第39話 ビックリドッキリメカ
「それで、小官とどう戦うというのです? お怪我をする可能性が高いですが」
ヴェンスは挑戦的に言った。クレーターと化した鉱山施設跡から俺を見上げている。雷霆Ⅱの発する虹の光のせいで表情はよくわからないが、相変わらず退屈そうな顔をしているような気がした。
彼女が操る雷霆Ⅱがどれほど強力かは、十分に理解しているつもりだぜ。いや、もちろん未来世界のチート兵器のことなど知ったことではないし、危険についても正直実感が湧いていないが、俺から金を巻き上げたニサに完勝したヴェンスが相手なのだから、俺より強いのは確かだ。怪我だってするだろう。
単純化し過ぎか。
ははは、と脳内で乾いた笑いを漏らす。
「何故笑われるのです」
おっと、口にしてしまっていたか。錯乱寸前なのかもしれない。だが、一応作戦はある。一旦この戦場から離れたのには理由がある。大変お粗末な作戦だから、今からでも逃げ出したい気分だが――、
もう後戻りはできない。
覚悟を決めろ、俺。
さあ、いくぜ。
外套をばさっと翻し、いっそ馬鹿に見えるくらいに大げさに、偉そうに、こう叫ぶ。
「余こそが次代の銀河帝国皇帝である! 軍人風情が何を偉そうに!! 貴官こそ余にどう勝つかを考えるべきなのだ!!!!」
胸にぶら下がる勲章のうちふたつを鷲掴みにする。「起動」と念じる。そして、俺とヴェンスの周囲に――、
大量のイケメンが出現した。
五メートル先も見通せないほどの密度で。
すべて同一人物だった。どんな表情を浮かべていても様になる造形だった。人を従えるのを当然と思っているに違いない威厳にみちた顔つきだった。器の大きさを感じさせるような、すべてを鷹揚に受け入れるような微笑を浮かべている。
これはつまり――、
俺が目覚めた朝に参加させられた、|再結合100周年記念式典のジギスムントだ。空中に突然出現した無数の平面の上に、不快極まりない男の顔が映し出されているということだった。
同時に、聞き覚えのある音楽が大音量で鳴り響いている。俺が迷い込んだあの食堂で、テレビが流していたものと同じだ。銀河帝国の国歌なのだろう、多分。式典のときも下から聞こえてきたし。
「何のつもりだ! 『暴虐皇子』!!!」
荘厳なメロディの国歌を突き破るように、ヴェンスの叫びが俺の耳に届いた。もちろん答えはしない。
敵は俺の姿を見失っている。今この時、俺とヴェンスは互いの姿を認識していない。憂いを湛えているようにも思えるイケメンの映像が、何重にも俺と彼女を隔てているから。
何のつもりだ、だと?
はは、いいぞいいぞ。混乱しているのかな。怒鳴っているじゃないか。これまでの退屈そうな態度はどうしたんだ。長々ともったいぶった会話した後でつまらないものを見せられたら、キレるのも無理はないとは思うけれどね。
もちろん返事をするつもりはない。
その台詞が出たということは、撹乱に成功したことを意味する。
だから俺は――、
走って逃げるぜ!!
