第54話 もう一人くらいは
山一つくり抜かれてできた鉱山施設の奥で、俺とオルスラは敵の到来を待っている。
正面からは轟音が近づいてくる。最初にして最後になってしまった罠が取りこぼした、エイめいた意匠の揚陸艇が三機。直ぐその姿を見せるだろう。逃げ場はどこにもない。背後では採掘坑が幾つも暗い穴を広げていたけれども、飛行機械が動くだけの広さはなかった。
自らの意志で退路を断ち、袋小路に赴いた。
覚悟は決まっていた。少なくともそう思いたかった。
既に俺は、選択した後なのだった。
「これから余は、どんな敵に対面することになるのかな」
隣に立つオルスラに彼女に問う。今更ではあるが、どうでもよくないことを。精一杯、威厳に満ちた声を出すように努力した。俺はジギスムントなのだ。
「……敵は星戦隊の最精鋭です。最低でも三級の遺産兵器で武装している筈。それに、発着場の時とは違って油断はないでしょう」
君の遺産兵器、確か、水銀の騎士は一級だった。あの強大極まりない底面合わせピラミッドもだ。ほとんど無敵に思えるけれどな。
「総督府では随分危ない目にあったが、あの襲撃者たちは二流だったのか?」
「申し開きのしようもございません」
「叱責しているのではない」
「ヴィルヘルムの青二才は臆病な男です。殿下を襲撃するという暴挙に及んでおきながら、一瞬でこの星を掌握するという二の矢を用意していたことからもそれが分かります。戦力を手元に置くことで、不測の事態に備えていたのでしょう」
「……ほとんど褒めてないか?」
「殿下のような果断な決断力と行動力を持ち合わせない人間はすべて統治者として不適格でございます」
「よく分からないが……。なら、適格らしい余を守ってくれ」
「……」
「何故黙る」
「小官はひとりです。取り囲まれたなら守り切る自信がありません。殿下が袋小路に逃げ込んだ意図も理解できません」
「怖気づいたか。貴様の遺産兵器がそんなに頼りないとは思わなかった」
「……小官の水銀の騎士は最強です」
「ならばよろしい。勝て」
なかなかジギスムントらしい演技ができたんじゃないか。年下の女の子に守ってもらうというのに、実に偉そうだった。拍手喝采を浴びてもいいくらいだぜ。
そう思わないか?
俺は声に出さずに意見を募集した。
募集対象は――、
総勢約六十の敵である。余裕綽々を装ってだらだらとオルスラと会話をしている間に俺たちを取り囲んだ追手だった。揚陸艇から展開した星戦隊の最精鋭、その生き残り。
彼らがヴィルヘルムからどのような指示を受けているのかは知らない。生け捕りを命じられているとは思うけれど、殺すつもりだと言われてもおかしくはない。顔がまったく見えない兜を被っていたけれども、闘志を宿した瞳が透けて見えるようだ。
既に彼らは遺産兵器を起動している。巨大な砲と一体化した兵、自在に空を舞う数十の刃を纏った兵、幾重にもその姿がぶれて見える兵、エトセトラエトセトラ。実に壮観だった。二〇〇〇年前に生き、SF映画をこよなく愛する俺からすれば、夢にまで見た光景。
俺はこれから、目の前の彼らを――、
生きて眼の前に立つ彼らを――、
「許可を」
オルスラが静かに言った。
「許可する」
俺も静かに応じる。彼女は胸に下げている軍票を握った。『〈三式極地戦闘兵装〉、起動』と電子音が鳴った。
そして水銀の騎士が現れる。
人類の主な殺傷手段が剣だった時代、その最後期、地球はユーラシアの西端で造り上げられた武力と権力の象徴、鉄製全身鎧。それを何十倍にも凶悪にデザインし直した、旧文明の超科学の粋が。
オルスラは前傾姿勢をとり、
「おっと、そうじゃない。ちょっとこちらに来い」
俺は口を挟んだ。オルスラは驚愕の表情を浮かべた、筈。兜のせいで顔は確認できなかったが、多分そうだろう。
「は? こちら、とは……??」
俺は手を小さく動かして、彼女に近づくように伝えた。オルスラはまったく動かない。主を守るための突進を差し止められて困惑しているようだ。ふむ、しょうがないな。
「こちらとはこちらだ」
俺は水銀の騎士に歩み寄り、オルスラを抱きしめる。
「で、ででで、殿下!?!!??」
顔が見えずとも、声だけでも、彼女が完全に混乱していると分かった。まあ、無理もない。俺だって上司に――若くして病に倒れた俺に上司はいないけどな――抱きしめられたら慌てるだろう。まあ、この期に及んで部下の気持ちを慮る余裕はない。
「その甲冑、もう一人くらいはしっかり守ってくれるのだろうな」
オルスラに囁きながら思う。守ってくれなければ無駄死にだ。どう考えても、前もって作戦を話しておけばよかったな。まあ、今更だ。ほんとうに、今更だな。
ポケットに入っている装置のボタンを押す。ポチッとな。電気信号を送るだけの些細な機械がもたらす結果を思えば、軽薄な表現だったかもしれない。そして、我ながら芸が少ないと思っているけれど――、
爆発が起き、天井が崩落する。
