なくとも二〇〇〇人が彼と同じ敷地で誕生日を迎えた計算になる。


 フリードリヒ帝による征服事業、その停滞が誰の目にも明らかになっていたこの頃、人類史上最大最強の専制君主――銀河歴元年に〈大停止〉によって崩壊した銀河連邦は民主主義政体であった――として歴史に名が刻まれるべき現帝の天才性は、すべて内政に注がれていた


 帝国商務省はこの年、前年比七%の経済成長を達成したと年次経済白書に記し、現帝の統治を称賛した。


 前年比七%の経済成長。確かに復興と成長の最中にある経済圏としては物足りない数字なのかも知れないが、それは人類が地球にのみ生息していた時代の常識である。外部との貿易が事実上存在しないことを踏まえれば、大した数字ではあった。


 植民地においても生活水準の向上が見られた。実際、銀河歴九八〇年に至るまでの過去十年で植民地の乳幼児死亡率は二%にまで低下し、平均寿命は六十五歳に達した。過去数百年にわたり無秩序な戦乱に支配されていた人類領域が迎えた黄金の時。


 一部の星では貧困が蔓延り、小規模の叛乱が頻発していた――(セント)・バーナードが属するオリオン腕領がその代表だ――ものの、全体としては未来に希望を持つことが出来る、そういう時代だった。


 なお、紛争の存在と平和の実現は矛盾しない。

 二十一世紀初頭のことだが、地球の至る所で争いが続いているにも関わらず、とある実験心理学者は『私たちは人類史上最も平和な時代に生きている』と本に書いた。


 その学者が当時世界を支配していた超大国の人間であり、恵まれた立場の人間であるからこその妄想――、ではない。それは事実として当時の人々に受け入れられた。彼は統計と歴史的文脈を用いて平和を証明してみせたのだった。平和とは比較の上に成り立つ概念に過ぎないのだと。


 ともかく、平和で明るい将来を約束されて生まれてきた大量の子供たち、そのひとりがヴィルヘルムだった。平和を享受できる時代の人類がこれまでやってきたように、子供たちはいずれ大人になり、働き、子を成し、死んでいくだろう。お定まりの運命が、その日に産まれた赤子たちを待ち受けている。


 しかし、ヴィルヘルムの未来は誕生日を共有する大量の子供たちとはまったく異なる。


 彼は、強大な遺産兵器(レガシー)を操る帝国の支配層としてこの世に生まれ落ちた。そして、一つしかない皇帝の席を争うべき百八人の兄と姉がいた。物心ついたときには三〇人程弟と妹が増えてもいた。彼は産まれたその瞬間から、己の価値を示さなくてはならない立場だった。


 不幸、と言うべきなのだろう。ヴィルヘルムは高い知性を持って産まれた。

 物心がつく頃には自らの境遇に違和感があることを理解していたし、文字を覚えて童謡やら童話やらを読むようになった頃には、違和感は確信に変わっていた。


 銀河上網(Gネット)で知ったこの世界の有様と、自らの環境が異なりすぎた。

 たまたま見たドラマは星間警察を舞台にしたいわゆる刑事ものだった。刑事達は狭い家と狭い職場で暮らしたり働いたりしていて、一方、弱者を食い物にして権勢を誇る大商人が悪役として登場した。そして、その悪役より自分の方がいい暮らしをしていると思った。あれれ? この悪役のクルーザーよりカッコよくてでかい戦艦をぼくはもっているよ。


 周囲の侍女にヴィルヘルムが何をしても――子供はたいてい乱暴だ――お咎めがない一方で、彼を誤って傷つけた侍女がその翌日消えていたことがあった。このエピソードも何かで見るか読むかした。彼女はフォークを落とし、ヴィルヘルムがすこし痛がっただけなのに。


 ドラマの悪役は最終的に成敗されるが、俺はそうならない。何故なら、銀河帝国を統べるレイル家の一員だから。どれだけ搾取と悪逆の限りを尽くしても、常に正義の側にある。確かに銀河を支配するにはそれ程の特権は当然なのかも知れないが――、


