第31話 でも、しょうがない
脳内であらゆる感情が渦巻いた末に唯一具体化した思考は、逃走の二文字だけだった。四方八方から爆発音が響いてくる中で出来るのはそれだけだ。だが、壁に立てかけていた例のバイクに跨っても、何故かエンジンは掛からなかった。
だから俺はふらふらと歩いた。あてどなく。
どうすればいいかまったくわからないけれど、このままここにいるのは危ない。それだけはわかった。だけど、どうすればいいんだ。どこに逃げれば? くそっ、思考がまとまらない。いよいよ完全な混乱に陥っている。
脳裏に浮かぶのは目覚めてから見た人々の顔だ。
大通りにひしめく市民は万歳を叫んでいた。衛兵や侍女は、ジギスムントを守っていると信じたまま死んでいった。暴虐皇子を倒そうと動いたヴィルヘルムの余裕のない表情。気絶する親衛隊。恐怖と不憫が半々の幼い姉妹。何も分からないままに巻き込まれた可哀想な現地人。そして、罵られるべき支配者を酩酊しながら褒め称える男たちと、強面に似合わず優しさを備えた食堂の店主。
何を思って死んでいったのだろう。生きているのだろう。俺は病室以外のことはわからない。そんな俺が、人生を全力で生き抜く男たちの、女たちの、叫びを、選択を、生き様をどう受け止めれば良い。
俺にはわからない。
わからないんだ。
だが、何故だろう。一番印象に残っているのは、何故かオルスラの無表情だった。あの美少女はジギスムントの親衛隊長の筈だが、悪口を嬉々として敵に吐露していた。まったく意味がわからない。それでも、彼女がジギスムントのために戦っていたことだけは確かで――、
ああ、人はどうして戦うんだ。
ふらふらと通りを彷徨って辿り着いた場所を眺めて、改めてそう思った。
開けた場所だった。総督府の発着場とまで言わないがとても広い。中心にはお椀を伏せたような建物があって、ダンプトラックが大量に停まっている。
そして、人と人が殺し合っている。
俺の行く先では常に命が奪われるのか。
「なんとしても守れ!!!」
悲壮な叫びが無数の銃声を超えて俺の耳に飛び込んできた。
グレーの作業服を着込んだ数十人が、機甲兵の一隊と戦っていた。いや、殺し合いではない。一方的な殺戮だった。
殺戮をする方、人間を三回り膨らませたような機甲服は白にペイントされている。つまり、ヴィルヘルムの部下がこの星の現地人を殺している。これが治安活動の実態かよ。
作業服の男たちは俺の時代の映画に出てくるような銃を持って反撃している。が、帝国軍の正式装備には通用しない。すべての努力が無駄だ。一応の重装備を保有していた官憲ですら何もできなかった、帝国軍星戦隊が敵なのだから。
機甲兵は五体。密集した隊形のまま大口径機関砲を唸らせ、植民地人を殺していく。突然目が赤で眩んだ。同時に轟音。作業服の男たちが遮蔽物にしていたトラックの燃料か電池が爆発したらしい。
何かが降ってきて、甲高い音俺の目の前で鳴る。勢いそのまま、その発生源がこちらに滑ってくる。俺はそれを、麻痺した脳のままぼんやりと眺める。
見知らぬ文字だったが、改造された脳のおかげか意味がわかった。
鉱山施設を意味する言葉が書いてある。
そうか。と、殺戮を眺めながら思う。ダイオライト鉱山なのか、ここは。この星に住まう人間の希望、その源泉たる希少鉱物の採掘施設。厳つい顔の店主が、「鉱山施設には近づくなよ。真面目な連中がテロ対策で集まってるからな」とか言っていたような。だが、彼等もまさか、帝国軍と戦う羽目になるとは思っていなかったろう。
ヴィルヘルムの部下は、この星の住人にとって大事なものを壊そうとしている。
何故? 帝位継承戦争とやらで上に行くために、彼はジギスムントを確保しようとしている。街の破壊を見たジギスムントが諦めて捕まることが望み。それがこの星を破壊し、自由のない植民地人を殺す理由のすべてだ。
しかし、本物のジギスムントはここにはいない。
いるのは影武者。その中身は、二〇〇〇年前から蘇った無知な少年だ。
戦いは激しさを増す。鉱山施設全体が噴火したような気さえする。作業服の男たちは更に散開し、全周からの攻撃に移行している。
だが、機甲兵たちは手際よく片付けていく。大口径機関砲がすべてを薙ぎ倒していく。連続した火線が伸びるたび、人が弾け飛ぶ。
植民地人の放つ小火器や手投弾は無視だった。機甲兵には普通の攻撃は効かない。そう、対空砲みたいにでかい馬鹿げた大砲か、遺産兵器でもなければ、どうしようもない代物なのだ。俺はそれを知っている。
密集隊形を維持したまま中心の建物に近づいていく。
ゆっくりと動きながら、正確に植民地人を殺していく。
ぼんやりとした思考のまま、脳の奥底が微かに違和感を覚えた。
どうせ攻撃が通用しないなら、散開した方が簡単に蹂躙できる筈。奴らは何かを警戒している。よく見渡すと、戦闘の中心から離れた場所に機甲兵が一体転がっている。胴の中心が凹んでいた。すると、植民地人にも反撃方法が――、
