第41話 大声出さないでよ
俺はどうも、失敗したらしい。
まあ、当然だ。袖を伸ばした反動でヴェンスの背後をとったからといって何が出来る。だが、馬鹿な真似をしたことで羞恥心を覚えている余裕はない。そもそも戦闘で勝てるはずもない相手だった。ならば、戦闘以外で勝たなければ。
俺の勝利は、ニサを救うことにある。必ずしもヴェンスを倒す必要はない。ニサが目覚めて、どこかに逃げる時間さえ稼げれば良い。この状況からどうやってそれを実現する? わからない。だが、やれることはやろう。俺を組み敷く女軍人に話しかける。
「貴官、なかなか美人だな。昇進が嫌なら、余と結婚するというのはどうだ?」
「…………はぉえ? た、確かに小官の垂れ目はかなり魅力的ですが……」
ああ? なんだその反応。ヴェンスは少し顔を赤らめている。こんな戯言にまともに反応するなよ。俺だって恥ずかしいんだぞ。
ともかく、拘束がすこし緩んだ。
いいぞ。それじゃあ、もう少し踏み込んでみよう。
「弟のもとに連れて行く前に一つだけ聞かせてくれ……。貴様は何のために戦うのだ」
「あ、いや。えー」
「この質問、不味かったかな」
「…………流行っているなぁ、と思っただけです。深い理由はありません、殿下」
露骨に時間稼ぎを狙ったこの台詞が流行っている?
彼女はわかりやすく戸惑っていた。嘘じゃないらしい。大分変な環境にいるのだなぁ、ヴェンスは。気にせず俺は問いを続けることにする。てきとうな質問ではあったが、心からの疑問でもあった。
「深い理由がない。なのに、命を賭けることで給料を貰っている。軍人をやっている。どうしてそれができる」
今この時の俺は、ニサのために戦っている。それは確かだ。しかしこれは、俺にも理解できない突発的な感情が荒れ狂った末の出来事だ。何かの間違いなんじゃないかと、今この瞬間も思っている。
だから、戦うことを常に選択肢に入れている人間の心理を知りたいと思った。俺には人生経験が足りない。大人の理屈を聞いてみたい気分だった。
「ふぅっ……。どうしても糞も、選択肢はありませんでした」
ヴェンスはため息をついてからそう言った。単純な答えだったし、あっさりとした口調だったが、その顔はしかめられている。
選択肢はありませんでした、か。ああ、そうかい。納得はできないね。お前の身体は元気に見える。俺よりは色々選びようがあったと思うぜ。何にだってなれたんじゃないか。本当に、
「本当に、選択肢がなかったのか?」
「ええ、ええ。もちろん、この道が一番楽だったからと表現することも可能ですがね。小官も自分の現状に思うことがないわけではありません」
もちろん、の後にあれこれ難しいことを付け加えられてしまった。
うーん、一体何を言いたいのだろう。この女は。大人の言うことは難しい。人生経験のない俺には理解することは出来ない。まぁ、分かっていたことだけれど。
「……お言葉ではありますが、恵まれた育ちのお方には理解できないと思います」
恵まれた育ち。はは、ウケる。恵まれているって? 謎の病気で体が動かなくて、ある日目覚めてみれば銀河帝国皇子の影武者になっていて、その日のうちに別の皇子に身柄を狙われた俺が?
