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第52話 兄を殺すために

 銀河帝国の特権階級は、遺産兵器(レガシー)という現実の武力に依存する存在だった。であるから、無能が支配者層として居座ることは許されない。遺産兵器の数は限られている。非効率的な運用は帝国の崩壊を招きかねない。


 つまり、支配者層にも競争原理が働いている。これまで無数に存在してきた階級制社会と比較して、一応の道理を見出すことも可能なのかもしれない。


 しかし、血に依存した特権階級の結末は、叛乱(クーデター)による滅び以外にあり得ない。虐げられてきた人々が支配層に反旗を翻し、生産と物流は崩壊し、国家は砕け散る。


 二七一二年の〈ケンタウリの虐殺〉が直近の事例だが、二十一世紀後半において大国トップ三――アメリカ、中国、インド――がほぼ同時に内乱の憂き目にあったことを思い出してもいいし、食い詰めた農民の蜂起で中華の支配者が交代した回数を調べるのも良いかもしれない。


 特権階級の存在と富の集中は不可分で、富の総量が増えなければ、いずれ社会は破綻する。帝国の征服事業は半世紀に亘って停滞していた。富の集中はますます加速し、植民地に住まう人々の生活は自由だけでなく質も低下している。


 もっとも、溜まり続けるマグマが暴発するのは今日ではない。


 確かに植民地人達の生活は、かつて繁栄を欲しいがままにした銀河連邦の末裔としては見窄(みすぼ)らしいものだったが、飢えて死んだ人間が路傍に積み重なるには程遠い。企業に雇用され、自分の店を持ち、子供を育て、老人になることもできる。民は我慢できるだろう。しばらくは。


 だが、いつか必ず限界が訪れる。

 それは人類の滅びが確定する日になる。

 

 今代の銀河帝国皇帝であるフリードリヒ・ザウエル・レイルは、自らが治める世界が薄氷の上に成り立っていることを完全に了解していた。多くの人類を征服の過程で殺し、征服後も植民地として人々を抑圧し続けた彼は、悪辣と冷酷を練り上げて焼成したような人格を持つ男であったが――、


 自分のせいで人類が滅ぶのはまったくごめんだった。

 この手で救った人類が、同じ手で滅ぶのは愚かであり過ぎた。齢百七十にしていよいよ長命措置の限界を感じてもいる第十九代銀河帝国は、自分を馬鹿だと思いながら死ぬことを我慢できなかった。


 余は人類史上もっとも偉大な人間なのだ。

 こんな最期であってたまるか。


 皇室典医の説明を聞いてもさっぱり仕組みを理解できない最新の薬品を――彼は戦争と統治に対して天才的な理解を示したが、科学についてはまったく興味がなかった。そもそも最新技術を理解するには老い過ぎてもいる――投与されて思考は麻痺しているが、フリードリヒは病床で数ヶ月考え抜いた末、人類を救う解決策を思いた。


 そうだ。子どもたちを減らそう。


 特権階級の存在が帝国を崩壊に導くならば、特権階級中の特権階級たる皇室の数を減らせば良い。


 最強の者が帝国を継承せよ。


 かのアレクサンダー大王と同じことを言えばいい。この台詞によって大王の帝国は崩壊したが、この俺は大王と違ってもう少し生きられるし、大王よりも偉大だ。うまくいくに違いない。巻き込まれる民は不憫だが、帝国が消滅するよりは幸福だろうぜ。


 医術には長けていても政治への理解が薄い典医に、朦朧した風を装ってフリードリヒは最強の者云々を語り――、


 そして、銀河歴九九九年。

 二百人の皇子皇女たちによる帝位継承戦争が始まった。


 事態は概ね皇帝の思いどおりに推移した。去年だけで十一人が権力の座から追い落とされて、八人が死んで、巻き添えとなって三つの星系が消滅した。親族や重臣たちは一体どういうつもりかとフリードリヒの病床に押し寄せた――人類を救うんだよ、馬鹿どもめ――が、耄碌したふりですべてを撃退した。


 唐突に発生した帝位継承戦争に参加させられた皇子皇女たちが戦う理由は、権力欲から保身に至るまでの様々なものだった。その参加姿勢については多様なグラデーションがあったけれども――、


