第47話 剣も盾も無用
目を開けると、みすぼらしい光景がそこにはあった。
古びて窮屈な部屋だった。埃っぽかった。長いこと使われていないのかもしれない。
青く発光している俺以外、周囲には床と壁と天井しかなかった。身体を覆っていた転移の名残は徐々に薄れていって、部屋は暗闇に支配される。
「マジで便利だ」
サンダラーから俺が巻き込まれた物語について説明を聞いた後、俺はあの不愉快な人工知能とひとしきり今後について話し合って――、
それから、この小部屋に転移したのだった
ここは親衛隊が保有するセーフハウスのひとつで、ニサとヴェンスが死闘を繰り広げた街のどこかに存在している。当然俺はセーフハウスのことなど知らないし、ジギスムント(本物)も知らなかったんじゃないかと思うけれど、サンダラーは親衛隊が保有する施設すべて把握しているのだった。
〈私の電脳が載っている量子計算機で解析できない現代の暗号は存在しません〉
サンダラーはそう言っていた。流石は最強を自称する遺産兵器だと評価すべきなのかもしれなかった。
さて、俺は何故ここに転移したのか。それはもちろん、彼女たちの力を借りるためだった。隙間から薄明かりが除く扉の向こうからは――、
「もう一度病院周辺を探すべきです」
「発信機はどうなっている!」
「例の電波妨害が復活しました。闇雲に動いてどうなります」
「ジギスムント殿下を見捨てるというのか!」
「そうは言っていない! 敵の過激な行動を呼び起こすことを恐れているのだ!!」
「殿下がセーフハウスを抜け出されたのは、何かお考えがあってのことに違いない。我らはただ、待てば良いのではありませんか」
「隊長殿がどう思うか聞きたいな」
「……病院からお姿を消される直前は、我々と合流するお考えがあるように思われた」
「なぁ、そこが不思議なんだよ」
「何が言いたい」
「殿下のお姿を見たのは隊長だけなんだよねぇ」
「もう一度だけ聞く。何が言いたいのだ」
「このような窮地に陥った原因について、一度話し合うべきではないか。そう言っているの」
扉の向こうからは、ジギスムントに仕える親衛隊が生み出す喧騒が響いて来る。生まれてこの方、聞いたことのないような混乱ぶりだった。やはり、すべて若い女性の声に思われた。親衛隊を組織したジギスムント(本物)の趣味を理解することは出来そうもなかった。
「……私が殿下を裏切っていると」
「非常時だ。すべてを疑うべきじゃない?」
「貴様死にたいか」
「少なくともあんたよりは後に死ぬって決めているよ。オルスラ」
実に殺伐とした会話だった。
どうやらオルスラも向こうにいるらしかったが、親衛隊の誰かと一触即発の状況にあるらしい。隊長はオルスラなのだから、相手は部下だろう。君は常に誰かと戦っているのか。一体どういう性格をしているんだ。
まったく物騒極まりなくて、ここに転移してきたことを後悔しそうになる。
うーん、怖いぜ。だが、彼女達の力を借りねばならない。世界を救うつもりなんてないけれど、この星の住人を救いたい気持ちはある。そのためには、俺一人で頑張っても駄目だ。助けが必要だった。
さあ、行こう。
「元気そうで嬉しいよ、諸君」
言いながらバン、と扉を開ける。思いもかけない場所からの闖入に驚いたか、彼女たちは俺に武器を向ける。振動刀、ゴツい光線銃、実弾銃にナイフ。軍服やメイド服を着込んだ若い女性で構成された親衛隊が十数名。全員が血の滲んだ包帯で身体の各所を覆っていた。
「殿下!?」
「生きておられた!!」
「殿下!!!」
「ジギスムント殿下!!」
彼女たちは歓喜の感情を乗せて叫ぶ。涙を流す者もいた。
お前はやはり慕われているみたいだな、ジギスムント。
だが、どう考えても乱闘寸前だった。自分の組織はしっかり教育しろよ。軍票を握っているものも何人かいる。おいおい、遺産兵器で殺し合いをするところだったのか?
