第42話 星を救う、ね。
「疲れただけ。大声出さないでよ」
直ぐに返事があった。良かった。
でも、早く病院に連れていきたいな。
「ねぇ。あんた……、本当に……」
相変わらず機甲服の下敷き状態から抜け出そうと悪戦苦闘していると、ニサが何かを言ったようだった。声が小さい。まさか衰弱しているのか?
「大丈夫か!? 今すぐ行く! 何かが挟まってるけどなんとかして」
慌てて叫ぶ俺の声を遮って――、
「あんたさ。まさかとは思うけれど……、本当にジギスムントなの?」
今度ははっきりと聞こえた。
大変驚愕の一言だった。
「は? ななな何のこと!?! さっぱり心当たりがないな!! ジギスムント? それは誰のことだ!?」
え、は? ヴェンス以外にはジギスムントだと明かしていないし、そのヴェンスはこうして気を失っている。どうしてバレた?
「は、馬鹿にしてんの? 今更無理があるでしょ」
「だだだって! 俺がヴェンスに名乗りを上げた時、君は気を失っていたじゃないか!!」
「馬鹿にしてるんじゃなくて、馬鹿なのね。今、自分から暴露してる」
「あ」
「はぁ、信じらんない…………。えぇ? じゃあ本当に皇族? 悪い冗談でしょ。色んな意味で」
悪い冗談というのはまったくそのとおり。
いや、確かに俺は馬鹿だ。バレたし。くっそ! 俺のスーパー馬鹿野郎!! 上手くやれば白を切り通せた筈なのに!! いや、もともとバレていたっぽいな。いつからだ? 出会ったときは分かっていなかったようだ。なのに何故?
ああ、そうか。
ヴェンスの足元で気絶していたのは俺の勘違いか。ニサは気絶したふりをして、一発逆転の隙を伺っていた。そういうこと。おいおい、俺はニサの邪魔をしただけってわけか?
「ねぇ、どうして私が助けに来ると思ったの? そうじゃなきゃ、こんな無謀な真似は出来ないでしょ」
ニサが不意に言った。まったく真面目な声色で、ついさっきまで俺を馬鹿にしていたのが嘘のようだった。本音で会話をしなければ、何か大事なものを裏切るような気分になった。
「あー、そこらへんは曖昧というか、何も考えていないと言うか……」
「え、嘘。信じられない」
しまった。
本音過ぎた。
「こんな男が私の星の救世主扱い……。悲しくて死んでしまいそう」
俺だって別に、救世主のつもりはないんだぜ。
「……でも、ありがとう。助けようとしてくれたんだよね」
「んー、まぁ。なんというか……、そうなるのか」
そうなるも何も、全部そのとおりだけれど、あー。
ここらへんを掘り下げられると照れくさい。
「助けに来てくれるとは思ってなかったし、自分でなんとかするつもりだったけれど……。まぁ、今から思えば、君がヴェンスを倒してくれる未来もあるんじゃないかなぁ……って、考えがあったような……」
「……ひと台詞で矛盾してるじゃん。つまりあんたは、私を助けようとするのと同時に、私に助けられようとしてたってこと? 無茶苦茶じゃない」
「ふはは、そうなるな」
「今更威厳を保とうとする喋り方をしないで。吐きそう」
まあ確かに、衝動的に行動したことは事実だし、博打をうったのも間違いないけれど、それなりに考えた末だったんだぜ。嘘じゃない。賭けに負けたとしても、せいぜい俺が捕まるだけだ。それに――、
「君は生きているし、ヴェンスもこうして倒した。一番いい結果が得られた。それでいいじゃないか。さあ、俺に君を助けさせてくれ。さっさと病院に行こう」
「結果論そのもの。馬鹿じゃないの。すべてを運に任せていたってこと?」
「でも、君は来たじゃないか。それはそうと、病院に行こうぜ。君は頑張り過ぎだ」
「……頑張りすぎ? は? あんたに私の何がわかるというの」
ニサを心配しているのに、全然応えてくれない。俺はね、他人の顔色を伺わざるを得ない人生を送ってきたんだぜ。他人のことは理解出来ないけれど、想像できることもある。ふむ。ニサに話を聞いてもらうには、もう少し踏み込まざるを得ないらしい。
「君は、妹のためだけに戦っているわけじゃないね?」
ニサが息を呑むのが聞こえた。
「君は、この星のために戦っていたんだ。そうだろう」
「……なんで私がそんなこと」
「一生懸命戦うのはすべて妹の未来のためだと思っていたし、それが一番大きいんだろうけれど……。ふたりで逃げるという選択肢もぜんぜんありだよな。帝国軍にこの星が支配されて劣悪な植民地生活に戻るのはめちゃくちゃ困ると思うけれど、君が戦って死ぬ方が、アレッタはもっと困るんじゃないかな」
