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第55話 元気そうで何よりだよ

 大地が捲れ上がった瞬間、再び俺を水銀が包み込んで、外界で何が起きているかまったく分からなくなり、それから十数秒が経過して――、


 不意に水銀は消え去って、俺は重力に引かれるまま崩れ落ちた。口いっぱいに乾いた土が入り込む。頭から地面に倒れ込んだのだった。あまりにも唐突に、あらゆることが同時に起きたように思えた。


 脳内はまったく混乱していたが、同時にその答えに気がついている。

 そして、絶望を感じている。


 見る人が見れば芸がないと評するだろう事前に仕込んだ爆薬による罠で、廃鉱山の中心におびき寄せた敵を一挙に殲滅し、もって俺は無防備なヴィルヘルムに撤退を強いるつもりでいた。それが、腹心の親衛隊長にも隠していた作戦だった。


 成功したはずだった。勝利を掴んだはずだった。


 すべては勘違いだった。口に入り込んだ土を吐き捨てながら、ゆっくりと顔を上げる。果たして、俺の目に映ったものは――、



「あれ、人の形を保ってますよアイールさん。衛星軌道からの降下(メテオストライク)で弾け飛ぶべきなのに」

「油断するなと言ったろう。私の部下が大勢死んだのはすべて、そこのガキのせいなのだぞ」



 虹色に輝く双四角錐がふたつ、眼前に聳えている。雷霆(インドラ)Ⅱ。驚異の義足を持つ少女(ニサ)を粉砕した、星戦隊(ランドフォース)が誇る遺産兵器(レガシー)が。


 それぞれの頂上に軍人が立っている。ふたりとも白い軍服を纏っていた。二十代前半に見えるアジア系と、三十代前半に見えるヨーロッパ系。ふたりとも女だった。襟にはあのヴェンスと同じく、少佐を意味するひとつの星。


 そしてふたりとも、俺とオルスラを見下ろしていて――、


「嘘はいけませんね」

「私が嘘を?」


 アジア系が馬鹿にするように言い、

 ヨーロッパ系が鋭く咎めた。


「アイールさんの部隊は、この女の子以外の残り滓と戦って負けたと聞きましたよ」

「貴様。この戦いが終わったら殺すぞ」

「ああ! すいませんでした。序盤だけこの女の子と戦って、それだけでほとんど全滅したのでしたね。ええ、私が間違っていました。間違っていたのは部下の鍛え方かも知れませんが」

「……ルオ、貴様。その態度でどうやってここまで生きてこれた」

「ふふ、敵は皇族の親衛隊でしたからね。苦戦しても大丈夫、恥ずかしくはありません。敗北はむしろ栄誉ですらあります。よく戦った、と勲章すらもらえるでしょう」

「………………」

「あれれ。負けても出世できそうなアイールさんを羨んだつもりだったんですが、全然喜んでくれませんね」

「貴様……、くそ。貴様の性格はともかく、こいつの遺産兵器はなんだと思う?」

「…………いやはや、私よりこの女の子にキレてるってわけですか」

「このガキは危険だ。今吹き飛んでいないこともそうだが……、ヴェンスと貴様と私の三人に包囲されて、それでも逃げおおせたのを忘れたか」

「記憶に支障をきたすほどの年齢じゃありません。もちろん覚えています」

「忘れないでほしいのだが、私もまだ若い」


 ふたりの軍人は話し続けている。油断するなと言いながら、オルスラを警戒すべきだと言いながら、それでも他愛もない話に終止していた。


「この女の子、あの有名な〈ダイソンの死神〉なんですよね。流石に何か情報があるのでは」

「機密区分が高いらしい。艦隊本部に照会を掛けたが、『騎士甲冑型の近接戦特化兵器』以外の回答がなかった」

「特級並みの扱いですね。まぁ遺産兵器には色々ありますから、目の前のあれが何かもの凄い秘密を抱えている可能性はありますけれど……」



 アジア系の若い方、ルオ少佐が言いよどむ。それを見たヨーロッパ系の年嵩の方――と言っても若いが――、アイール少佐は納得がいかなそうに頷いた。



「……流石にここから負けるというのは、ないんじゃないですか?」

「ふむ、まぁ。確かに」

「これって私、怒られ損じゃないですか? 軍法会議を希望します」

「何を言っているん貴様。私の怒りは正当なものだ。先任への不敬で絶対に負けるぞ」

「実はですね、憲兵隊の上の方に親戚がいます」

「羨ましいよ」

「本当か?」

「嘘です」


 新たに現れた二人の会話は、お互いを貶める仲間内の下らないノリに終止していて、こちらには一瞥もくれずに喧嘩もどきを繰り広げていて、それはつまり、俺とオルスラの戦力を舐め腐った態度としか思えなかったし、俺は怒りを持って立ち上がるべきだったかもしれなかったけれど――、




 彼女たちの態度が現実に即したものであることも、また確かだった。


 水銀の騎士は、俺のすぐ目の前で倒れている。立ち上がることすら出来ていない。俺に残された最後(・・)の戦力は、俺を守った代わりに大きなダメージを受けていた。


 衝撃と絶望で半ば呆然としながら、俺は思う。

 どこで間違えた。何だこいつらは、と。


 この二人のことは、まったく計算に入れていなかった。


 雷霆Ⅱが恐るべき戦力であることはこの目で見ていたし、恐らく一体ではないのだろうということも分かっていた。だが、このタイミングで現れるとは考えていなかった。この双四角錐は強力ではあっても単体での移動能力がまったく持たない。移動には使用者を運ぶ何かが必要だった。


