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第53話 ならば余を信じよ

 あまり広いとは言えない操縦席(コックピット)の隣に座る金髪碧眼の美少女親衛隊長は、視線をあちこちに――操縦席には十数枚のモニターがあって、死角を写している――走らせながらも淡々と言う。


「先程は殿下を大いに褒め称えたわけですから、これは掌を返すことになるわけで、大変心苦しいのですが……、」


 飛行機械の助手席にただ乗り込むだけの俺は、激しく揺さぶられながらもあくまで冷静に問い返す。


「なん、だだ……、っね?」


 舌を噛んだことは気にしないで欲しい。

 さて、ヴィルヘルムが差し向けた揚陸艇の群れ、その大半を俺が仕組んだ見事な罠によって一網打尽にし、残りをたったの三機にまで減らした後で――、


 俺たちは追い詰められている。まったく事態は好転していなかった。渓谷から飛び上がったり渓谷に突っ込んだり、時にはエンジンを止めるなどの奇策を弄したりしながら、必死で攻撃を回避している。


 理屈は簡単。向こうは軍用機で、こちらは民間機だからだ。エンジンを積み替えていても、戦闘機動を前提とした飛行機械ではない。それに、武装の有無については言うまでもない。だからこそ、この七転八倒が行われている。


 この飛行機械に乗り込む前のことだ。

 親衛隊長オルスラは、「いざという時は大変なことになると思います。色々と改造してはいますが所詮は民生品ですし、重力制御装置が少々アレですから」と言っていた。真っ直ぐ飛んでいた時に振動を緩和してくれていた重力制御装置とやらは、機能の限界を迎えているらしい。


 お陰で舌を噛み切りそうだ。


「殿下の作戦はうまく進捗しているのですか?」


 後方を占位しつつあった揚陸艇の機関砲を錐揉み急降下で避けながらオルスラは尋ねた。大地が視界いっぱいに広がったかと思うと、すべてが真っ赤に染まって見えなくなる。体中の血液が頭に登るのを感じる。


「大丈夫ですか、殿下」


「うぐぅ……」


 一瞬意識を失っていたらしい。急降下からの引き起こしで攻撃を回避した、ということのようだ。いや、それよりも。くそっ、それで心配しているつもりか。本当にいい性格をしているぜ、この親衛隊長。


「今の機動でしばらく振動のない直線飛行が出来ますので、落ち着いてお答えください」


「……なんだ」


「罠にかけたところまではお見事でしたが、以降はうまくいっていないように思います」


「そう思うか」


「思います」


「むぅ……」


「奥の手を隠されているのであれば、そろそろ教えていただかなければ。我々が今も飛んでいられるのは、敵が生け捕りを目論んでいるからでございます。エンジンを狙い撃とうとしているからに過ぎません。いつ気が変わるか、わかったものでは……」


 オルスラの質問に対し、俺は答えることが出来ない。

 確かにまったく順調ではなかった。マジで不味い。


 問題は――、


 先程の大規模な爆発と渓谷の崩落にも関わらず敵が全滅しなかったことではない。


 (セント)・バーナードの軌道上を飛び交う三〇〇〇基の人工衛星がすべて、ヴィルヘルムに破壊されたことだった。


 おかげでオルスラが操る飛行機械の立体映像(ホログラム)は沈黙し、敵機の位置を示すことがなくなった。あらかじめインプットされた地形だけが映っている。オルスラが必死で頭と眼球を振り回していて、俺が重力に押し潰され舌を噛む羽目になっているのはそれが理由だ。


 人工衛星のカメラは、銃弾すらもその高い分解能で捉えることが可能らしい。

 その情報には、この惑星の主たる俺のみが接続(アクセス)できる。実際は、ジギスムント傘下の軍勢、その高級将校ならば誰でも接続できる情報だったが、彼の軍勢は艦隊まるごと星系の果てへ逃げ去っている。


 今この星で一番正確な情報を得られるのは俺だった。

 あの不愉快な人工知能(サンダラー)にそう教えてもらった。


 タイミングよくヴィルヘルムの追手に補足され、タイミングよく罠を発動できたのも、すべては人工衛星から得た位置情報のおかげだった。


 地元民に頼んで用意してもらった罠は他にも五箇所あった。一回で追手を全滅させることが出来なかったとしても、何度も繰り返して倒す予定だった。


 その上で俺はヴィルヘルムが伝えてきた会合地点に乗り込み、戦力を失った弟君と一対一の交渉をするつもりだった。オルスラという最強戦力を傍らに置いて、無力なヴィルヘルムに退却を強いる。そしてこの星の住人を救う。それが狙いだった。


 なお、弟君が怖気づいて会合地点に現れなくても問題はない。ヴィルヘルムが来なかった事実を大体的に宣伝し、それをもって勝利を宣言するだけだ。それでこの星は救われる。


 叛乱(クーデター)を起こした民はますます奮い立ち、ヴィルヘルムの軍勢は士気を喪失し――呼び出しておいて本人が現れないなど、負けを認めたようなものだ――この星から逃げ出すだろう。


 だが――、


 サンダラーの電波妨害が惑星中を覆っている現在、通信手段は光通信(レーザー)のみだった。他の種類は無意味と化している。狼煙なら上げられるかもしれないが……。連絡と探知の術が今の俺からは失われている。


