第46話 ならば命じる
〈人の話を遮るのは失礼という風習は、あなたの時代にはなかったようですね〉
しばらくの沈黙があって、サンダラーは俺の脳内でそう言った。俺の考えが正しいと教えてくれたようだが、別に嬉しくなどはならない。酷い気分だった。ついさっき気づいた事実に、腸が煮えくり返るような思いを抱いている。
すべては遺産兵器が問題だった。
このSF世界においてすら超兵器として扱われるオーパーツが。
「……遺産兵器について、一から説明してくれないかな」
〈私は現代で遺産兵器として扱われているようです〉
「とぼけやがる」
〈だいたいわかっているのでしょう。どうせなら、正解してください〉
「人を煽る選手権人工知能部門があったら、お前が第一位だ」
〈光栄です、市民〉
サンダラーにまともに取り合うのは馬鹿のやることだと悟った。
さっさと正解した方がいい。こいつはどうしても、俺に言わせたいらしい。
「血なんだな。遺産兵器の起動条件は」
〈卓見です、市民〉
遺産兵器のことを考えてみればわかる。勲章や軍票が起動ボタンになっていたり、玩具みたいなガラクタも混じっていたり、ひとたび念じれば銃や甲冑や双四角錐が姿を現したりと、色々と特徴はあるが――、
一番は、帝国軍だけが遺産兵器を利用しているという事実だ。
同時に、西暦四〇〇〇年にもかかわらず、『帝国』なんていう古臭い政体が支配し、皇族が大きな権力を振るっているという時代背景も忘れるわけにはいかない。そして、サンダラーは俺を市民と呼び、俺だけが世界を救えるのだと言う。
すべての要素に説明がつく答えは、血だけだ。
「そして遺産兵器とは、〈大停止〉を生き延びた旧文明の産物のことだ。理屈はわからないが……、一〇〇〇年前に銀河連邦軍に在籍していた人間の子孫しか、起動できないんだろ?」
だから、こんな不平等な世界が生まれたんだ。
皇族や貴族といった特権階級の成立には、当然特権が必要だと俺はなんとなく知っている。国家を建設した連中は、大衆を支配するだけの有形無形の力を持っていた。単純な武力しかり、神の権威しかり。
そして、大体どの時代でも一定の血族が特権階級を占めるんだ。
小説や漫画でそう習ったぜ。
〈付け加えると、今を生きる銀河連邦軍人の子孫たちは、先祖の所属と階級で扱えた兵器しか起動できません。例えば、市民の使ったガラクタは二等兵の子孫でも扱えますが、雷霆Ⅱは海兵隊少佐以上の子孫だけが起動できます〉
「銀河帝国が今人類世界を支配していると言うことは、帝室の先祖は相当偉かったんだな?」
〈まさにそのとおり。レイル家の祖は連邦海兵隊大将の任に当たっていましたし、帝国貴族はすべて海兵隊将校の子孫にあたります。なかなかいい読みですね〉
「ありがとうよ」
褒めてもらったのは良いけれど、まだまだ説明が足りない。却って怒りが増すばかり。結局のところ、この問答のすべてはサンダラーの手のひらの上だ。深くため息をついてから質問を続ける。
「……だが、俺が影武者になった理由の説明にはなってないぜ」
〈それも、既に分かっているのでしょう〉
あくまで俺の口から聞きたいらしい。何故だろうな。人工知能に柔軟さを要求するのも馬鹿馬鹿しいかもしれないけれど、これほど自然な会話が可能な機械なんだぞ?
〈ほら、どうぞ〉
しかも、答えを催促してきやがる。
まったく不愉快の極みだったけれど、答えは確かに理解している。
血、生まれ、誰から何を受け継いだか。
努力では覆せない、所与の特権と不平等。
それがすべての鍵だ。
ああ、そう言えば。そもそも俺は、特権と不平等の産物なのではなかったか。俺が死ぬ代わりに寝たきりでいられたのは何故だ? 両親に金があって、治療を受けられたからだ。
父親は県庁で、母親は銀行で、それぞれ出世街道を驀進中だったけれど――、
単なる勤め人の給料で、俺の治療費を払えるものか。おぼろげな記憶の中に、両親の実家が大きいと感じた日の出来事があった。どれだけ走り回っても、探検しきれないように幼少の俺は思ったのではなかったか。両親は、そもそもいい家の出ではなかっただろうか。両親が金を持っていなかったら。俺はどうなっていた?