 どんな悪よりも悪なのではないか。俺は最大の悪の一員として産まれてしまったのか。酷い詐欺だ。七歳の誕生日を迎える頃には、ヴィルヘルムは自分の生まれをそう思うようになっていた。


 極めつきは、銀河歴九八七年の夏、銀河帝国主星ブランデンブルクⅤの離宮での出来事だった。フリードリヒ帝の誕生日祝賀が開催され、ヴィルヘルムは初めて百人を超す兄弟姉妹と顔を合わせた。


 特権階級としての扱いに慣れきったフリードリヒ帝の子供たちは、ドラマで見た悪役たちとまったく同じ振る舞いをした。身分や立場が己より下の人間を叱りつけ殴りつけ、暴れたい放題だった。彼ら彼女らが暴力を振るわないのは、ただフリードリヒ帝直属の給仕人に対してのみだった。


 そして、初めて顔を見た父親――余りにも老いていて、父という実感は芽生えなかった――は、子供たちの暴力を一切咎めなかった。


 同じ作品を見たり読んだりしている筈なのに、どうしてそんなことが出来るんだろう。


 幼きヴィルヘルムはその日絶望した。

 因果応報という言葉を知らないのか。これまで見てきたものは創作物だが、そうであるがゆえに見出すべき真実がある筈だ。現実世界は人間が作り出すもので、創作物もまた人間が作っているのだから。こんな横暴は危険過ぎる。いずれは足元から崩れてしまう。



 なのに、何故――、



 そしてヴィルヘルムは一種の真理にたどり着いた。

 これはどうにもならない、と。悪役の一員として生きるしかないと。こんな横暴が成り立つのだから、自分ひとりがおかしいと叫んでもどうにもならない。子供の脳に理解できるレベルを超えた何かがあるのだ。自分は子供で、たったの七歳。自分より経験を積んでいるはずの姉兄には不利。力をつけて後、この体制を利用して生き延びよう。そう決心した。


 そうと決まれば中庭に逃げて、この馬鹿げた宴が終わるのをやり過ごそう。




 後から思えば短慮だった。乱暴放題の兄弟姉妹が、父親の監視の目がない時にどれだけ凶悪になるか考えてみるべきだった。ヴィルヘルムはそこで、苛める相手がいなくなり、宴を飛び出た兄姉十一人に捕まることになる。


 彼ら彼女は十三から銃後の年で、ヴィルヘルムにはまったく抵抗のしようがなかった。彼は裸に剥かれ、右手の指を二本折られた挙げ句、装飾過多の噴水が聳える泉に叩き込まれた。


 ヴィルヘルムは泣かなかった。自分が軽蔑する人間に屈するのは許せなかったからだ。彼は齢七にして、知性だけでなく強固な精神性をも獲得していたのかも知れない。


 そして、彼の人生を変える出会いが起きる。


「そろそろ頃合いかと来てみれば、思ったより多く掛かったな」


 その声は噴水の天辺から響いた。ヴィルヘルムは見上げる。飛び散る水の向こうに小さなシルエットがある。背格好はヴィルヘルムと大差がない。つまりは子供だった。


 その子供は、自らより遥かに背の高い兄姉を見下ろして、



「浅はかなり!!」



 と叫んだ。

 ジギスムント八歳。幼少期の『暴虐皇子』である。彼は噴水でびしょびしょになりながら、実に楽しそうに笑った。そして、ヴィルヘルムを見下ろして言う。


「貴様、なかなか見どころがあるではないか」


 いきなり何を。頭がおかしいのか。

 幼ヴィルヘルムは、折れた指の痛みを忘れてそう思った。


 興が乗ったら下にある☆☆☆☆☆から作品の応援をお願いします。


 面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ。正直な感想で構いません。




 ブックマークもいただけると本当に喜びます。


 作品作りの参考にしますので、何卒よろしくお願いいたします。

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