おいおい。この垂れ目の女軍人、俺を楽しませるのが得意だぜ。本当に部下になってもらいたい。とても愉快な気分になって、俺は笑い出しそうになって――、
しかし、黙った。
街並みに切り取られた狭い空を、小さな影が素早く飛び去ったから。
見間違いかと思ったけれど、今の俺の目は大変性能がいい。
その影の正体が何であるか、見逃すことはなかった。
だから、吹き出す代わりにこう言う。
「理解、なかなか面白い言葉だ」
「面白くはありません。気持ち悪い言葉だと、小官は思いますがね。なんだかんだ言っても結局、小官は他人に理解してもらいたいとは思いません」
一体どういう性格なんだ、ヴェンス。人生経験がなくても変なやつだと分かるぜ。だが、まぁ。その返事でよくわかった。そう、俺たちは理解し合えない。彼女は軍人で、彼女が会話しているのは皇子で、その中身は二十一世紀の男子高校生だ。しかもそいつは病室の外のことを知らない。
ヴェンスはどういう人間なのだろう。実は共通点が多いのかも知れないし、当然のようにすべてが違うのかも。意外と仲良くなれるのかも。まぁ、なんでもいいか。他人のことを気にする余裕はまったくなかったし――、
この期に及んでは、俺のやるべきことは一つだけだった。
大声で叫ぶ。
「意外じゃないかも知れないが!!」
「いきなり何を」
「俺はなぁ! 人が苦しむのは嫌いだ!!!」
「立場をお分かりですか!?」
「だからっ!! 出来れば殺したくない!!!」
組み伏せられた状態で発した全力の大声は、住民が逃げ去って静かになった煉瓦の街に響き――、
そして、そのまま溶けていくようだった。いつまでも待っても何も起こらなかった。数秒、数十秒、いや、数分が経ったのかも知れない。
「ふぅっ……。それでは、連行されていただきましょうか」
あれ、おかしいな。マジ?
俺の見たあの小さな影は。
石畳が弾ける。
空から降ってきた小さな影がすぐ側に着地し、ささやかな破壊をなした。小さな石塊が飛び散っている。俺は視線を動かす。
突如現れたその落下物は、身体のいたるところから血を流していて――、
生身の右手は原型をとどめておらず、機械の右足は根本から先がない。おまけに左足からも煙が上がっている。不気味なカカシにしかみえない小さな体のそいつは、まったく動じた様子もない。
「本当にお人好し」
年齢に不釣り合いな大人びた顔つきをしたニサは言った。
呆れているようにも、感心しているように思える表情を浮かべていた。
そして、すべては一瞬で起きた。
ヴェンスが弾けるように巨大な右腕を振う。その寸前、ニサは左脚を動かしている。未来兵器同士が交錯して、少女の義足が軍人の顎を打ち抜き、その脳を揺らす。機甲服の攻撃は空を切り、そのまま倒れた。
一級遺産兵器の使い手たる星戦隊の少佐は、雷霆Ⅱを使えない状況に追い込まれた挙げ句、むざむざと敗北したのだった。
「ふん、一生寝てろ」
ぴくりとも動かないヴェンスを一瞥して、ニサは言った。
機甲服からはみ出た頭を軽く蹴ってもいる。
お、わー……。
こうなることを期待していたのは確かだったが、あまりにあっけない幕切れだった。とてつもない強さを誇っているように思えたヴェンスがこんなに簡単に倒されるとは。勝負って、結構時の運なのかもな。でも、やはり凄い。年下とは思えないぜ……。
「惚けるのはそろそろよして」
遂に敵を倒してみせた義足の少女は片足で器用に振り返り、俺に言う。
目を閉じて、何かをこらえているようだった。
「私は殺したいんだけど……、どうして駄目なの?」
「うーん、気分が乗らないから……、かな」
「意味がわからない」
「……意味か。俺にもわからない。生きるってのは難しいよな」
「まともな理由を提示して。私は結構無茶をする性格なの。見ててくれてたなら、分かると思うけれど」
「うーん……」
街を破壊し、人々を殺したのは間違いなく帝国軍だ。ヴェンスの指揮する部隊が人を殺すのを俺は見た。この星の人々からすれば殺すべきなのだろう。
でも、俺はこの星の人間じゃない。殺すべきとまでは思えない。ヴェンスと会話したせいだろうか。それとも、単に人殺しが嫌なのか。くそっ、甘い考えなのだろうな。
「はぁ……、どうでも良くなってきた。疲れたし――、」
うんうんと唸って考え続ける俺を見たニサは深くため息をつき、
「そうだった。あんたは底抜けのお人好しだっ……」
そう言って、ふらりと崩れ落ちる。寝転がったままの俺の視界から彼女が消えた。出血多量で意識を失ったのか。俺の身体の上には動かなくなった機甲服が覆いかぶさっていて、ニサの姿を確認できない。おいおい待て待て。待ってくれ。
「死ぬな! ニサ!!!」
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