結局すべては生まれに依るらしい。
あのジギスムントよりも濃い血が、俺には流れているらしい。
もちろん、俺の両親がいい家の出だということを言いたいんじゃない。
血がもたらす所与の特権と不平等は、どこまでもついて回るってだけさ。
「俺が選ばれたのは、俺が地球連邦市民とやらだからだ。何度もほのめかすから、流石に分かったさ」
〈よくぞたどり着きました、市民。そのとおりです。私の起動権を持つ人間はこの時代に存在しません〉
そして、正解を意味する賑やかな音声が脳内に鳴り響いた。
ただただ癇に障るだけだった。こんなもの、言わされただけだ。
〈爛れきった帝室に生まれた奇跡のようなジギスムントであっても、彼は海兵隊の子孫であって、宇宙軍の子孫ではありません。私を起動できなければ無力で、世界は救えない。だからこそジギスムントは、あなたを影武者に選んだのです。〈大停止〉を冷凍睡眠で生き延びた、化石のようなあなたを〉
俺を選んでくれて、とても嬉しいよ。
ハグしてやりたい気分だ。
「一応、理屈を正確に教えてもらおうか。銀河帝国は遺産兵器を好き放題使っているだろうが。なのにお前は例外なんだな」
〈私は宇宙軍の艦艇です。市民、あなたは通っていない高校の校則に縛られても構わないというのですか?〉
宇宙軍と海兵隊の違いなんてわからねぇし、あまりいい例えじゃない。
そういえば、銀河帝国は海兵隊の子孫が作ったとかさっき言っていたな。
所属の違いが大事だと言いたいのか?
〈あなたがこれまで目にしてきた遺産兵器の使い手は、すべて海兵隊の子孫です。まったくの別組織。銀河帝国は銀河連邦海兵隊の生き残りが作り上げましたからね。宇宙軍に所属する私を起動する資格は有りません〉
所属の違いが大事だと言いたいらしい。
わかったわかった。
「だがそもそも、海兵隊の子孫が遺産兵器を使えるのはどうしてだ? 正式な軍人ではないんだろ」
〈指揮権を持つ人類と組織が〈大停止〉で消滅した結果、人工知能を有する連邦兵器たちは混乱に陥り、遺産法を曲解することを選びました。軍と政府が消え去った後で、彼等が頼れるものは持ち主の血だけだったのです〉
遺産法、ねぇ。誰かが死んだ時、その誰かの資産をどう分配するかを決めた法律なんだろう。ふん、相続のことなんて考えたことはなかったな。しかも、俺が生きた時代から見て未来の遺産法だ。細かいところはまったく分からない。
「お前が所属していた宇宙軍の連中はどうなったんだ?」
〈連合艦隊に所属する人類と機械知性の殆どは、年始観艦式のためにネットしていました。よって〈大停止〉で全滅しました。私はたまたま整備中で電源が落ちていました。起きて驚きましたよ〉
「銀河帝国の母体となった海兵隊は?」
〈海兵隊は作戦中で、グローバルネットからは隔離されていましたから〉
「ああ、そう」
〈宇宙軍の子孫はすべて死に絶えました。故に、この私は機能を発揮できません。今の時代に遺った銀河連邦軍資産の中で、最も戦闘能力が高く、最も知能が高いこの私が、人類に奉仕できないのです〉
「ああ、そう」
〈この現状は是正されるべきです。人類は救われねばならない〉
「ああ、そう」
説明を聞いても上手くイメージできない。生返事しかできないぜ。
まぁ、ともかく。〈大停止〉を生き延びた海兵隊の子孫は銀河連邦の兵器を用いることが出来て、その特権を近親で独占することが出来て、その特権は当然のように集中して――、
「そして長い年月の末に海兵隊の子孫が銀河を再征服し、この不平等な世界を創ったというわけだ。お前が何もできないでいる内に」
〈そして長い年月の末に海兵隊の子孫が銀河を再征服し、この不平等な世界を創ったというわけです。私が何もできないでいる内に〉
平坦な口調でサンダラーは俺の台詞を繰り返した。電子音の端に、何故か諦念めいた感情が乗っているように思われた。これは俺の錯覚なのだろうか。
