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第50話 弟は確信した

「やってくれたな」


 ヴィルヘルムは薄暗く狭い場所で呟いた。上下左右に設置された計器の発する光に照らされて、ジギスムントによく似て整った顔が浮かび上がっている。


 黒曜石のように輝いて見える目には、地形と戦力をプロットした立体映像(ホログラム)の輝きが映り込んでいる。その奥には禍々しい憎悪の感情があった。


 無理もないことだった。

 ヴィルヘルムが皇帝陛下から与えられた第八十七艦隊付星戦隊(ランドフォース)第七三旅団、その予備機動戦力すべてを投じたジギスムント襲撃は、大気圏突入後すぐに破綻した。立体映像にはヴィルヘルムを示す赤い点がひとつ浮かんでいて、それを追う強襲揚陸艇を示す青い点は、たったのみっつしか残っていない。


 残った三機からはろくな報告が上がってこなかった。連絡そのものは衛星軌道上を飛ぶ揚陸艦を経由した光通信(レーザー)により確保していたが、その内容はまったく混乱していた。いきなり爆発が、とか。空が覆われて、とか。混乱していることと、成果は期待できそうもないことだけは伝わってきた。


 しかし――、


「無駄な努力と分からないわけもあるまいに、よくもまぁ」


 襲撃が失敗したにも関わらず、強気な台詞をヴィルヘルムは吐いた。

 そう。今この時ヴィルヘルムの心中が怒りと憎悪で渦巻いているとしても、ジギスムントが詰んでいるのは客観的事実なのだった。


 指揮系統の中枢たる総督府は破壊済みだった。ヴィルヘルムの最大戦力たる艦隊は宇宙の彼方にまで逃げ去っていた。親衛隊は星戦隊(ランドフォース)によって粉砕されていた。


 ジギスムントの手札は、場に出てその能力を発揮する前に墓地送りとなったのだった。

 銀河帝国を統べるレイル皇室がどれだけ偉大な存在であろうとも、その偉大さの源泉たる軍事力と切り離されたならば無力。皇帝陛下お気に入りの皇子であろうと、手足のない脳に何ができる。


 そして、この(セント)・バーナードという乾いた惑星は既に、〈暴虐皇子〉を排除すべく行動した弟のものだった。ヴィルヘルムは主要都市すべてに戦力を送り込み、官庁軍施設鉱山その他すべての重要施設を掌握していた。


 もはやジギスムントに逆転の術はなかった。しかし〈暴虐皇子〉は抗っている。現に今も逃げ続けている。兵力がないのにどうやって。と、ヴィルヘルムは疑問に思う。


 だが、ジギスムントが如何にして襲撃を跳ね除けたかは問題ではない。どうせ遺産兵器(レガシー)を使ったに決まっていた。レイル皇室の人間は全員大量の遺産兵器を保有しているし、自らが何を持っているか互いに明かすほど仲が良い理由でもない。


 そう、問題は――、


「星府で大規模蜂起。およそ二十万の市民が凱旋通りを総督府に向かって行進中」

「第三分遣隊との連絡途絶。第八都市の暴動は管制不能」

「ヴェンス少佐との連絡は依然不通。未確認の遺産兵器の危険性あり」

「本惑星上の二十四都市で市民の大規模デモが発生」

「第十二都市の反乱は周囲四都市に波及」

「南半球方面指揮官クライスラー大佐から退避要請あり」


 軌道衛星を経由した光通信(レーザー)で、ヴィルヘルムのもとには大量の報告が入ってくる。すべて文字情報だったが、それでも大混乱と分かる。主要都市を掌握するために送り込んだ星戦隊が、追い詰められている。


 惑星全土の叛乱が起きている(クーデター)


 如何に星戦隊が強力とはいえ、その戦力の大半は惑星中に散らばっていた。十億を超す住民すべてが敵となった今、一体何ができる。


 少しばかり殺しても問題はない――帝国軍の倫理ではそうなる――が、星戦隊は「占領」を命じられているのであって、「虐殺」は次元が異なる。確保した施設に陣取り、市民の投石や火炎瓶をひたすら耐える他はない。


 いつの間にか、この星は管制不能となっていた。


 何故こうなった。すべて上手くいっていた筈なのに。ヴィルヘルムは憎悪の炎を瞳に宿しながらも、冷静に考える。整理する。今起きている事態で意味不明なのは――、


 ひとつ、詰んだ筈のジギスムントはそれでも無駄な抵抗を続けている。

 星系外への唯一の道である転移門までの航路はヴィルヘルムが抑えていて、ジギスムントの手元に戦力が残っていない以上、重力世界で何をしようといずれは捕まる。


 ふたつ、聖バーナード全土で植民地人による叛乱が起きている。

 これまで従順だった植民地人が今この時蜂起した理由がわからない。最終的には鎮圧されて、余計に権利を剥奪されるだけだ。


 銀河帝国の支配に組み込まれる以前の方が酷い生活だったろうに。ヴィルヘルムはそう考える。彼は生まれついての特権階級であり、下々のことなど理解できない。何を考えて逆らうかなど、想像するだけ無駄だと思っている。


「後は……」


 みっつめを加えるとするならば、ふたつとも合理的ではないということ。

 これらの謎に理屈を通すとしたならば?


「……そうか」


 植民地人のことは知らなくとも、ジギスムントのことは知っている。

 暴力の裏側に何かを隠していることを知っている。


「この状況こそが狙いだった。すべては兄さんの手のひらの上だった。自らを危険にさらして、星ひとつを巻き込んで、この馬鹿げた状況を演出してみせた!!」


 植民地人の蜂起が他の惑星に伝わることもジギスムントの手の内と考えるべきだ。


 現在、ジギスムントの領星四星系に繋がるすべてのゲートはヴィルヘルムが抑えて――聖バーナードのゲートにはジギスムントの艦隊が集結し(にげ)ていたが、ヴィルヘルム勢の包囲下にある――いた。情報は外に出ていない。


 が、この事実は必ず他の惑星にも伝わる。

 今や辺境と化した中央星系に位置してはいても、聖バーナードはダイオライトと遺産兵器を産出する重要な惑星であって、帝国本領の商人たちがひっきりなしに訪れる。ヴィルヘルムがこの惑星を支配した後ですべては必ず明らかになるだろう。人には口と耳が着いている。目で見るだけで十分でもある。




 そして、この大混乱の着地点はどこだ。

 決まっている。




「貴様はどうしてそうなんだ」


 ヴィルヘルムは遂に確信に至った。

 あり得ない結論だったが、他には考えようもなかった。




 暴虐皇子ジギスムントは、銀河帝国を滅ぼそうとしている。

 やはり、排除されなくてはならない。







「続きが気になるかも!」



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