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第32話 戦う理由が俺にはわからない

 民家が崩れて生じた粉塵が徐々に晴れていき、瞬く間に機甲兵二体を葬り去った存在が明らかになった。数年ぶりに――いや、二〇〇〇年ぶりなのだろうか――機能を回復した我が目を疑いたくなるような光景だった。


 そこに立っていたのは、


「なん、で……」


 ニサ・オチキス。

 転ばせた罪悪感と恐ろしい義足を背景に、俺から金目のものを巻き上げていった不憫な少女だった。戦場以外の何者でもないこの鉱山施設で、帝国軍機甲兵分隊の敵手として現れるには違和感がありすぎる存在だった。


 機甲兵も俺と同じ気分を抱いているようだ。仲間を殺されたにもかかわらず、直ぐ様実行されるべき復讐を躊躇っている。彼らの銃口は下を向いてさえいた。


「貴様! この星は既にヴィルヘルム殿下のものだ! 逆らっても得はない! 抵抗はやめろ!!」


 呆然という言葉が具現化されたような短い時間が過ぎた後、機甲兵の隊長が叫ぶように言った。声色からは恐怖すら滲んでいる。十代前半にしか見えない少女に対して、だ。


「抵抗をやめろ? じゃあ聞かせてもらうけど、私が抵抗を止めたらこの街は、この星は、どうなるのかな」


「ヴィルヘルム殿下の統治によりますますの繁栄を」


「馬鹿にしないで」


 寒気すら感じるほどの冷たさでニサは遮った。


「大人は嘘ばーっかり。治安維持ならどうして鉱山施設に兵隊を送るわけ? ダイオライト鉱山の権益を取り上げたいだけでしょ? それ以外にあり得る? 植民地がどんな扱い受けるかなんて、銀河上網(Gネット)をハッキングするまでもない。つい数年前まで、まさにこの星が植民地の典型だったし――、今もまた、自由と命を奪われている」


 機甲兵は返事をしない。いや、出来ないのか。

 ニサの言うとおりだからだ。


「私、嘘が嫌いなんだよね。自分が何を言っているか、まったく理解していない奴が吐く嘘がいちばん嫌い。なんでそんなに馬鹿でいられるの。なんで馬鹿のために、私みたいな子供が」


 言葉を切って、深い溜息をつく。


「ま、なんでもいいや。大人には大人の都合があるもんね。許せないけど、しょうがないよね。きっと、必要な犠牲なんだろうね。でも」


 彼女は右脚を大きく持ち上げて――、


「私にも戦う理由があるから。だから、もう少し頑張ってみるよ」


 大地を踏みしだく。

 残り三体にまで数を減じた機甲兵が銃撃を再開した。民家に弾丸の嵐が叩き込まれる。だが、ニサの姿は既にはない。


 義足は、圧倒的な速度を彼女に与えている。

 機甲兵の銃撃はニサを捉えられない。彼女は重力から解き放たれたように駆け、舞い、飛ぶ。銃弾は彼女が通り過ぎた場所をえぐるばかり。ニサの義足がもの凄い性能であることは知っていたつもりだが、あまりに荒唐無稽な動きだった。


 彼女は十代前半で、俺よりもだいぶ若い。

 それが、機甲兵を相手に縦横無尽に戦っている。

 

 だが、ニサも攻撃が出来ないようだった。時折俺の目に映る彼女の端正な顔は焦りに歪んでいるように見えた。機甲兵の周囲を走り回るばかりで、一向に近づくことが出来ない。機甲兵はそれぞれを頂点に配置した正三角形を保って銃撃を続けている。


 ニサは機関砲がもたらした爆煙に突っ込んで――、

 

「どこだ!! どこだ!!」


 敵の一人が叫ぶ。直後、轟音と共にダンプトラックの残骸が空を舞った。

 機甲兵の陣形に向かって落ちていく。


 三体の機甲兵は反射的にそれを銃撃。ダイオライト鉱石を運び出すために作られた運搬車両は宙で爆発する。既に義足の少女は駆けている。低く、爆発の下を潜るように。


 ダンプトラックは囮か。気付いてからはあっという間だった。銃口が逸れた隙をついて、ニサは敵の足元にまでたどり着く。大地が弾け、同時に機甲兵の頭部が舞う。赤。中身が溢れる。少女は無意味化した機械の塊を足場に飛び去る。


 無言の激高とともに、二体の機甲兵の大口径機関砲が絶叫する。火線が小さな反逆者を追う。ニサはぎりぎりで避ける。街並みを活かして飛び回っている。


 そして俺は気づく。

 彼女の姿が目で追えるようになっている!


 民家の屋根に着地したニサが崩れ落ちた。右脚の動きが悪いように見える。立ち上がれないようだ。


 まずい、まずいんじゃないか。このままじゃ――、


 火線が遂に追いつき、ニサがへたり込んでいる建物ごと倒壊した。遠くで眺めるばかりの俺のところまで、粉塵が僅かに届いてくる。



 石と木材で出来た塵が鼻腔を刺激するのを感じながら、俺は立ち尽くしている。



 死んだのか、ニサが。

 どう捉えて良いのか、まったくわからない。怒るべきなのか、悲しむべきなのか。それとも、喜ぶべき? あの少女には酷い目にあわされた。それだけは間違いない。


 だが、どうだろう。


 ニサは妹を大事にしていた。俺にも理解できる感情であり、理屈だった。ニサは不自然なほど大人びていると同時に、普通の少女でもあったのでは? そんな彼女が死んだことを、俺はどう思えば。


「クソっ、まだだ!!」


 まとまらない思考を機甲兵の叫びが切り裂いた。機関砲が再び回転を始めた瞬間、崩れた民家から幾つもの瓦礫が弾ける。広がった粉塵を突き抜けていく影の中に、小さな少女の姿がある。


 ニサだ。

 死んでいなかった。よかった。無事だっ――、


 いや、違う。

 軽やかに空を飛ぶかに見える彼女の右腕は、まったく意志の存在を感じさせないものであり、同時に腕と呼んで良いものか迷う状態だった。端的に言えば、肘から先が潰れている。義足の少女を追うように血が舞った。


 どう見ても重傷だった。


 だが、ニサは、戦いをやめようとはしない。火線が彼女を追い続ける。ニサは強い視線で残る二体の機甲兵を睨みながら、血をこぼしつつ激しく飛び回る。重機と死体、そして民家が散乱したこの空間を舞う。俺の目に映る彼女の端正な顔は、苦痛のせいだろう、醜く歪んでいた。


 それでもニサは戦い続ける。シンプルな言葉が似合う女の子ではないが、彼女の「闘志」は一切色褪せるところがないようだった。


 ニサは戦い続けている。

 顔を歪めながら、血を撒き散らしながら。


 君は、俺より年下の女の子なのに。大事にしている妹と一緒に逃げればいいのに。どうしてだ。どうして君は戦うんだ。俺にはわからない。


 ベッドで寝ていただけの俺には、まったくわからない。


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