第34話 次は、
機甲兵により現地人ともども蹂躙され、義足の少女が機甲兵と死闘を繰り広げる過程で更に破壊された後、宙から突き立った大質量兵器により完全に当初の面影を消失したダイオライト鉱石採掘施設では――、
「ハァァアアア!!!」
ニサが吠える。
SF的性能を誇る義足でもって飛び上がり、目にも止まらぬ速度で駆ける。右脚の機能が止まりかけていることなど嘘のようだった。どういう理屈かわからないが、両足が揃っていた時の素早さを、彼女は片足で実現している。
彼女は音を超え、大気を破り、加速して加速して、死を振りまく脚を――、
「私は別に戦いたくないのだが、否応はなしのようだ」
ヴェンスは気怠げに息を吐いた。
やる気のない表情に反して雷霆Ⅱによる反撃は苛烈だった。ピラミッドをふたつ合わせた立体あちこちから砲口が顔を覗かせ、実体弾と光線を撒き散らす。
暴力の光で、俺の視界が塞がる。
圧倒的な火力。それ以外に表現しようもない。このSF世界で目覚めてから不本意にも銃撃と爆発に慣れ親しんでしまった俺だけれども、総督府の発着場でも、質屋跡地での戦いでも、これ程の破壊力はお目にかかれなかった。
しかし、ニサはただの少女ではない。
噴火中の火口と表現すべき地獄を生み出した雷霆Ⅱの攻撃を掻い潜り、彼女は遂にたどり着く。倒すべき敵の喉元へ。すべてを粉砕する義足、その左脚が、爆発を、光線を、弾丸を超えて、ヴェンスの元へ――、
「ふぅっ! 流石だな!! 機甲兵分隊を単騎で粉砕するわけだ!!」
ニサの突貫は届かなかった。彼女の左脚は、波打つ虹色の幕に阻まれている。
障壁だった。オルスラの攻撃を防いだ無敵の盾。
「それ、遺産兵器だったのね」
「一級だ。なかなかお目にかかれるものではないぞ。感想はどうかな?」
「死んで」
ニサは顔を歪めて飛び去った。雷霆Ⅱの銃撃が彼女を追う。虹色に光り続ける立体は無数の重火器でもって義足の少女を駆り立てた。だが、ニサは避け続ける。
「興味を惹かれる」
ヴェンスは語りかけるような口調で言った。
辺り一帯を火の海に変えながら。
「研究院第八局が戦争省に潰された原因は、過激な機械化人間研究を進めたせいだという噂を聞いた覚えがある。研究物の押収には失敗したという話も……。まさかそれ絡みなのか? 植民地人の手に入る代物ではない筈だよ」
「色々あって――、ねっ!!」
ガン、という轟音とともに重機の残骸が舞い上がる。ニサの反撃だった。雷霆Ⅱに向かう重機の群れに、弾丸と光線が殺到する。爆発。視界が焼け付いた。
赤い光と黒い煙を突き破るようにして、会話が俺のもとに届く。
「二度も接近できたのは驚きだが……、無駄だと教えたほうが親切だろうな」
「ものは試しって言うし」
気づけば、ニサはヴェンスの上にいる。頭上だ。雷霆Ⅱの頂上に貼られた虹の障壁に立っている。彼女は脇に抱えた複数の箱をばらまいて飛び去る。
巨大な雷霆Ⅱが爆炎に包まれた。義足による打撃が通用しないとみたニサが、攻撃手段を変えたのだとわかった。しかし――、
「やはり、戦術支援AIとの神経直結以外にあり得ない。でなければ、十代前半の素人がここまで戦えるわけもない。が……、いやはや、どうして生きていられる? 相当な負荷が掛かる筈だ」
黒煙が晴れる。雷霆Ⅱとヴェンスはそこにあった。何事もなかったかのように。ニサは歯を食いしばっている。何も答えない。
「ふぅっ。まぁ、それはどうでも良い。タネがわかれば対処は簡単だ」
雷霆Ⅱの一角が輝き、光線が奔る。ニサが足場にしていた建物を弾き飛ばす。
その直前、義足の少女は姿を消す。だが--、
「どこに着地するかは予測できる」
予測だと? 何を言っている。ニサを捉えることが出来るとは思えなかった。実際、右脚の故障により動きが鈍った筈なのに、今や彼女は再び俺の目では捉えられない速度で動いている。機甲兵もさっきまでのヴェンスも、まったく彼女に翻弄されていた。
ニサがダメージを負ったのは、彼女の右脚が不意に故障した時と、ヴェンスが降ってきた時だけじゃないか。
「そこの重機か」
光線が奔る。パワーショベルの腕、その関節が焼き断たれた。
一体何だ。何故そこを攻撃――、
直後、溶け落ちた重機の腕があった空間にニサが突っ込む。相変わらず凄まじい速度だった。雷霆Ⅱの攻撃で視線がその場所に吸い寄せられていたから、かろうじて視認できる。
義足の少女は光線が作り上げた空白をそのまま通り過ぎ、別の残骸を足場にして飛び去った。再び小さな影となって消え去った。
まて、おかしいぞ。
今起きたことは一体。
「次は、その煙突」
雷霆Ⅱからロケット弾が放たれている。焼け落ちたパワーショベルから明後日の位置にあるマンションの上階に着弾、爆発。そして、瓦礫と黒煙で作り上げられた雪崩の中に――、
ニサが突っ込んでくる。
今度ははっきりと顔が見えた。驚愕の表情が浮かんでいる。だが、彼女は器用にも宙に舞う建材を幾つも踏み場にして衝撃を吸収。直後、瓦礫が弾ける。ニサは姿を消す。だが――、
「次は、」
「次は、」
「次は、」
「次は、」
「次は、」
虹色に輝く遺産兵器、その頂上に立つヴェンスが攻撃箇所を予測し、光線や銃弾が飛ぶ。破壊が生じる度、そこに義足の少女が突っ込んでくる。その繰り返しだった。破壊があり、そしてニサが現れる。彼女は目指した足場を失うが、臨機応変に対処し飛び去る。だが、直後にヴェンスは予測し――、
あの少佐はニサを弄んでいる。俺は確信した。なんらかの手段で、ニサの行動をすべて予測している。まるで蟻の行列を妨害する子供だ。蟻はニサで。子供がヴェンスだ。厳然なる事実として、蟻が潰されるか否かは、すべて子供の気まぐれに委ねられている。破壊されかけた街並みは、徐々に破壊され尽くされる。
気づけばこの場には、ニサが足場に出来るものは存在しなくなっていた。高速機動を行う余地はもはやない。すべては更地と化している。
故に、義足の少女は、雷霆Ⅱの足元に追い込まれ、倒れることとなった。
「次は……。おや、もう動けなくなったのかな?」
「悪趣味な大人」
それでもニサは、敵を強く強く、睨みつけている。
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