返事はなかった。
正解なんだろうな、多分。
「それなのに戦った。しかも、君と出会ったのとは別の街で。何故か。君はこの星の大商人とか名家の生まれなんじゃないかな。なんにせよ、いい家柄の生まれで、強い信頼を皆から得ていることだけは確かだ。あの不憫な作業員たちにお嬢と呼ばれていたことからそれがわかる」
他にも気づく要素はあった。
ニサと出会ったあの街で起きたことを思い出してみろ。彼女の両足は義足だ。さぞ目立つだろう。街中の人間が、ニサが当たり屋をしていることを知っていた筈だ。それでも菓子屋の店主はニサに菓子を売ったし、大通りを堂々と歩いて誰も何も言わなかった。おかしいだろう。
「君の義足のことはさっぱりわからないけれど……、そうだなぁ。君の亡くなられたご両親のコネか何かかな? 植民地で力を持っている家ってのは、本国とのパイプを独自に築くものだろう?」
「……そんな凄い家に生まれたのに、私は観光客を騙すことで生計を立てているってわけ?」
「それは八つ当たりみたいなものだろ。つい数年前まで荒れていたこの星に、観光客がろくに来るわけがない」
観光客を対象とした当たり屋が、それでどうやって生活出来る。周囲に施しを受けている以外にはあり得ない。そんな生き方が出来るのは? と、言うわけだ。
だから君は戦った。妹のためだけに生きたくてもそれを選べない。周囲への恩がある。義理がある。だから、戦うしかない。例え、帝国軍という巨大な敵が相手であっても。
「…………」
「君は大人の世界に絡め取られてがんじがらめだ。だから、年齢不相応に育ったということなんじゃないか」
それを良いとも悪いとも思わないけどね。
俺は上手く育たなかったから。
「以上だ。何か誤断があるだろうか」
少しだけ沈黙があって――、
「……ひとつだけ、訂正しなくてはならないことがあります」
ニサは静かに言った。
本性を表す前の丁寧語に戻っている。
「なんだろうか」
「あなたは馬鹿ではなかったようです。意外とまともに考えられるんですね」
「馬鹿にしてるぜ、それは」
俺とニサは笑った。ふたりとも消耗しきっているから、長くは笑えなかったけれどね。緊張が溶けて、機甲服の牢獄から逃げ出せない理由に気がついた。外套が下敷きになっていたんだ。外套型の遺産兵器を解除したら簡単に抜け出せた。
へたり込んでいるニサに歩み寄る。疲れ切った顔をしているし、あちこち怪我をしていたけれど、一番の深手である右手の根本は紐か何かで縛られている。死に至る程の出血はなかった。よかった、本当によかった。
「俺からも。いや、余からも聞いていいか?」
「なんでしょう」
「余の言ったとおり、ヴェンスを殺さないでくれた理由はなんだい? やろうと思えば、頭を消し飛ばすことくらい出来ただろう」
「……あなたが本当にジギスムントなら、ここで恩を売っておくのは悪くない商売かもしれない。そう思っただけです。足も壊れてしまったところですし……。総督が代わったら、次のは貰えないでしょう?」
「安心しろ。新しい足は絶対に手配する。今度のはきっと大気圏を飛び越すぞ」
「動けばそれで良いですし……。もっと言えば、大金を貰えれば十分です」
「それは任せておけ。何しろ余は未来の銀河帝国皇帝であるぞ。姉妹二人の生活くらい、いくらでも保証してやる」
「ふふ、本当に面白い人。ついでに……、この星も救って……、ね」
そう言い残し、ニサの目は閉じた。何も言わなくなった。驚いてじたばたした拍子で、思いがけず機甲服から抜け出せた。駆け寄って脈を確かめる。
ニサは生きている。
疲れのあまり気を失ったらしい。
ふぅ、驚いた。
それにしても……、
星を救う、ね。そんな大それたこと、まったく俺には似つかない。俺はついこの間まで、身体の動かない不健康児だったんだぜ。まった期待が重すぎる。
まあ、なんだ。俺もこんな不自由な世界は許せない。そう思ったのは確かだ。それに、こんなに頑張った女の子に頼まれたなら、頑張るしかないじゃないか。
それに、今の俺はジギスムント殿下だぜ。
やれることは色々あるんじゃないか?
俺はため息をついて、地平線の向こうの、ある一点を睨みつける。
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