第36話 最終ラウンドを始めるね
今すぐ降参しろ。君のような子供が命を賭けるべきことなんてない。大人にすべてを任せるべきだ。何故そんなに、一生懸命戦うんだ。俺はそう思っていた。心理的な距離を置いていた。
だが、爆炎に照らされながら舞うニサを見て理解した。
俺は馬鹿だ。
「ああ、そうか……」
未来のため。ニサはそう言った。
彼女のとっての未来とは――、
妹以外にはあり得ない。
無謀で無益な戦いに身を投じているのは、それが理由だ。
責任感が強いようにも思えないし、大人が作り上げた幻想を盲信するほど馬鹿でもない。だが、ニサは戦っている。自ら以外のもののために。彼女はただ、信念のためだけに動いている。
妹のために、より良い未来を残そうとしている。
生まれ持った脚を失くした女の子が、それをしている。
「これでいいのか?」
どうして俺はここにいる。
どうして俺はこんな事態に巻き込まれている。
戦い続けるニサを見て、俺は、俺は――、
「俺は、どうしたい」
そう言えば俺は――、
寝たきりだったあの時代のあの日本、その片隅にある病院で、何もできなかった自分への歯がゆさ? みたいなものを確かに感じていたんだった。
せめて、この世界に生まれた証拠をなにか残したかった。
そう思っていたのではなかったか。
俺にはやりたいことがあったはずだ。
何者かになりたい。そう思っていた筈では?
「そうだ……。そうだ!!!」
それに俺は! 何もできない何もさせてくれない状況が、大嫌いなんだ!!
でも、何が出来る? 普通の子供よりもモノを知らなくて、二〇〇〇年の時を超えて蘇った結果直面したSF世界に困惑するばかりの俺にできることとは? こんな俺にも出来ることが、何かある筈――、
「あ」
地獄と化した鉱山施設に背を向けて、俺は駆け出した。
もちろん逃げるのではない。
俺には……、いや、余には!
やるべきことが、やれることがあるのだ!!
俺は今や、銀河帝国の皇子なのだ!!
■□■□■
聖・バーナードで生まれ育った不憫な少女は、戦って戦って戦って――、
戦い抜いた。
それだけは確かだった。
ダイオライト鉱石採掘施設だった場所には既に、静寂が戻っている。この星が開拓される以前と変わらぬ砂礫の地平に、街並みが均されているとしても。
だが、死者は増えていない。ニサは戦い抜き、遂に体力が尽きたのだった。陳腐な結末ではあったが、出処も得体も知れない義足が如何に最適な戦闘機動を彼女に指示するとしても、ニサの肉体は少女のそれに過ぎない。
一級遺産兵器たる雷霆Ⅱの頂上に立つ星戦隊の少佐は、倒れ伏す少女を見下ろして――、
「私はヴェンスという。よろしく。君の名は?」
「自己紹介には今更のタイミングね」
玉のような汗をびっしりと浮かべ大地に倒れ伏すニサは、それでも強い表情で聞き返す。こんな風にあの女を見上げるのは二度目だなぁ、そう思いながら。
「とても強いから、軍にスカウトしようかと思ってな。信頼関係の構築にはまず自己紹介からだろう」
そして同時に、この少佐は性格が悪いとニサは確信した。
どうしてこんな屑の相手をしなくてはならないの。
「ははっ、面白い。私の足に興味がある。それだけでしょうが」
「お嬢さんは頭がいい!」
「褒められている気がしない」
「どういたしまして」
「とりあえず、死ね」
「そんなに睨むな。その出処の怪しい義足と、その義足に適合した貴様は私の出世の役に立つと思うのだ。悪いようにはしないさ」
「悪いようにはしない、ね……。ありがたい言葉だけれど、少佐って階級、どれくらい偉いの?」
「帝国軍に数十万は存在する歯車のひとつ、と言ったところだ」
「じゃあ、駄目じゃない」
「ああ、駄目だ。さっきの言葉は気休めだ。私の昇進のために犠牲になってくれと、ストレートに伝える気にならなくてな」
ヴェンスのあけすけな態度を受けて――、
「…………ふふっ。ふ、ははは!」
ニサは大声で笑った。仰向けに転がったまま、腹を抱えて笑った。ヴェンス少佐はそれを、相変わらずの退屈な表情で見下ろしている。
「面白かったかな?」
「私が歩けているのはこの義足のおかげだけど、今日戦う羽目になったのはこのご大層な義足のせいだし……、しかも、これからあんたに捕まるのもこの義足のせいなんだよ。笑っちゃうでしょうが。ふふ、馬鹿をカモにするのに使うにしてはオーバースペックだと思っていたけれど、こんな結末が待っていたとはね」
ニサはそう言ってから息を整える。何度も深呼吸。
無事な左手と左脚を器用に使って立ち上がった。
彼女は敵を強く睨みつけている。