 が、彼ら彼女にとって世界とは生まれ落ちた瞬間から自らにとって都合の良いものであって、今後もそれが続くべきだと信じていることに違いはなかった。


 だから、彼ら彼女らは兄弟姉妹を蹴落とすことに集中した。自らの封土の防備を固め、隙あらば周辺領域に侵攻せんと周囲を伺っている。


 フリードリヒの子供たちは、銀河帝国が崩壊しかけていることに気づいていない。恐らく人類が生み出した最大最強の専制君主の真意を理解できない。


 しかし、特権階級としての人格形成が行われたフリードリヒの息子娘の中にも、自らが持ち合わせた脳みその使い方に気づいた者は少数存在する。


 ジギスムントを襲ったヴィルヘルムがそのひとりだった。

 銀河帝国が危機に瀕していること。

 帝国の存続こそが人類の未来であること。

 そのために兄弟姉妹を排除する必要があること。


 ヴィルヘルムは、正しく父の思惑を理解している。

 だからこそ――、






「兄さんは死なねばならない」



 ヴィルヘルムは歯を食いしばって独り呟いた。

 兄さん、つまりジギスムントは、帝位継承戦争の枠組みを超えて、銀河帝国そのものを壊そうとしている。危険すぎる。


 これまでも叛乱はあった。小規模なものが。しかし、それらはすべて食い詰めた植民地人が主導したものであって、特権階級が引き起こしたものではなかった。植民地人は無力で、蜂起する度に無惨に鎮圧されてきた。


 力を持つ者の支援なしに叛乱は成功しないし、既得権者たる特権階級には持たざる者を支援する理由がない。叛乱が成立するには、支配層に敵対する有力者か外国の支援が大前提であるというのは歴史が証明してきたけれども、銀河帝国の植民地人にはそのどちらも存在しなかった。


 間違いなく、今日まではそうだった。


 帝国が叛乱で崩壊するにしても、もう数十年先の未来の話のはずだった。一応の生活が可能な状況で、わざわざ死を覚悟した戦いを起こすほど下々も馬鹿ではない。特権階級への富の集中は、あと半世紀は持続可能だ。だからこそ皇帝陛下は今、帝位継承戦争を開催した。


 弱冠二十歳ではあったが、ヴィルヘルムは現状を正しく理解している。

 父親の統治の失敗、その責任を押し付けられる形で兄弟姉妹間の争いを強いられていることには大きな不満足を覚えていたけれども、人類の滅びの責任の一端を押し付けられるのはごめんだったし、出来れば引き続き特権階級であり続けたかった。


 頭の出来が悪い兄弟姉妹がどれだけ父帝の真意を理解しているかはともかく、全員が現状維持に賛成するだろうことは信じていた。


 皇子皇女達による帝位継承戦争は今後も激化の一途を辿るだろう。多くの臣民が巻き込まれる筈だ。だが、ルールに則って戦えば犠牲は最低限で済む。数億が死ぬだろうが、それで揺らぐ帝国ではない。


 しかし――、


 数十年の未来に起こされる筈だった植民地人の大規模蜂起。

 それをジギスムントは起こしてみせた。皇帝陛下が避けようとした叛乱の実現を早めてみせた。ありえないことだった。


 ジギスムントは危険過ぎる。ルールを無視している。

 帝国を、つまりは人類を滅ぼそうとしている。

 阻止されなければならない。奴は排除されねばならない。


 しかし何故。どうしてこんな事を?

 ふと、ヴィルヘルムは思い出す。


「そういえば、昔から兄さんは……」


 計器だけが光源となる薄暗く狭い空間で彼はかぶりを振る。

 重要なのは今だった。


 理由はともかく、ジギスムントの意図は見抜いた。

 だが、現時点では辺境惑星ひとつで叛乱を起こしただけだ。(セント)・バーナードを覆う正体不明の電波妨害のおかげで、光通信(レーザー)以外の連絡手段ほとんど死んでいる。この星系に繋がるゲートのすべてを――ジギスムントの艦隊が逃げ込んだ宙域(ラグランジュ5)が唯一の例外だが、L5ゲートの向こうはヴィルヘルムが抑えている。


 今この時、この星系は完全に封鎖されている。

 つまり、叛乱は他惑星に波及しない。


 しかし、それはジギスムントも理解しているはずだった。

 ヴィルヘルムは兄の人格について、他の兄弟よりも詳しい。暴虐なだけの男ではない。必ず裏がある。気づけていない奥の手があるはずだ。


 だが、その奥の手が何か分からない。分からないならば?


