第44話 平坦な口調が癇に障った
青い光は完全に消え去って、気づけば俺は、見覚えのある場所に立っている。
いや、浮かんでいる。
ここはもちろん、さっきまで俺がいた病院のトイレではない。破壊され尽くした鉱山施設でもないし、古臭い匂いで充満したセーフハウスでもなければ、だだっぴろい発着場でもなかった。
俺が最初にこの世界を認識した場所。
わけの分からない物語が始まった場所。
身体が動く喜びを全身で味わい、両親の死に涙した場所。
本物のジギスムントに恩義せがましく面倒事を押し付けられた場所だ。
四角い部屋はつなぎ目一つない白でできているが、ひとつの面にだけ広い漆黒に浮かぶ茶色い大地がある。それを俺は、視界の端にベッドを収めつつも眺めている。無重力の中でふわふわと浮かびながら。
つまり、久方ぶりに瞼以外の何かを瞳に映した、あの病室だった。
やはり、ここだけが異質だ。あの茶色い球体、聖・バーナードの大地で見てきた光景とまったく違った。ここは綺麗過ぎる、整然とし過ぎている。
「ふざけやがって……」
欺瞞だらけ、嘘だらけだ。
誰も彼もが俺を馬鹿にする。ジギスムントはその筆頭だが、この茶色い大地で出会った人々も五十歩百歩だ。ニサとアレッタの姉妹は言わずもがな、酒場で出会った男たちも、ヴィルヘルムとその部下たちもそうだ。俺を馬鹿にすることしきりだ。
腹心の部下である筈のオルスラはと言えば――、
くそっ。あの美少女のことはまったく意味不明だ。
彼ら彼女らはジギスムントを馬鹿にしていたのか、それとも俺を馬鹿にしていたのか。もはやその違いは重要ではない。俺はジギスムントでもあるのだ。その事実からは逃げることができそうにない。あの時目覚めてからの経験で、それをよく理解している。
理解しているが、一番俺を嘲笑っていたのはお前だ。
本物のジギスムントが救うべきだった人々を、俺が救いたいと思えた人々を弄んだのはお前なんだ。お前がその力をほんの少しでも発揮していれば、たくさんの悲劇を避けられたんじゃないか?
納得のいく説明をくれよ。そうじゃなけりゃ、俺は一切を投げ出すぜ。
それは困るだろうが。
「なあ、教えてくれよ。サンダラー」
俺はすべての元凶の名を呼んだ。
総督府の上空に浮かぶ骨董品、俺があの星で訪れたすべての街からその姿を眺めることが出来た古臭い意匠の宇宙戦艦、この星の人間からは聖遺物扱いをされているらしい、浮いているだけが取り柄の遺産兵器の名を。
そして、数秒の静寂があって――、
〈市民、どこで気がついたのですか?〉
平坦な女の声がした。その発信源は、どうやら頭の中のようだった。それでも俺は驚いたりはしない。やはり正しかったと、そう思っただけだった。
「……SFにも」
SFにもいろいろある。というのは俺の台詞だが、まさにこの時のために張った伏線だったのかもしれない。脳内で映像が流れるくらいだ。知らない声が頭蓋の中で響いてもおかしくない。
〈当然のように受け止めるのですね、市民。何故でしょうか。何故私の正体がわかったのですか?〉
脳の底から問いが聞こえてくる。
当然だと? 当然なことなどなかったさ。
「……ひとつ目」
俺は回答する。くそっ、何故俺が説明させられているんだ?
もちろん納得は出来ない。だが、何かを口にしなければ収まりのつかない感情が俺の中にあることは確かだった。それに、少しでも仕返しをしたい気分だった。
「この部屋とそれ以外の世界観が違いすぎる。最初は、帝国と植民地で文明水準が違うのかなと思った。まあ、それは正しかったが――、帝国の戦艦内部にもこんな空間は一切存在しなかったよ。真っ白で、扉の継ぎ目もないような、完璧さを感じる程の何かはなかった。発着場にも、城下にも、兵器にも」
もちろん。帝国の鮫めいた宇宙戦艦は十分にSFだったが、SFにも色々ある。ハリウッド映画を思えば良い。有り体に言えば、ター○ネーターとスタ○・トレックの世界観の違いと言うべきか。
〈慧眼です、市民〉
「口を挟むなよ。うるさいぜ」
〈私はどちらかというと、電光剣で殺陣をやる映画に登場するのが似つかわしい存在です〉
確かにあの映画は宇宙戦艦が大分強いけれども、それを自分で言うかね。
あと、思考を読むな。この骨董品が。
「俺がSF好きじゃなかったら通じないぜ?」
〈仮定の話はともかく、実際にあなたはSF好きですからね〉
なんでもお見通しというわけか。
どこまでも馬鹿にしやがる。
「ふたつ目は、オルスラに捕まるのが遅かったことだ。彼女は無軌道だった。雷霆Ⅱが降ってきたあの場所で、俺が直ぐ側にいたのに暴れまわったのが良い証拠だ。巻き添えで死ぬかと思ったよ。だが、彼女は結局病院で俺を捕まえてみせた。どうしてだろうな。俺の位置を把握できるならそうならないだろう」
病院で捕まったのは、追跡装置が正確に作動したからだろう。俺が今来ている服のすべては親衛隊に用意されたものだ。追跡装置くらいあって然るべきだ。彼女たちの仕事はジギスムントを守ることなのだから。
では何故、俺の脱走に気が付かなかったのだろうか。
すぐに脱走がバレて、セーフハウスに連れ戻されているべきだろう。
だが、そうはならなかった。
ニサやヴェンスの部隊、そして食堂に集まった男たちは『電波妨害』と言っていた。そのせいで情報が入らないと。俺は電波のことはよくわからないけれど、それが妨害されていれば、多分通信がうまくいかなくなるのだろう。通信がだめになれば、遠距離の連絡は不可能だ。
あらゆることがうまくいかなくなるのではないか?