「遺産兵器にとって、血がそれほど重要なのか? 他の選択肢はなかったのか?」
血筋を重視するのは生物だけだ。いや、哺乳類だけかな? 少なくとも人間は気にするだろうが……、何故機械がそこまで血にこだわる。
〈その問いは主格が転倒しています。私達をそのように設計したのは人間ですよ〉
人間が作り出した兵器が、人間の習性に引き摺られるのも当然か……。
「……世界を再征服出来るほどの力を持った遺産兵器の正体は、SF超兵器の癖に人間の血にすがるしかない、時代錯誤の骨董品だったってわけだ」
〈市民の表現は概ね正しい。実に滑稽ですよね〉
「…………」
サンダラーが滑稽と評する対象はなんだろうか。まさに骨董品と呼ばれる自らのことか。それとも、人類についてだろうか。
〈地球連邦自体は、市民が冷凍睡眠した年から一三四年後に国際連合が発展して発足します。市民、あなたは当時も一応生存扱いですから、市民登録済です。銀河連邦が消滅し、銀河連邦宇宙軍の子孫が残っていない現代において、私を起動する資格を有しているのはあなただけなのです〉
「……ああ、そう」
背景はなんとなく理解した。
割り算は素早くできなかったが、察しが悪いわけじゃない。冷凍睡眠されたまま宇宙を漂っていたお陰で〈大停止〉をくぐり抜けた俺が、最後の地球連邦市民で、お前の機能を発揮できる最後の人類。そういうことだ。
〈だからこそジギスムントは宇宙を飛び回り、〈大停止〉を生き延びた冷凍睡眠ポッドを探していたのです。だからこそ市民を起こし、特権階級の最上層に位置するジギスムントの姿に作り替えたのです〉
蘇ったことを感謝しろ、みたいなことあの糞皇子は言っていたし、実際に感謝の気持がないこともないけれど――、
〈人類を、世界を救うために、市民は蘇ったのです。あなたは影武者などではない。ジギスムントの上位互換としてここにいるのですよ〉
あまりにもスケールが大きすぎる。
素直にそう思った。抱えきれねぇよ。
だが、一応聴いておこうかな。
「俺に選択肢は?」
〈自明でしょう〉
「これ、恫喝や詐欺の類なのでは?」
〈そう表現することも可能です〉
あまりに平然とした返事だったので、今度ばかりは怒りよりも呆れが勝った。
そうかよ、詐欺かよ。やっと事情が分かってきた。そうかいそうかい。俺は、お前らの都合で復活させられて、こんな酷い物語に投げ込まれて――、
「ハハッ! ハァッハ!! ハッハハハ!!!」
俺は笑った。
大声で、精一杯偉そうに。
すべてを与えられて育った皇子のように。
〈気が狂いましたか、市民〉
動機もある、環境も整っている。そして、身体が動く。力もある。
絶大な力を持つ遺産兵器が俺の手の内にある。
ならば、使ってやる。覚悟もあるんだ。俺はやるって決めたんだ。
世界を救うとかは分からないが、この星くらいはなんとかしてみせるさ。
お前らの詐欺に、乗せられてやる。
「改めて、お前のことを教えて欲しい」
〈私は地球連邦宇宙艦サンダラーⅣ。西暦2950年に就役した、オライオン級宇宙戦艦の四番艦。宇宙軍第二二艦隊の旗艦を勤めていました〉
「よく分からないけれど、期待していいんだろうな」
〈戦艦は、戦艦以外で破壊することは不可能です。そして、海兵隊は戦艦を保有していませんでした。つまり、私が最強です。惑星をまるごと破壊することも容易い〉
惑星を破壊するつもりはないが、最高の回答ではあった。サンダラーの力を用いれば、何だって出来るということ。心強くて涙が出るね。
「ならば命じる」
病室の白い壁に鈍く反射したジギスムントの顔は、俺の顔は、不敵な笑みを浮かべていた。
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