 部下を頼れば良い。ヴィルヘルムは迷わず音声通信を繋げるスイッチを弾いた。

 暴虐皇子とは違い、彼には人の意見を聞くという長所があった。


「なんでも良い。想定し得るジギスムントの今後の行動を述べよ。やつの切り札はなんだ」


「は、殿下」


 唐突の通信にも関わらず、衛星軌道上を飛ぶ強襲揚陸艦のオペレーターは即座に反応した。帝国軍の教育は徹底されている。艦隊司令部の情報参謀が用意したデータを読み上げようとする。


「想定しうるジギスムント殿下の行動は……。いや、しかし」


「なんでも良いと言った」


「まずはジギスムント殿下の攻撃能力について。差し向けた揚陸艇は照準妨害機能を備えています。余程の近距離で攻撃されない限りは、通常の兵器では先ず命中を期待できません。数十機が一度に撃破されるのはありえません」


「だが、そのありえないことが起きている」


 確かに、エイ型の揚陸艇――通称もスティングレイだ――が持つジャミング能力は強力だった。戦争省兵器局が旧文明の技術を一部再現して造り上げた最新鋭機である。銀河帝国全体で百機も存在しなかった。ほとんど遺産兵器の領域にまで達していると、兵器局長が自慢気にメディアに宣言するほどだった。


 それほどの性能がなければ、厳重な警戒網が敷かれている総督府に近づくことは出来ない。本来であれば、数年の内に予定されている蛮宙域への本格攻勢でお披露目される筈だった兵器であるが――、


 揚陸艇がいくら高性能でも、現代の兵器だ。

 尋常の兵器で対処できない事態が起きている。

 つまりは?


「遺産兵器によるものだと言いたいのだな」


「まさに、殿下」


「だが、兄が持つ遺産兵器の詳細はついにわからなかった」


「状況から限定できます」


「言え」


「電波妨害に長けたスティングレイを一網打尽にできるということは、攻撃よりも索敵に長けた力であることは間違いありません。広範囲攻撃能力はない筈です」


「道理だ。だが、索敵能力に長けているとしても、攻撃手段にその情報を伝えられなければ意味がない。この電波妨害下でそんなことが出来る遺産兵器とは?」


「なればこそです、殿下。考えにくいことですが」


「……人工衛星か」


 (セント)・バーナードの軌道上に浮かぶ数百の人工衛星が、ジギスムントの奥の手だ。そうヴィルヘルムは看破した。それ自体が遺産兵器なのか、人工衛星との無線封止下連絡能力かは分からないが、人工衛星以外ではありえない。


 正体不明の電波妨害が起きている現在のこの星において、リアルタイムな連絡は非常に難しい。不可能と言っても良い。唯一残されたのは光通信(レーザー)のみ。


 惑星軌道を飛ぶ人工衛星が通信を繋ぎ、おまけに何らかの攻撃手段が搭載されているとしか思えない。惑星軌道上からの攻撃は目立つ筈だが、電波妨害下において現状把握は大変に難しいし、遺産兵器の行いは理屈では説明できない。


 ならば――、


「破壊せよ。一つ残らず」


 ヴィルヘルムは命じた。


「しかし殿下! 部隊と連絡が取れなくなります。軌道上には我が艦しかおらず、人工衛星を利用した光通信がなくなれば――、」


「我々は人工衛星を利用して降下部隊と連絡を取っているが……、衛星は兄の遺産兵器だったのだ。兄は通信すべてを傍受できた。だからこうなっている」


 ヴィルヘルムは断言し、続ける。


「艦長には衛星を壊す前に兄の上空を占位するように伝えてくれ。ああ、他の連中には好きに動くように言っておけ」


「好きに……?」


「貴様が軍隊言葉に直してもらっても構わない。もはや兄以外はどうでもいいのだ」


 自分のことを頭がいいと思いこんでいるようだけれど、兄さん。ヴィルヘルムは内心で呟く。俺の頭の出来もそれほど悪くはないんだよ。


「さあ、どう動く?」


 青い空の向こうでちかちかと光が瞬いた。

 同時に計器が幾つか死ぬ。もう通信はできない。衛星軌道上を飛ぶヴィルヘルムの揚陸艦が発射したミサイル群により、人工衛星が撃墜されたのだった。惑星の反対側の衛星も、数十分以内に流れ星になるだろう。




 ヴィルヘルムは、狭く薄暗い場所で笑った。

 計器の発する原色だけが明かりだった。微かな振動が背骨に響いている。正面の画面(モニター)には、赤茶けて複雑な大地が写っている。彼の両足はペダルに据えられ、彼の両手は操縦桿に添えられ、彼の首筋には太いケーブルが繋がれている。


「兄さんの計算に、俺のこれ(・・)は入っているかな?」


 ヴィルヘルムは今、彼が使用権を持つ最強の遺産兵器の操縦席に座っている。その巨体は大地を疾走している。すべては、人類の敵と化した〈暴虐皇子()〉を排除するために。







「続きが気になるかも!」



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