第35話 それでも彼女は戦う
ニサの行動をすべて予測し、弄ぶように彼女の着地点を事前に破壊し続け、弄ぶようにこの状況を作り出した遺産兵器の使い手は――、
「さて、お嬢さん」
疲れ切って倒れている義足の少女を冷たい目で見下ろしながら、ヴェンスは気怠げな態度を崩さずに語りかける。しかし、彼女に勝ち誇った様子は一切ない。いや、最初から勝利を確信しているからなのしれなかった。それとも、すべてがどうでもいいのかも。
なんにせよ、子供のまま人生が中断した俺にはまったく理解できない表情だった。しかも、この少佐は単なる軍人という以上に複雑な個性を持っているようにも思えた。そんな敵を前にして、義足の少女は一体何をする。これから何が起きる。敗北したニサはどんな目に遭うのか。
雷霆Ⅱの頂上からヴェンスは、相変わらず退屈な調子で――、
「お喋りをしよう」
は?
「……は?」
義足の少女と初めて意見が一致したようだった。驚きや感動や困惑と言った感情が湧き上がる。が、俺は彼女たちから遥か遠くに隠れるように立っているし、俺のような傍観者が何か干渉できるような事態でもなかった。ヴェンスは淡々と続ける。
「黒い軍服を着たガキを探しているのだが、見かけてはいないだろうか。ああ、お嬢さんより年上のメスガキだ。かなりの美少女なのが怒りを一層掻き立てる……。ふぅっ。まあ、なんというか。返したい借りがあるのだ」
義足の少女はごろんと転がって仰向けになる。
俺の混乱は他所に、ニサは事態を理解したような台詞を吐いた。
「そういうこと、ね」
「んん? 何か知っていることでも」
俺はまた置いてけぼりで、会話は勝手に進んでいく。
「もちろん何も知らない。帝国の都合で命を奪われる植民地人の理不尽を、強く実感しただけ。察するに、人違いのせいで私とあんたは戦う羽目になったのね」
「賢いお嬢さんだ。そのとおりだとも。この街がこのような――おお、いつの間にこんな有様に――状況になっているのは、機甲兵を倒しうる戦力があの不愉快な親衛隊長以外である筈がないという、私の思い込みによるものなのだ」
ヴェンスが言う不愉快な親衛隊長はオルスラを意味していて、オルスラがヴェンスに恨まれている原因は彼女がジギスムントのために戦ったからで――、
「いい迷惑、って言葉を知ってる?」
「まったくそのとおり。すまないね。我々が殺しきれていれば、こんなことにはならなかったのだが。代わりに我々が殺される羽目になってしまってな」
「もっと早く言ってくれたら、私も街も不必要に壊れたりしなかったと思うわ。そもそも、帝国がこの星に来なければ、こんなことにはならなかったけれど」
「ならば先ず、タイムマシンを発明するために勉強に勤しみたまえ。天の川銀河すべてに広がった人類がバラバラになったのは、一〇〇〇年前の〈大停止〉のせいだ。人類史に存在する謎すべてを帝国に押し付けるつもりか?」
〈大停止〉。その単語を聞くのは2回目だ。
結局、それがなんなのかは教えてもらえなかったが……、
「お嬢さんは陰謀論者になれるほど馬鹿じゃないだろう? 我らが帝国は〈大停止〉の尻拭いをしているに過ぎない。〈再結合〉は人類の悲願なのだから」
「その過程で辺境惑星の人々がゴミのように扱われるとしても? それがあんたの見解ということ? 不幸だからしょうがないと納得しろって?」
「ふぅっ……。意思決定に関与できる程私は偉くはないし――、まぁ、大事業には困難がつきものだ。それに、幸運という才能は誰しもに与えられるワケではない」
「……あんた、気持ちがいいくらい冷酷ね」
「命令されてやっていることだ。謝ったりはしないとも」
「安心した。ごめんなさいなんて言われたら、頭の血管が切れていたよ」
「どういたしまして、お嬢さん」
「ありがとうと言ったつもりはない」
そして、彼女たちは共に、小さく笑いをこぼした。
くそっ。何が起きているんだ。
何故笑うんだ。この状況で、殺し合った後で、どうして笑う。俺には彼女たちのことがわからない。会話の内容も、会話に込められた感情も、一切が理解不能。
どうにもならない現実を笑い飛ばすことで受け入れようとしている、大人の言動そのものだった。俺が死ぬことを受け入れようとしない両親がやっていたことと、まったく同じで――、
「……じゃあ白状するけれど、探しているガキとやらのことは知らないから、帰ってもらえない?」
「生憎だがそれは無理だ。面識はなくとも、そこで死んでいる男たちは帝国軍人なのでね」
ニサは笑顔を消して言った。
ヴェンスは微笑んだまま答えた。
「じゃあ、ここまでの会話はなんだったの?」
「言ったろう、糞親衛隊長の目撃情報が欲しかったのだよ。お嬢さんが壊れてからでは、話を聞けないからね」
「……再開するわけ?」
そう言って、ニサは左の義足で、使い物にならない右脚を押し潰す。
ギシ。と鈍い音がして、機械部品が飛び散った。
「私にそのつもりはないが、お嬢さんも戦いを止める気分ではないようだから、やむなくだな。まったく理解は出来ないが」
「理解は不可能よ。自分でも納得しているわけではないもの」
「それでも戦う」
「未来のため。そう言ったらどう思う?」
「いやはや、お嬢さん」
そしてヴェンスは乾いた声で笑った。それが戦闘開始の合図だった。雷霆Ⅱの纏う虹が強く輝き、幾条もの光線が義足の少女に殺到する。
だが、ニサの姿は既にない。
彼女が寝そべっていた場所は、抉れた大地と壊れた右脚だけが残っていて、
爆炎がそれを塗り潰した。
義足の少女は奔る。大地瓦礫鉄屑死体が、炎と熱と光で弾けて舞うこの地獄を彼女は舞うように駆けている。髪は千切れ、肌を焼かれ、血を振りまいて、左脚だけでニサは飛ぶ。
死をもたらす様々な種類の光で照らされた彼女の顔は、決意で満ちていて――、
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