考えはまとまらない。手投弾が機甲兵の中心で爆発したのと同時に、ダンプトラックがいきなり十台程動き出したからだ。機甲兵に向けて突進する。
だが、円陣を組んでいた機甲兵に奇襲は通じない。次々と運転席が撃ち抜かれた。が、スピードの乗った大質量物は止まらない。そのままの勢いで円陣につっこんでいく。
「星・バーナードの未来のために! お嬢! 後は頼ん――」
ダンプトラックの群れが一斉に弾け飛んだ。閃光。突風。あの発着場で、鮫みたいな戦艦が腸を覗かせるに至ったのと同じくらいの爆発だった。
しばらくして、爆煙が晴れると--、
機甲兵が一体だけ倒れている。
一体だけだった。残る四体はどう回避したものか、十数メートル離れた場所に散らばって立っている。装甲の白いペイントが少し焼け焦げていたが、どう見ても無傷。一方、もはや植民地人の抵抗はなくなっていた。ダンプトラックの特攻をお膳立てするために、他の作業員達は死んだらしい。
ヴィルヘルムは僅かな犠牲でこの星でもっとも重要な施設を奪い取った。
この星にはここ以外にも鉱山施設があるだろうが、ヴィルヘルムが派遣した部隊がこいつらだけとは思えない。そして、他の場所でも同じことが起きている筈。
つまり、彼らの死はすべて無駄死にだったということに――、
「円陣を組み直せ! 全周警戒!!」
「敵影視認できず!!」
「くそったれ!!! なんでこんな目に!!!」
しかし、残った機甲兵が慌てて叫びながら集結しようとしている。今度は何が。もはや敵などいない筈。いや、そうか。あの一体だけ離れて倒れていた機甲兵の胸部、不自然に凹んでいる!
瞬間、小さな影が目の端に映った。
「やつを撃て!!」
機甲兵の大口径機関砲が唸りを上げた。しかし、銃撃は影にかすりもしない。転がるダンプトラックを利用しながら、ものすごい速度で駆け回っている。正体はわからない。俺の目では捉えられない。
速さに翻弄されるのは機甲兵も同じらしい。
残った四体のうち二体が集結を止めて追跡を始めた。巨体の割に素早い動きだ。ダンプトラックの特攻から逃れたのには理由があったということか。小さい影は素早く追いつけそうもないが、連携しながら鉱山施設の外壁に追い込んでいく。
「待て! 円陣を優先しろ!!」
指揮官と思しき機甲兵が叫んだ瞬間だった。鈍い轟音が俺のところまで届いてくる。そして、追い回していた一体が崩れ落ちた。小さな影が飛び去る。
俺がここに来た時から倒れていた機甲兵と同じく、胸部が大きく凹んでいた。白い塗装に赤が滲んでいる。外部圧力に負けて、内容物が噴出したんだ。内容物については考えない。
激昂した残りの機甲兵が乱射を始めた。いや、乱射じゃない。その火線には意志がある。仲間を殺した影を追っているのか。機甲兵の持つ大口径機関砲は瞬く間に外壁を粉砕し、その奥にある民家の群れを倒壊させた。粉塵が舞う。
「くそっくそぉ! よくもギュンターを!!」
いつまでも続くような銃声を突き抜けて、機甲服から絶叫が撒き散らされている。どうして声がダダ漏れなのかと思ったけれども、そう言えば電場妨害があるんだった。帝国軍も音声で意思疎通を行っているんだ。
「ぶっ殺してやる!!」
機甲兵は叫びながら突進していく。粉塵の中に消えていく。集合した残りの三体は一切の射撃を行っていない。同士討ちを避けるためか。
数秒して――、
一瞬、すべての音が消えた。乱射される重火器の奏でる騒音も、大質量が大地を踏みしだく轟音も。数秒して、静寂が破られた。金属同士がぶつかる甲高い間抜けな音がして、何かが粉塵から飛び出てくる。
機甲兵の頭部。赤い液体でドリップペインティングが行われている。中身は入ったままだったらしい。そして、粉塵の中から声がする。
「まだ三体も残ってる。うんざりしちゃうよね。一応知っておいてもらいたいんだけど、人殺しは今日が始めてなんだからね。殺人処女を失ったその日に沢山相手にさせないでほしいな。期待が重いよ。なんで私がこんなことをしなきゃならないのかなぁ」
それは女の子の声で、どこか超然とした雰囲気で、何故か聞き覚えがあって――、
「ああ、そっか。当たり屋になるために生まれた女だからか! 当たった先が機甲兵、ってこともあるよね!! ははっ」
頭部に続いて粉塵から出てきたのは、義足の少女だった。
あらゆる人種の血が混じっているとしか思えない肌と、調和の取れた造作の顔の持ち主だ。その顔には、年齢に見合わない不自然に老成した表情が浮かんでいる。彼女は笑っている。だが、同時にすべてを恨んでいるようにも見える。
「でも、しょうがない。私しかいないんだから、私がやらなきゃね」
ニサ・オチキスはそう言った。
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