第48話 随分遠くに来たもんだ
視界いっぱいに、赤茶けた荒野と奇妙に霞んで見える青空が広がっている。
俺は今空を飛んでいた。セーフハウスの倉庫にしまわれていた、飛行機械に乗って。二人乗りで、例の回収挺より大分小さかったけれど、やはりエイみたいな形だった。
この飛行機械はところどころ錆びてはいたけれど、滑らかかつ素早く離陸し、そして今、眼の前の計器は時速四〇〇〇kmを示している。マッハ三超えだ。とんでもない速さ。不思議なことに振動は一切感じなかった。むしろ静かなくらいだった。これが銀河歴一〇〇〇年の科学力と言うやつか、と思った。
もちろん、俺に何かを運転する技能はない。
例え動かせたとしても、謎の動力源で地を這うように疾走するタイヤなしのバイクくらいのものだ。あのバイクは骨董品的人工知能が遠隔操作していただけで、俺はただ跨っていたに過ぎないけれど。
聖・バーナードの起伏に飛んだ大地が一瞬で現れては消えていく。グランドキャニオンみたいだと思った。行ってみたかった観光地だ。地球では唯一無二の地形だったけれど、宇宙は広いから、別に珍しいものではないのかもしれない。
ま今この時に気にする事柄じゃあないか。
小さく息を吐いて、この雄大な地形を俺とともに眺める女に言葉をかける。
「聞いていいか」
「なんなりと、殿下」
直ぐに返事があった。
金髪碧眼の美少女にしてジギスムント殿下の親衛隊長、オルスラだ。その整った顔には相変わらず無表情が張り付いている。感情はまったく伺い知れない。彼女は強力な遺産兵器を操り、ジギスムントのために戦い続けてきた。そのオルスラのことは――、
正直よくわからない。
俺はジギスムントとして、あのセーフハウスで命令したはずだった。ヴィルヘルムに攻撃されるこの星の住民を少しでも多く助けるために、親衛隊に避難誘導を命じたはずだった。だが、親衛隊の隊長である筈の彼女は、当然のように操縦席に乗り込んで、今ここにいる。
何度も言うように、俺は人間への理解が浅い。人生経験に乏しいから。だから、戦う理由を知りたくなる。ニサに聞いたように、ヴェンスに聞いたように。
義足の少女と星戦隊の少佐の理由はそれぞれ全然異なったし、どちらも俺には理解できないものだったけれど、そういう理屈もありうるだろうなと受け止めることも出来た。家族のために戦うのも、自分のために戦うのも、理屈としてはわかる。
しかし、オルスラは何か違うように思える。
親衛隊の前では、剣にして盾とか勇ましいことを言っていたようだが――、
「余に思うところがあるようだ」
「何のことでしょう、殿下」
惚けやがって。
俺は聞いていたぞ。
「ヴェンスに言っていただろう、余の悪口を」
「ヴェンス……? まったく知らない女の名前ですね」
「雷霆Ⅱを操る少佐のことだ。付け加えておくと、余は女だとは言っていない」
「まさか、あの場にいらっしゃったのですか? 何故教えてくださらなかったのです。水銀の騎士ならば殿下を無事に連れ出すことが出来ました。小官の強さはよくご存知の筈」
「…………」
ぐう。思わず黙ってしまう。オルスラが強いのは目覚めたその数時間のうちによくわかったが……。マジで強い遺産兵器同士が戦ってどちらが強いかなんて、偽ジギスムントの俺が知るわけがないだろう。
くそっ。
こちらが質問するつもりが、立場が逆転してしまった。
「近くにいらっしゃるとは思っていましたが……。それで、どこまでお聞きに?」
「……忠誠心について深刻な疑念を抱くには十分なくらいは」
「これは困りました。もちろん殿下にあらせられましては小官の悪口が時間稼ぎのためとご理解いただけたでしょうけれども、いささか気恥ずかしいものです」
実にあっさりと白状するじゃないか。それに、悪口を言ったことは否定しないのかよ。いささか気恥ずかしい? それが親衛隊長の態度か。いや、それでも親衛隊長なのだ。
部下に忠節を疑われていたようだし、本当にヴィルヘルムの内通者と思っても不思議はないくらいタイミングよく度々オルスラが出現したことも確かだが――、
彼女が、ジギスムントを守るために戦っていることだけは間違いない。ジギスムント(本物)も、サンダラーも、オルスラに気をつけろとは言わなかった。
確かに奴らはヴィルヘルムの仕組んだ作戦のことを教えてくれはしなかったが、それは俺に試練を与えようとしていたからだ。一番近くにいる親衛隊長が裏切っているなら、試練もクソもない。