 そして今現在、光通信までもが死んでいる。敵の位置情報を得られないならば、原始的な罠は機能しない。揚陸艇は余裕で崩落と爆発を回避するだろう。俺の作戦はすべて人工衛星の情報的援護に基づくものだった。宣伝もできなくなった。前提がすべて崩れてしまっている。


 うーん、と。


 オルスラの攻めるような鋭い視線を時折感じながら――前方の地形と後方の敵機だけを見据えていて欲しい――考える。前提が狂ってしまったし、舌を噛んだり意識を失ったりしたけれど、諦めてなどはいないのだ。俺はやるって決めたんだ。


 予想外のことが起きた。

 ならば、対応せねば。


 ヴィルヘルムも人工衛星経由の光通信に頼っている。人工衛星自体は単なる帝国の資産であって、高性能のカメラはともかく、通信を利用するだけなら帝国軍の誰でも出来た。


 弟君の配下は大勢で惑星中に散っていた。彼は艦隊のほどんどをジギスムントの艦隊を包囲するため用いているらしいから、サンダラーによる電波妨害を避けて連絡を行うには、この惑星の人工衛星を頼らざるを得ない筈。


 なのに人工衛星を壊した。何故?

 自ら手足を切り落とすような真似をどうして?




 あー、全然わからん。


 ワケのわからないことが起きた時はその責任を遺産兵器(レガシー)に求めるというのがこの時代の総意らしいから、「弟君が俺の遺産兵器を警戒し、俺には理解できない消去法の末に人工衛星を破壊したのか?」と一瞬思ったけれど――、


 皇族の俺が持つ旧文明の超兵器はガラクタ揃いなのだから、弟君も同じ目にあっている筈。俺がガラクタしか持たないと知っている筈。だから、俺の遺産兵器を警戒するとは思えない。


「しかし、まぁ……」


 何が起きているのかさっぱり分からないが、これくらいの窮地は想定済みだぜ。俺の人生はだいたいうまくいかないんだ。失敗は織り込み済みだった。最終的に弟君を無防備で引きずり出すか、逃げ出して貰うかすればいい。過程を選り好みする余裕はないのだ。気が重いが、やむを得ない。


 俺は小さく息を吐いて、言う。


「……N-K三五五の鉱山跡に向かってくれ」


 オルスラはパネルを叩き、俺が指示した場所を確認して眉をひそめた。


「……逃げ場がありません。何か策がおありと、信じてもよろしいのですね?」


 オルスラの質問に肩をすくめる。信じてよろしいわけがなかった。

 策というよりも思いつきだった。失敗は織り込み済みでも、その対策は杜撰そのものだ。俺は軍事教育を受けていないのだから、そりゃあ無理もあるさ。でも、もう突っ走るしかない。


「質問があるのだが」


「なんなりと、殿下」


「揚陸艇の残りは?」


「三機です」


「その腹に収まる戦闘要員はどれくらいになるだろうか」


「三十人といったところでしょうか」


 そうか。襲って来たのは二十七機で残りが三機だから、六百人超を俺の判断で殺したことになるのか。その死は俺の目に映らなかったが、次の九十人は違う。俺は耐えられるだろうか。いや、耐えなくてはならない。


 オルスラ、君はどうだ? これまでのところまったく不敬の限りだが、俺に戦う理由を訊かれて、「剣にして盾」と、君は澄んだ目で答えた。信じてもいいのかな。君を信じるのが一番の博打なのかもしれないぜ。何故戦うのかともう一度聞こうと――、


「加えての質問なのだが」


「小官は殿下の剣にして盾です。どこまでも共にあります」


 遮るように言ったオルスラの横顔はまったく真剣そのもので、俺は言葉を続けられなくなる。彼女の忠誠の理由は、偽ジギスムントたる俺にはわからない。でも俺はジギスムントの影武者だったし、その立場を利用して、この星に住む人々を救おうとしている。オルスラが忠誠を誓うと言うのならば、もはや信じるしかなかった。


 だから、すべてを分かった風な顔をして、こう言う。


「……ならば余を信じよ」


「仰せのままに、殿下」





 そして俺たちが乗る飛行機械は廃鉱山に潜り込む。ダイオライトの鉱床が枯れたことにより数十年前に放棄されたらしいこの施設は、山をくり抜いたような大穴の内側に存在していて、俺たちは飛行機械で辿り着ける一番奥にまで飛んだ。


 操縦席から飛び降りて見渡すと――、


 そこは大地の底に繋がる十数の採掘口と、そこから外へ伸びる無数のレールと、くり抜かれた空間の天井からぶら下がる管制施設と、打ち捨てられた重機でいっぱいだ。


 すべては錆びて、砂塵を被っている。かろうじて足元が見えるように設置された照明がそれらを照らしている。ここはまだ人類の領域なのだと、健気に主張しているようだった。


 俺とオルスラは並んで立ち、敵の到来を静かに待つ。

 揚陸艇の発する甲高いエンジン音がどんどんと近づいてくる。

 地面が揺れているのか俺の足が震えているのか、よく分からなかった。







「続きが気になるかも!」



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