踵をくるりと返して、身長一八〇cmはあるんじゃないかという立派な身体に生えた足を交互に動かす。二回息を吸って、二回息を吐く。これを素早く繰り返す。一秒でも早く、一メートルでも遠く、ここから離れるために。
俺は一生懸命走る。あの謎バイクが時速何百km出していたのかは知らないが、それと同じくらい速いんじゃないか。こんな速度を生身の体が出せるなんて、俺は知らなかったぜ。
まあもちろん。
気分的には音速を超えているけれど、そんなに速くは走っていない。人間が全力疾走する時、息を吐いたり吸ったりはしないと何かで読んだ。無呼吸で走れるのは400mまでらしい。オリンピックの解説で聞いたのかな。
迷路染みた複雑な街路を全力ではない速度を保って走りながら、馬鹿げて呑気な何の役にも立たない考えを弄ぶ俺のもとに、
「逃げられると思うな!!!」
ヴェンスの怒声が届く。同時に、建物が砕ける乾いた音も。
イケメンの顔は空中に浮かび続け、国歌は依然として轟轟と鳴り響いているのにもかかわらず、破壊音は徐々に近づいてくるように思えた。やはり、俺の欺瞞は通用していない。だが――、
それで良い。
「ははは! よくぞ追って来れるものだ!! その調子で努力をしてみせよ!!!」
俺は更に煽る。ニサを救うためには、女軍人をあの鉱山施設から可能な限り遠ざける必要があるからだ。着いてきてもらわなくては困る。
背後からの怒声と破壊音に恐怖を覚えながらも、俺は走り続ける。既に脇腹が猛烈に痛い。心臓が早鐘のように鳴っている。血がぐんぐんと体中を巡るのを全身で感じながら――、
俺は滅茶苦茶焦っている。
正直なところ、走って逃げるどころではない。血と酸素はすべて脳みそに送り込みたい。くそっ。ガラクタだらけでもなにか思いつくと思ったんだが。実のところと言うべきか、俺自身まったく信じられないと言うべきか……。
白状すると、第二目標――ヴェンスを倒す――をどのように実現したものか、現時点で俺にはまったくアイデアがないのだった。
もちろん。ヴェンスとニサが最後の戦いを始めるのを見て、その後に一旦距離を取ったことには理由がある。俺の持つ武器を、誰にもバレないように確かめるためだった。ジギスムント皇子が――つまり俺が――身につけている大量の勲章は、遺産兵器の可能性が高い。
思わぬ物音を出してしまったら困るという理由で性能を確かめる機会を失い続けてきたし、正直なところ得体のしれない物体に触れたくなかったが――、
戦うことを決意した瞬間、一刻も早く確かめる必要が発生した。俺は何もできないガキだから、使えるものはすべて利用しなくてはならない。だから、ちょっとだけあの戦場を離れ、ジギスムントの持つ遺産兵器のすべてを試したんだ。
そして、その検証結果。
「こんなゴミを幾ら用意しても私には勝てないぞ!」
「余に対して、ハァッ、ゴミなどとッ!! フゥッ、許されんぞッ!!」
ヴェンスの敬語、いつの間にか完全に消え去ってるじゃん。皇室尊崇の念を持ってくれよ。まあともかく、くそっ!
最早言葉にする余裕もなくなって、心中だけでおれは絶叫する。
くそっ、くそっ、くそっ、くそっ!!!
まじでまじでまじでまじでやばい!!!
遺産兵器って、未来世界のチート兵器って聞いてたんですけど!!!?!?
死ねッ! ジギスムントッ!!!
俺の悪態の理由についてだが――、
ジギスムントの遺産兵器は、すべてゴミだと判明した。数十の勲章をひとつひとつ手にとって「起動」と言葉にしたり念じたりした結果、すべての遺産兵器がガラクタだった。端的に言ってゴミだった。他の表現は思いつかない。
オルスラの水銀の騎士やヴェンスの雷霆Ⅱ程強力である必要はない。そこまでは望まないし、使いこなせる自信もない。
試した結果が大量の不快な俺の――ジギスムントの――顔と国歌である。六級遺産兵器の空中映写機と七級遺産兵器の自由音源を用いて実行した、苦し紛れの撹乱だった。
これ以外に、役に立ちそうなものはひとつもなかった。
おいおい、そんなことがあっていいのか?
だが、そんなことがあったのだった。
無数の映像を空中に投影したり、国歌を流したりするのはマシな方だ。
今俺を包んでいる外套は上等な部類らしい。どうやら認識阻害の力がある。そうじゃなけりゃ、戦場の直ぐ側でぼんやりと立ち尽くすことができた理屈が通らない。
他には、踵が5センチ伸びたり、度の合っていない眼鏡が出現したり、袖が伸びて固まったり、帝国放送をひたすら流すイヤホンが生えたり、パンツが分厚くなったりした。それでも遺産兵器のつもりか。俺はがっかりだ。
ジギスムントの持つ遺産兵器はすべてガラクタで、最大限上品に表現すれば、ビックリドッキリメカというわけだった。
結論、俺の人生はつくづく不運らしい。
だが、数分前までとは異なり、今の俺には戦いの意志がある。こうして走って逃げていて、どうやって倒すのかについての具体案を思いついていないけれども、諦めるつもりはまったくない。ヴェンスに俺を追わせることに成功したように、ガラクタを組み合わせてなんとか出来ないものか。
ぜっは、ぜっはと息を切らしながら、必死で考える。
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