そして、サンダラーのハッキング能力は銀河歴一〇〇〇年の技術を遥かに凌駕する。
星戦隊が降下地点を間違えたのも、どうせサンダラーのせいだろう。
つまり、裏切り者は絶対に発見される。
そんな環境でありながら、オルスラはジギスムントの悪口を敵にすら好き放題に語り、それでもジギスムントとサンダラーから敵視されていない。不思議だった。
横目で盗み見たオルスラの碧眼は、超音速で飛び去るこの星の風景をひたすら映すのみだった。透き通って吸い込まれるようなその青には、何の感情も乗っていない。忠誠の対象に叱責されているのに、だ。
君のことがわからない。隣に座っている人間のことを理解できないというのは怖いな。君は一体どういう人間なんだい? 改めて問う。
「貴様は……、何故戦うのだ」
「小官は殿下の剣にして盾であります」
「……それだけか」
「それ以上でも以下でもありません」
不敬ですかね、これは。オルスラはそう続けた。
結構な決心のもとに俺は尋ねたつもりだったけれど、オルスラは決まりきった挨拶をするかのように淀みなく返事をしただけだった。
結局彼女は無表情のままだった。何も分からなかった。
俺はため息をつく。彼女がどういう人間であろうと、オルスラを頼りにする他はない。まあ、しょうがない。俺が、俺の意志で選択したことだった。彼女がジギスムントの部下として振る舞ってくれるなら、否応はない。
それに、オルスラの真意を問いただすだけの時間は残されていない。
ぽーんと音が鳴り、立体地図が眼の前に出現した。薄い青で出来た地図の中心には俺が乗る飛行機械が位置している。大河による浸食作用で出来たとしか思えない雄大で複雑な景観が味気なく入れ替わっていく。
立体地図には、数十の赤い線が描き込まれている。
敵機襲来。ヴィルヘルムの軍団が宇宙から突入して来たのだ。
「やはりあの糞野郎、約束を守るつもりは一切ないようですね」
「不敬だぞ、オルスラ」
糞野郎とはヴィルヘルムのことだ。一応この時代の世界観に基づいてオルスラを叱ってみたが……。まあ、完全に同感だ。
あのセーフハウスに転移する前、俺はサンダラーを通じてヴィルヘルムに通信を入れた。大人しく出頭するから、指定するポイントに一人で来いと告げた。この星を攻撃するのを止めろとも頼んだ。
結果はこれだ。
一人で来るどころか、追手を差し向けてきた。
いやはや。予想していたこととは言え、こんなに綺麗さっぱり兄の話を無視するとはね。俺は天を見上げる。飛行機械のキャノピーからは、灼熱の尾を引いて大気圏に突入する敵機が視認できた。確かに俺を追ってきた。
まあ、当然ではある。ジギスムントの艦隊がどこかに逃げ去り、親衛隊もバラバラに散ってしまった今となっては図々しい交渉だった。そんなこと、世間知らずの俺でも分かる。
「予想したとおりまずい事態に陥りましたね。小官が素直に命令に従って着いてこなかったら、どうするつもりだったのですか?」
「……着いてくるように命じていたさ。余の手元にある遺産兵器は戦闘向きではないからな。貴様なしに無謀は出来ない」
俺は正直に答えた。
会敵まで二〇。飛行機械の電子音が告げた。二〇が秒なのかkmなのか俺には分からないが、あっという間なのだろうな。こちらは武装なしの民生品飛行機械、あちらは大量の武装を積んだ戦闘兵器の群れ。
「気に病むな。危機的状況であることに間違いはないが、先程も言ったように策はある」
「………」
「貴様が頼りだ」
「身に余る光栄です」
オルスラの口調はまったく平坦だったが、何故かジギスムントを非難しているようにも思えたし、同時に不敵な自信を湛えているようでもあった。彼女のことは理解できない。けれど、頼もしいと思ったことも確かだった。
まあ、なんだ。
何をどう思おうと、戦いは目の前にある。
そして、俺には戦う覚悟があるし、戦ってすべてを解決するつもりでいる。
いやはや。
随分遠くに来たもんだ。
虫も殺せなかった――文字どおりの意味だ――俺がこんなことをね。俺は瞼を閉じ、県立病院のあの病室のことを少しだけ思い出し、開いて、オルスラに言う。
「しばらくまっすぐ飛んでくれ。余には語るべきことがある」
咳払いをして、拡声器を示すボタンを押す。これから話すことは、俺とオルスラの乗り込む飛行機械のすぐ後ろに迫る回収挺にも聞こえる筈だった。
一応これも作戦の内だ。
上手く行けば、大勢が助かる。
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