 現在、この(セント)・バーナード全土で大規模な叛乱が起きている。

 強力極まりない雷霆Ⅱは即席の要塞代わりとして要所の確保に使われるべき兵器であって、吹けば飛ぶような俺を追うために用いるのはまったく役不足だ。そもそも叛乱鎮圧のためにヴィルヘルムの地上戦力は惑星中に散っているから、雷霆Ⅱの使用者を運ぼうにもその手段が足りないはず。


 こんなところに現れるはずがない。

 それが、何故……。


「それで……、どうするのがよいかな」

「今更、我らの手でジギスムント殿下を弑し奉るわけにもいかないでしょう。殺しても良いと命じられていましたし、実際にそのつもりで降下しましたが」

「生きて確保できるならば」

「そういうことです。ああ、親衛隊長についてはお任せしますよ。先任はあなたですし、恨みを持っているのもやはりアイールさんの方でしょう」

「それに、あいつの仇も討ってやらねばならん」

「ヴェンスさんは仇を取って欲しいと同僚に頼むタイプじゃありませんし、まだ死んだと決まったわけでも」

「あいつは真面目な奴だ。数時間連絡がなければ死んだということ」

「……それはまぁ。確かに」

「で、あるならば。というわけだ」


 アイールは最後にそう言い、視線を遂にこちらに向ける。




「さっきから、ぐちゃぐちゃ……。なん、だと言うの…………」


 オルスラが立ち上がっていた。

 剣を杖にしている。足は震えている。つまり、満身創痍。

 禍々しさすら覚える水銀の甲冑で全身を纏い、両手の長剣を握り直し、背部から突き出る砲を虹色に輝かせ、前傾姿勢を取っている。全身から戦意を発している。ジギスムント殿下を守るのだと、全身全霊で主張している。





 しかし二人の敵は、静かに立ったまま何も答えない。





 ふと、異変に気づく。足元の瓦礫がかたかたと鳴っていた。それは直ぐに地鳴りとでも言うべき轟音に転じた。大地が、大気が揺れている。何か巨大なものが近づいてくる。


 答えは直ぐに現れた。


「ああ……」


 呻くほかなかった。

 瓦礫の山を乗り越え現れたのは――、


 遺産兵器だった。この時代の兵器とどう区別するかは未だに難しいが、全身が雷霆Ⅱと同じく虹に光っていたからそう分かった。


 そして、あまりに大きい。左右に配された無限軌道(キャタピラ)が目立つ車体はサッカーか野球が出来そうなほどだったし、その上部構造は街並みを突き抜ける程の雷霆Ⅱと比べても遜色がなかった。上部構造は人の上半身のごとく胴の上にセンサー類を搭載した頭部で出来ていた。しかし、太い胴から突き出る腕は六本で、あらゆる火器が搭載されている。



 巨大で歪なこの兵器は、俺の生きていた時代の何に相当するのだろう。六本腕と言えば阿修羅像だが、阿修羅像でもここまで凶悪ではないな。そうぼんやりと思いながらも、この兵器が何なのか、俺の脳は勝手に思考を巡らせる。



 俺が生きていた時代のそれ(・・)は、無限軌道を履いた車体の上に重たい砲塔を載せただけの単純な代物だった。


 一般市民の感覚では大きく感じられても、起伏に富んだ地球という環境で自らの位置を隠すために可能な限り平たく設計された存在。あっけなく破壊されることも多いけれども、限りなく続く闘争の歴史を経て、敵の陣地を突破するために国家の工業力の集大成として練り上げられた、地上戦における│鉄槌≪ハンマー≫だった。




 つまり――、


 暴力の化身としか思えない雷霆Ⅱ二体が支配するこの場に、旧文明の超科学により不気味な進化を遂げた、戦車が加わったのだった。





 既に悟っていた敗北が確定したこの光景を見て、


 一体何が起きている。

 わけがわからない。


 



 ……とは、思わなかった。

 

 何故この状況に追い込まれたのか、呆然とするばかりの俺は理解している。この戦車の登場で気づくことが出来た。いや、確信すら覚えている。これを操る存在こそが、すべてを覆した元凶なのだと。



 みっつの巨大兵器の機関が発する重低音の中に、しばらくして空気が抜ける間抜けな音が一瞬混じった。続いて分厚い装甲を踏む鈍い金属音。見上げる他ない馬鹿げた車体の上を、ゆっくりとこちらに歩み寄っているのだろう。


 俺はただ立ち尽くしながら、答え合わせが済むのを待つ。

 数秒後、足音は鳴りやんだ。そいつは遂に車体の端に立ち、俺を見下ろして言う。




「こんなところで会うとは奇遇だね。元気そうで何よりだよ、兄さん」




 ヴィルヘルムの兄に似た顔は勝ち誇るように微笑んでいた。

 このタイミングで現れたからには弟君以外にはありえない。そう理解していたけれど、予想があたったからと言って、喜べるような気分ではなかった。







「続きが気になるかも!」



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― 新着の感想 ―
[一言] いずれは戦艦で無双するのでしょうが 戦闘力皆無な主人公がやられまくって追い込まれたと思ったら、罠で敵を無力化とか 知謀が少し低い、初期のコードギアスのゼロのようでクスっときた
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