混乱と怒りで冷静さを失っていると判断せざるを得ないな。この様では役に立たない。それでは困る。さあ、どうやって言うことを聞いてもらおうかな。そう考えていると、オルスラが一歩進み出て言う。
「殿下、今まで一体どちらに。病院からどうやってお姿を。いえ、それよりもまずは、少々お時間をいただけますか」
病院のトイレから俺が姿を消したことを咎める様子はまったくなかった。
おなじみの無表情を顔に張り付かせたまま、部下に命令を叫ぶ。
「次のセーフハウスに移るぞ。周囲の索敵に5人追加だ。敵勢力の警戒網が弱い箇所を割り出せ。電波妨害は奴らにも不利に働く筈だ」
「し、しかし隊長」
気弱そうに見える顔つきの隊員が命令に口を挟んだ。オルスラはその女に視線を向ける。その目は邪眼めいている。だが、オルスラよりも若く思えるその隊員は怯みながらも言葉を続けた。
「……こ、ここは様子を見るべきではないでしょうか」
「そのとおり!!」
威勢のいい声が気弱そうな彼女の加勢に入った。長い金髪と目鼻立ちのはっきりした、豪奢な雰囲気を持つ女だった。声色から察するに、ついさっきオルスラと命のやり取りをする寸前だった隊員に違いない。
実際、彼女の視線はオルスラを刺すようだった。
「お前の裏切りが事実であろうとなかろうと……、我々がここまでいいようにされたんだよ。消極的なのは確かだけれど、動くべきではない」
「敵にも脳はついている。隠れ続けることはできん」
オルスラは切って捨てるように答えた。
「お前は信じないかもしれないけれど、その脳とやら、我々の頭蓋の中にも存在しているし、その性能が敵に劣っているとは思わないの。現に敵の追撃はないでしょ」
「このような事態に陥ってなお頭の出来に自信があると? そのおめでたさが死んだら治るか、試させてもらおうか」
「私は死ねとまでは言わないよ。隊長の席を譲ってくれるだけでいい」
再び殺気が充満する。
オルスラ、お前は部下ともそんな調子なのか。
やれやれ、まだ混乱している。ジギスムントが登場するだけじゃ足らないのかよ。察するに、ジギスムントの身の安全をどのように確保するか、その方針の違いで争っている。
それじゃあ困る。役に立たない、
何故彼女たちは混乱している?
主君と崇めるジギスムント殿下の守護をやり通すために何をすべきか。その答えを持たないからだろう。同情の気分はある。すべてはジギスムント(本物)とサンダラーが描いた筋書きのせいであって、親衛隊は犠牲者と言って良い。
だが、犠牲者だろうとなんだろうと、親衛隊には仕事をしてもらわなきゃ困るんだ。
そして、俺は彼女たちが欲する答えを持っている。
ゆっくりと歩き、殺し合いの寸前に割って入る。
「余を無視して会話を続けるとは面白い」
俺がそう言った瞬間、親衛隊全員が青ざめて跪く。
俺は今、ジギスムント・ザウエル・レイルなんだ。
ただ、口を開くだけでいい。
「醜態を晒すのが貴様らの取り柄なのか? この数十時間の内に目にした不始末、どのように責任を取ってくれるか楽しみだ」
武器を落とすゴトゴトという鈍い音。全員が跪く。
俺が権力で人を従わせる日が来るとはね。ハッ、最悪の気分だ。だが、しょうがない。俺の手札はジギスムントだけだ。悲しいことに、奴がするような言動以外に選択肢はない。
「さて、オルスラ」
そして、俺にはここに来た理由がある。
彼女ら親衛隊を使って、やらねばならないことがある。
「はっ、殿下」
「残存戦力を確認したい」
「現時点で作戦投入可能な人員は、本セーフハウスの十七のみであります。電波妨害により、艦隊はもちろん、星府に残った隊員二百九人および重装備も利用できません。なお、残る遺産兵器は――、」
「ガラクタのことはどうでも良い。飛行機械は?」
「裏の倉庫にひとつ。民生品ですが、エンジンは軍用に積み替えてあります」
「ならば結構」
「一体何を……」
跪いたままのオルスラから戸惑いの雰囲気が伝わってくる。
無理もない。俺は何も説明していない。だが、俺はこの時代に起きてからずっとこんな目に遭っていたんだ。八つ当たりかもしれないが、少しくらいはやり返してもいいだろう? それに、今はジギスムント殿下なのだ。好きに振る舞って問題ない筈だった。