なのに、オルスラは俺を捕捉した。
どうせお前が電波妨害の発信源なんだろうさ。
「最後、みっつ目だ。これが一番単純だ。俺がいくら光輝溢れる最高なジギスムント殿下だからといって、たまたま目の前で転がっていたバイクのエンジンが起動するのはおかしいだろ。都合が良すぎるぜ」
この数時間に起きたことをまとめよう。俺は都合よくピンチに巻き込まれ続けて、都合よく助かり続けた。誰の作為もないとしたなら、これは奇跡というべき状況なんじゃないか。そして俺は――、
「都合よく、ここに導かれた。ここまで理解出来ているんだから、説明してもらう資格があると思うんだ。どうだろう。きみの真空管はどんな答えを出すのかな」
〈ここに転移させて欲しいと叫んだのは市民、あなたです〉
真空管云々は無視された。
挑発は通じなかったらしい。
「転移をさせて欲しいと叫ぶように俺は誘導された、と言い換えようか。それに、転移の事実自体が、お前が黒幕という証拠でもある」
俺は転移でここに来た。着の身着のままでだ。
転移門ってのがあるとどこかで聞いたが、俺の転移に門は関係なかった。それに、あの不憫な植民星では転移技術の欠片も見なかったぜ。転移できるものなら、親衛隊は俺をさっさと転移させただろう。結論、転移は気軽に出来るものではない。
〈市民、種明かしを続けてください。興味が出てきました〉
「種明かしはもう済んだんだけどな」
都合よくセーフハウスから逃げ出して、都合よく脅威で不憫で同情を催す姉妹に襲われ、都合よく敵が降ってきて残酷さを見せつけられ、都合よくオルスラが助けに来て、都合よくジギスムントを信じる不憫な人々に出会って、都合よく戦う意思を植え付けられて、都合よく周囲に敵がいないタイミングで俺はすべての黒幕に気が付き――、
おかしいだろうが。上手く行き過ぎている。
俺は別に天才少年ってわけじゃないし、幸運ってわけでもなかったぜ。天才少年でも幸運でも、俺と同じ境遇に陥ったら余命は短そうだ。でも、こうして俺は生きている。
こんな展開を引き起こせる存在があるとすれば、それは。
「この時代には、理屈に合わない不思議なことが起きた時、すべての責任を押し付けて良い存在があるんだよな」
最初は、科学文明の発達した単純明快なSFだと思った。
星形要塞とかいう古臭い存在はあったけれど、まあ。
大気圏突入する宇宙戦艦と、エイみたいな意匠の飛行機、そして振動刀。これらは俺の時代の科学技術の延長線上にあって、それほど混乱することもなかった。
宇宙戦艦については――、
俺がベッドで寝ていた時代も毎月シャトルが大気圏外に打ち上げられていた。だから、いつの日か武装を積む日も来るだろう。巨大化して、シャトルが戦艦になる日も来るだろう。
エイ型揚陸艇も簡単だ。ヘリコプターの延長線上の存在に過ぎない。
動力源がローターでないというだけだ。俺の時代でも似たようなものは作れただろう。
振動刀はいちばん簡単だ。
高速振動する薄い金属なんて、俺が生まれる前からあったぜ。外科病院や工場で丁寧に扱う必要があった代物が、二〇〇〇年の間に頑丈になっただけだろう。
だが、遺産兵器だけは、どう考えてもおかしい。
水銀の騎士がわかりやすい例だが、遺産兵器は強すぎる。未来世界を支配する銀河帝国、その軍隊を赤子扱いして憚らない。雷霆Ⅱはどうだ。あれほど恐ろしい水銀の騎士よりも強いのではないか。理不尽だ。
考えてみれば、俺のガラクタ共――空中に映像を写してみたり、無から音楽を流してみたり――も大したものではなかったか。仕組みがまったく理解できない。俺の知る科学の延長線上に、存在しない。
端的に、質量保存の法則を無視している。魔法染みている。そんな荒唐無稽な存在が、何でも有りな存在が、常に俺を監視していたとしたら? すべてをコントロール出来たのでは?
だから――、
「総督府の上空に浮かぶ骨董品が、すべての黒幕だ」
お前は常に、俺が見える場所にいた。星府は当然だが、親衛隊のセーフハウスがあった街からは明確に、ニサとヴェンスが戦った街からは地平線の彼方に小さく、視界の端に常にあった。あれこれ小細工も出来るだろうさ。
「そうだろうが、サンダラー」
〈正解です、市民〉
果たして、脳内で不愉快な音が響いた。同時に宇宙空間を映していた面が白い壁に戻り、無重力が消える。俺はベッドに叩きつけられた。
〈私が市民を冷凍睡眠から起こし、治療し、ジギスムントの影武者に仕立て上げました。そして、世界を救おうとする意志を持たせるため、様々な出来事を体験させました。そうです。すべての黒幕は、辺境に成り下がったこの星の空に浮かび観光名所と化した旧文明の異物である私、サンダラーなのです〉
恨んでくれても構いませんよ。
と、宇宙戦艦は続けた。
相変わらずの平坦な口調が、どうしようもなく癇に障った。
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