重機よりも大きな岩盤が無数に降ってくる。オルスラが纏う水銀めいた鎧が一気に膨らみ、俺を包み込んだ。視界が水銀で覆われる寸前、崩落に抗う術もなく押し潰されていく軍人達の最期を見た。
策は成功した。
知り合った植民地人に設置してもらった爆薬は、渓谷の罠がすべてではなかった。
現地の皆さんが用意した爆薬はこの廃鉱山から持ち出したものだった。罠が失敗に終わった時に備えて、山一つ丸ごとひとつ消し飛ばせるくらいの爆薬を設置してもらっていた。
追手を排除できなかった時は、この廃鉱山にすべて誘い込んで一挙に叩く。山一つ分の崩落は俺にとっても大変驚異だが、それはオルスラの遺産兵器になんとかしてもらう。我ながら大変杜撰だが、これが作戦だった。
覚悟を決めてここに来たのは、この最後の罠が、俺の眼の前で俺の手で俺のタイミングで、人を殺すものだったからだ。
つい先程、大量の揚陸艇とその胎内の兵士達を大地に叩き潰したのは間違いようのない事実だったし、その出来事をなんとか受け止めたつもりではいるし、この星がこのままヴィルヘルムのものになれば、もっと多くの人が死ぬだろうと理解しているつもりではいる。
この星に住む人々はジギスムントに救われていて、他の皇族に統治されれば大勢が死ぬと理解したつもりでいる。これまで見てきたあれこれを総合すれば、それは真実なのだろうと思っている。だから、これはしょうがないと思おうとしている。
いる、けれども。
水銀に包まれて、今も大質量が降り注いでいるはずにもかかわらず音も衝撃も一切感じない不思議感覚を味わいながら、歯を強く食いしばる。
ボタンごしとは言え俺の意志で人を殺したのだから、まったくわけが違う。
いったいどうしてこうなった。俺が今やったことは何だ。単なる人殺しじゃないか。ある人々を助けるために、他の人々を殺していいのか。こんな騙し討ちみたいに殺して――、
ん、騙し討ち?
ふと、俺は気づく。
いや、おかしいだろって。
誰がどう見ても追い詰められていた俺たちが廃鉱山に入り込むなんて、誰がどう考えても罠の存在を怪しむ筈。追手達は爆発と崩落で仲間を殺されたばかりでもある。なのに敵はしっかり現れて、今、水銀の向こうで潰れている。
…………。
くそっ、そうかよ。
銀河帝国の軍人には、本当に選択の自由がない。
追手は死を覚悟して飛び込んできた。逃げるとか、増援を待つとか、俺でも思いつくようなことを出来なかった。彼ら彼女らは命令されていて、従う以外の選択肢がなかった。もちろん、軍人という生物はどの時代もそのような存在なのかもしれなかったけれども――、
この事実は、自らの意志で人間を殺したという事実に打ちのめされそうになっていた俺の意識を一気に覚醒させた。この時代の特権階級たる遺産兵器の使い手ですら、自由がないとしたら。
植民地人として生きる人々は一体どうなる?
わけの分からない階級社会の歪みですり潰されて、多くの人々が死ぬだろう。あの親切で健気な人々が。それは駄目だ。おかしいと思う。やはりジギスムントが動かねばならないんだ。
だから結局、彼ら彼女ら軍人たちを目の前で殺す以外の選択肢は、俺にもなかった。
人間に自由なんてあるのかな、と思った。もしかしたら、散々に俺を振り回してくれた本物のジギスムントも、選択肢なんてなかったのかもしれない。
気づけば俺は、瓦礫の山の上に立っている。赤茶けた大地と乾いて見える青い空がどこまでも広がっていた。隣にはオルスラがいた。彼女の遺産兵器は、果たして俺を崩落から守り抜いたようだった。
兜のみを解除して、美少女は俺を責める。
「このような作戦をご用意されているのでしたら、前もって教えてくださればもっとうまくやれましたものを……」
相変わらずの無表情だったけれど、彼女の耳は何故か少しだけ赤く染まっていた。
形の良い耳に視線を送りながらも俺は思い出す。
そう言えば、俺が頼り切っているこの美少女も帝国軍人なのだった。
「なんにせよ」
本当に、なんにせよ、だ。結局のところ、この美少女親衛隊長に頼る他はない。悍ましさすら覚える西暦四〇〇〇年の人類社会の矛盾を考えるのは後にしよう。
と小さく息を吐く。
ともかく、今起きた出来事はさておいて。
これで、ヴィルヘルムが指定した会合地点に、弟君の戦力を削いだ状態で向かう準備ができた。飛行機械は瓦礫の下だから遅刻するだろうが、いまや優勢なのは俺だ。文句は言わせない。
「これで交渉は有利に進むはずだ。手札は余のほうが多い。余には貴様がいる一方、敵勢は星系中に散っているから
ヴィルヘルムは兵を退かせるほかあるまい。
何故か視線を合わせようとしない美少女軍人にそう説明しようとして――、
すべては一瞬の出来事だった。あらゆる外部情報が俺から失われる。オルスラが主を再び水銀で包んだのだった。その直前、顔をしかめたオルスラの向こうで、瓦礫の山が天に向かってめくれ上がるのが見えた。
天変地異が起きていた。
この光景に見覚えがあった。
思い出したい記憶ではなかった。
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