第33話 自明のことのようだった
義足の少女は戦い続けている。
俺はそれを、ただ眺めている。
機械の両足を駆使して街並みを跳ね回り、彼女は何度も機甲兵に近づこうとする。が、その度に正確な銃撃が彼女を襲った。接近は不可能だった。その繰り返し。それが彼女の戦いだった。ニサの持つ攻撃手段はその脚だけ。
敵を倒すには、火線を掻い潜るだけの速度が必要だ。
しかし、ニサの動きは徐々に鈍くなっていく。右脚がまともに動いていないと、素人目にもわかった。機甲兵が生み出す破壊はどんどんと彼女に追いついていく。
遂にニサは跳ね回るのを止め、機甲兵の死角に降り立った。肩で息をしている。鉱山施設の外壁に寄りかかり、かろうじて立っているように見えた。
「好機だ! やるぞッ、グルックナー! 挟み込め!!」
「了解!!」
機甲兵が円陣を――いや、もう残り二体だ。単なる背中合わせか――を解いて、めくれ上がった大地や死体、打ち砕かれたダンプトラックといった遮蔽物を活かしながらニサに迫っていく。
降参しろよ、ニサ。
お前はよく頑張った。何故そこまで頑張るのかはまったくわからないが、頑張ったことだけは確かだ。もう、十分じゃないか。死んでしまう。死んだらお終いなんだぜ。君は生きるべきだ。俺より若い女の子が、何故、戦わなければならないんだ?
そして、回り込むように展開した機甲兵の銃口が、遂に血塗れのニサを向く。頼むからニサ。命を大事にしてくれ。君に死んで欲しくない。君のように精一杯、全力で生きる子供が――、
「用意した車両があれだけだと思った? 聖・バーナード人を馬鹿にし過ぎ」
ニサはそう呟き、直後に爆発がふたつ生じた。機甲兵が炎に包まれる。生暖かい爆風が俺を撫ぜた。何が起きたかまったくわからないが、また命が失われたことだけは確信している。
いま起きたことを理解する前に――、
小さな疑問が解決された。ニサはどう考えて小声で喋っていた。聞こえない距離の筈なのに、それでもはっきりと聞こえた。ああ、脳だけじゃなくて聴力も弄られていたのか。そういえば、このところ遠くの会話を盗み聞くことが多かった。ああ、だからといって良かった良かったとはならないが。
爆発で生じた粉塵は晴れていき、果たして機甲兵二体が大地に崩れ伏していた。 機甲兵が遮蔽物にしていたダンプトラックの姿はどこにも見えない。
右脚の調子が悪くなったことを利用して敵を罠に誘い込み、まんまと倒してみせた。
信じられない。彼女はやってのけた。
人を、街を、星を襲う圧制者を、倒した。
俺より年下の、脚のない女の子が。
「はは、やったよ。アレッタ」
突如、轟音が辺りを支配する。
強化された俺の聴覚がニサの呟きを捉えられなくなった。頭上から響いて来る。空を見上げた。エイの形をした飛行機が、一瞬で飛び過ぎるのが目の端に映った。待て、あのシルエットには見覚えが――、
虹の光が空で煌めく。
直後、大きな何かが降ってきて、すべてを押し潰す。
鉱山施設が一瞬で消失した。大地は空に舞い上がり、重力に引かれて落ちていく。世界が壊れたような轟音が辺りを支配する。
襲い来る瓦礫が腹を打ち、頬を切り裂いた。ただ、奇跡的に大きな怪我はしていない。遺産兵器製の外套が俺を守った。俺はただ、立ち尽くしている。
粉塵が晴れていく。
鉱山施設、その周囲の広大な駐車場に無数に並んでいた重機達はすべて消し飛ばされている。機甲兵の残骸も重機と同様、駐車場と外壁を超えた先の民家のところで吹き溜まっていた。そニサはどうなった――、
ガン、と音がして機甲兵の大きな胴が宙を舞う。
瓦礫の山からニサが現れた。左腕がおかしな方向に曲がっている。しかし、痛がる素振りは一切ない。彼女はへたり込んだままある一点を睨んでいる。強い視線の先、すべての中心に聳えているのは――、
雷霆Ⅱ。虹色に輝く双四角錐、ヴィルヘルム配下の帝国軍が用いる遺産兵器が、ダイオライト採掘施設を押し潰してそこにいた。
「ふぅっ……。外れではないか。おい、何だ貴様は。どう責任を取ってくれる。街の破壊は私の任務ではないのだぞ」
虹色に輝く立体の頂上ピラミッドの頂点から、女の声がする。
酷く退屈そうな口調だった。確か、ヴェンスという名前。ジギスムントを捕まえるためにこの星に送り込まれた、ヴィルヘルムの兵隊、その親玉一人。星戦隊の少佐殿だ。
俺が逃げ出したあの街で、オルスラに部下のほとんどを殺された女。その挙げ句、オルスラとの戦いを急にやめた女だ。
あれ、そういえば。と思った。今考えると、違和感の有りすぎる展開だった。何故あの戦いが起きて、何故あの戦いは急に止まったんだ。あの後、一体どうなった。オルスラは――?
「そこのお嬢さん、金髪碧眼の美少女軍人を見かけなかったかね? 借りを返したいのだが」
完全に晴れた視界の中で俺の目に映る、白い軍服を着た少佐の左腕は包帯で巻かれ、三角巾で吊るされていた。右脚もどこかおかしいらしい。右脇に松葉杖を挟み、体重を掛けないようにしている。
そしてヴェンス少佐はオルスラを探している。つまり、決着はついていない。彼女とオルスラは結局戦い、ヴェンスは大怪我をして、オルスラは逃げた。あの親衛隊長は無事だ。
「ま、そう簡単にはいかないか
ニサはそう呟いて、無理矢理に立ち上がる。
粉塵で汚れた端正な彼女の顔には、闘志だけが浮かんでいる。
戦いは、彼女にとっては自明のことのようだった。
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