「まだ続ける気か? 強いお嬢さんだと称賛したいところだが、今度は本当に殺してしまうぞ……。ん? 馬鹿をカモにする?」
「気にしないで」
「似たやり取りを最近やっ――」
星戦隊少佐の言葉を遮り、ニサは問うた。
「一応聞いておく。あんたは何故戦うの?」
義足の少女にとってはシンプルな質問のつもりだった。
自分が馬鹿げた戦いに身を投じていると理解しているからこそ、相手のことを知りたくなった。どうせ死ぬとしても、最低限の納得を得ておきたい。それだけのことだったが、
「その質問、うんざりだ。戦いの意味などどうでもいいではないか」
ヴェンスは吐き捨てるように答えた。つい先程、ジギスムント皇子の親衛隊長と似たような会話をしたことを思い出している。
「どうでもいいのに、あんたは私達の街を破壊してるってわけ?」
「どうでもいいのに、お嬢さんの街を破壊しているのだ。すさまじきものは宮仕え、さ」
小馬鹿にしたような返事ではあったが、ヴェンスとしてもこの状況を歓迎しているわけではなかった。そもそも彼女は部下を大勢失っている。嘲笑の対象は自分自身なのかも知れなかった。
「我々は単なる実行者であって、すべての責任はヴィルヘルム皇子殿下にある」
「だからあんたは悪くないと?」
「軍隊とはそのような場所なのだよ、お嬢さん」
聖・バーナードの住民が不憫だと思う感情は持っている。
だが、同時に「自業自得」だともヴェンスは感じている。
ヴィルヘルム皇子の命令は街の破壊ではなかった。目標はジギスムント皇子の確保、それだけだ。星府と総督府の破壊と、鉱山施設を始めとした惑星各地の重要施設の確保は、どんな奇策を用いてか完全に姿をくらましたジギスムント皇子をあぶり出すために実行されたに過ぎない。
玩具じみた武器を持った現地人の大量死は、彼らが自ら望んで引き起こした愚行だ。避けられた悲劇だった。歯向かわなければ今も生きていただろう。何故反抗したのだろうなと、ヴェンスは本気で考えている。戦うのは個人の自由だが、その結末に無駄死が待っているのではまったく分の悪い取引ではないか。
確かに、この星がヴィルヘルム皇子のものになれば生活水準は劣悪なものになるだろうが――、
それはヴェンスの知ったことではない。彼女は政治家でも植民省の官僚でもないし、当然全能の神でもない。銀河帝国の軍人に過ぎないのだった。
「何もかも望みどおりにいく人生は存在しないのだ。多くの人間と同じように、私もすべてを持って産まれたわけではない」
「私の足は機械だよ。多くの人間と同じように産まれた筈だけどね。それでも、私は人殺しを仕事にしていない」
「不幸自慢はよせ。私は戦災孤児だ。普通の子供が与えられるべき愛情をまったく感じずに思春期を過ごしたし、救貧院の大人たちも糞だらけだった。戦いに限らず、意味など考える余裕はなかった」
ハンディキャップを課せられた育ち故だろうか。
戦いに――、いや、人生に「世界を救う」とか「未来のため」とか、気持ち悪いことを夢見る人間のことをヴェンスは理解できない。
この世界が不公平に出来ていることを彼女は重々承知しており、よりよい人生を送るために人を殺す必要があるのであればそうする。それだけだった。
「いきなりのカミングアウトには驚くばかりだけど……」
「だが、こんな私にも付き合いの深い人間がいてね。奴はそう思っていなかっただろうが、ほとんど父だな。幼年学校時代の助教だ。で、奴はつい先程死んだ。暴虐皇子の糞親衛隊長のせいで無様に散った。奴が死ぬとは、思っても見なかった。本当に驚いた」
「あんたも不幸自慢してるじゃない」
ニサは切って捨てるように答えた。
義足の少女は親を失くしていたし、身近な人々の死にも若くして慣れている。ジギスムント皇子が総督に就くまで、この星は住みやすい星とは言い難かったからだ。
不公平な世界に押し潰されて、性格がねじ曲がった自覚があった。
両親が死ぬ前の無邪気な自分が、現状を知ったら一体どう感じるだろう。ニサは常々そう思う。まさか当たり屋で生計を立てるようになるとは思ってもみなかった。しかし、しようがなかったのだ。こう生きるしかなかった。
それでも彼女は、望みの薄い、明るい未来を信じて戦う。
すべては妹のため。より良い何かを用意してやるために。
「じゃ、最終ラウンドを始めるね」
ニサは呟き――、
突如、鉱山施設の外周すべてが噴火する。瓦礫の一部と化していた重機の群れに仕込まれていた残りの爆薬すべてが、そのエネルギーを開放したのだった。
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