俺は淡々と告げる。
「余はこれから、ヴィルヘルムに会いに行こうと思う」
「殿下!?!」
驚きの声と共に跪いていた親衛隊全員の顔が一斉に上がった。それがあまりにもぴったりだったので、楽しい気分になった。オルスラだけは相変わらずのポーカーフェイスだったのが余計に面白かった。だが、まぁ。彼女たちの反応はどうでも良かった。
俺が出ていかないと、この星の住民が無駄に死ぬ。
「黙れ。意見具申は求めていない。貴様らは市民の避難を助けるのだ。この街の官憲はほとんどヴィルヘルムの手勢に殺されてしまった。皇族同士の下らない争いに巻き込んでしまった分、こちらも戦力を割かなくてはな」
「恐れながら!」
オルスラが主張する。
「御身の価値は一惑星ごときと釣り合いが取れるものではございません!! 逃げるべきです!」
「言い分は良くわかる。道理だとも思う。余の身体は、自分ひとりの都合だけで動かして良いものではない。だが……、貴様の助言を聞く気はない」
「……何故そのような」
「何故だと?」
義足の少女に、この星に生きる人々に、生きるということを教えられたからだよ。不愉快な現実をちゃんと不愉快に思って、変えられるなら変えようと思ったからだ。それが理由だ。俺だって混乱しているが、この感情は嘘じゃない。
正直に答える代わりに、俺は傲然として言う。
正直さはジギスムントに似合わない。
「問うな、従え」
「……親衛隊の任務は殿下をお守りすることです。それが小官の、我々の存在理由なのです」
オルスラは食い下がる。ポーカーフェイスに焦りの色が少しだけ浮かんでいる。
だが、その奥には強情さが見て取れる。この女はジギスムントのためなら命令を無視しかねない。勝手に発信機をつけられていたこともそうだし、これまでの戦いぶりを見てもそれが分かる。
本当によくわからない。君の言葉と態度、まったく信じられない。
背中に回されたその左手は何を握っていて、一体俺をどうするつもりなんだい。
俺を無理やり気絶させて、どこかに連れ去ろうとしているのかな?
「私は殿下の剣と盾でありますから、すべての手段を取らせていただ――、」
彼女の言葉を遮る。
「一時間後、ヴィルヘルムの元に通信が入るように手配した。内容は、親衛隊が保有するすべてのセーフハウスの位置情報だ」
「……はい?」
流石のオルスラも唖然としているように思えた。
そうだろう。セーフハウスの場所を明らかにするなど、俺にメリットはひとつもない。もちろんそうだ。だが、親衛隊を動かすためなら仕方がない。
これからやることのためには、市民にしっかり避難してもらう必要があった。命じるだけで言うことを聞いてくれたなら楽だったのだけれど、そうじゃないからね。オルスラはどうも忠誠心が強すぎる。複雑すぎる。
「既に剣も盾も無用だ。諸君らには、帝国軍人として市民の保護に邁進してもらいたい」
「殿下は人類を救うお方です。このような、このようなところで……」
そう言いながらオルスラはゆらりと立ち上がった。
造りの良い人形めいた綺麗な顔立ちにはやはり無表情が浮かんでいるが、それでも茫然自失しているとわかる。手足に力がない。自分が立っていることにすら気づいていないのかもしれない。
無茶を言っている自覚はある。
選択肢を最初からひとつに限定されていたようなものだ。
彼女の肩に軽く手を置く。
「まあ、色々無茶なことを言っている自覚はあるが……、折角拾った命を無駄にするつもりはない」
オルスラの碧眼に困惑が宿るのを見た。眉根を寄せてすらいる。
その感情は、端正過ぎる顔とこれまで見てきた無表情には似合わなかった。それがよくなかったのか、自分でも意識しないままに言葉が口をついて出ていた。
「安心しろ、すべて上手くいくさ」
俺の台詞を聞いたオルスラの表情は、なかなかの見ものと言っていい代物だった。
気持ちはわかる。この状況でそんなことを言うやつがいたら、俺だって正気を疑うさ。
「続きが気になるかも!」
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