第29話 彼らはどんどんと酔っていく
「聖・バーナードに発令中の戒厳令について市民に説明する。なお、本放送はイタリア語、フランス語、合成中部アジア語で同時放送される」
突如放送を始めたテレビに向かって客たちが歓声を上げる。店内は大喝采だ。
「来た! 待ったかいがあったぜ!!」
「解放戦線の仕業に百クレジット賭ける!」
「誰も乗らねぇよ! 帝国人が何人死んだかにしようぜ。俺は30人!!」
「帝国の連中が酷い目に合えば何でもいい!」
働き盛りの男たち数十人が歓声を上げて口々に叫ぶ。
この街に、いや、この星に住まう現地人にとって、戒厳令は喜ぶべきことらしいと俺は理解した。戒厳令が発令されるということはテロが起きたということで、それは銀河帝国への反抗を意味している。
彼らは銀河帝国を憎んでいる。やはりジギスムント、お前は死ね。自分が治める星に住む人々にそう思わせたのはお前だ。俺は、誰からも憎まれるお前に成り代わるために蘇ったのか?
「早く星府を映せ!!」
誰かが叫んだ瞬間、小さな画面が切り替わった。
この星の首都、星府が映し出されるが――、
黒煙がいたるところから立ち上っている。映像がズームされた。街並みは崩れ、通りには大きな穴が空いている。逃げ惑う人々の姿。着の身着のままで、その顔は恐怖で歪んでいる。
衝撃のあまり声も出ない。
涙はいつの間にか引いていた。
そして、郊外の総督府に映像が切り替わる。星型要塞の跡地に作られた銀河帝国支配の象徴は、炎と黒煙で姿が全く見えなくなっている。その上空に浮かぶ戦艦の形をした骨董品、サンダラーは傷一つなくその巨体を誇っていて、それが却ってグロテスクに見えた。
「星府を中心に数都市で正体不明の武装勢力によるテロ活動が確認されたため、聖・バーナード全土はヴィルヘルム殿下による戒厳令下におかれている。植民地法で定められた市民の外出権は制限された。決して家から出ず、次の指示を待つように。繰り返す。星府を中心に――」
テレビは同じ映像を繰り返すようになっていた。客たちの顔には、唖然とした表情が一様に張り付いていた。外出を禁じる音声だけが響いている。
「これって……」
誰かが間の抜けた一言を口にした。
それを切っ掛けにして、怒号が飛び交った。
「総督府が半壊してたぞ! ジギスムントは無事なのか!?」
「解放戦線がこんなことできるワケねぇ!! これまでせいぜい警察署か小さな軍施設がいいところだった。やつらにそんな力は残っていない!」
「おい、誰かネットできないのか?」
「電波妨害を忘れたのか馬鹿」
「だから有線端末のあるこの店に集まったんだろ。そうじゃなきゃこんなに混まねぇよこの店。飯はマジで並だし」
「総督殿下の艦隊は一体何してるんだ! 今日はパレードだったろうが!!」
「おい、誰か俺の店を馬鹿にしたか?」
「ヴィルヘルムって誰だ。知ってるやついる?」
「一番おかしいのは今も流れているあの映像だ。総督府が炎上しているのを総督府が放送するか? 普通隠すだろ」
「同胞たちが滅茶苦茶巻き込まれてるぞ……」
「テロじゃないし、総督府もおかしいとくれば」
「帝国人共の内紛だろ。くそっ」
どよめきが酒場を支配していて、一向に止む気配がない。
俺は違和感を覚える。あれ、なんだこれ。植民地支配を受けている人々は、総督府が崩壊しているニュースで喜ぶべきなのでは? なんで怒ったり悲しんだりしているんだ。ついさっきまで、帝国人が酷い目に合うことを喜んでいたのでは……。
「うーむ、総督殿下が無事だといいが……」
混乱したままの脳と耳が、強面の店主がぽつりとこぼすのを捉えた。店主は確かに、ジギスムントを心配する台詞を口にした。どういうことだろう。ワケが分からなくて、素直に聞くことにした。
「銀河帝国が、ジギスムントが憎くないんですか?」
厳つい店主は溜息をつく。
「……兄ちゃん、そっちの人?」
「そっち?」
「反帝国派かって聞いてんだよ。くそっ。普段なら叩き出すところだが、金貨をもらっちまった。いや、もちろん帝国は好きじゃないさ。だがなぁ……」
「『暴虐皇子』なのに。あんな馬鹿で最低で冷酷で腹黒い男なんてどうなっても」
「兄ちゃん、この店でジギスムント批判はよせ」
「……どういうことです?」
「この光景を見ても、まだわからねぇのか?」
まったくわからない。貧乏そうな男たちが明るいうちから酒を飲んでいるだけだ。ついでに言えば、彼らは自分たちの星を支配する帝国人を恨んでいる。それがどうして、ジギスムント批判を避けねばならならないのだろうか。
「うーむ。本当なら反帝国派の奴に便宜を図るいわれはねぇんだが、代金を貰いすぎてるからな……。教えてやるか」
店主は大声で叫ぶ。
「ろくでなし諸君! ジギスムントのご無事を祈って、一杯飲もうじゃないか!! お代はこの兄ちゃんが出してくれるとさ!!」
注目がこちらに集まる。突然叫ぶなよおっさん。客の皆さんも驚いてまた静かになったじゃないか。それに、俺の出した金貨は見ず知らずの男たちに酒を奢るためのものじゃ――。いや、そうじゃない。
マズいぞ。俺に注目が集まったらマジでマズいんだ。俺は、この星で生まれ育った現地人にとっては巨悪的な存在、ジギスムントなんだ。まったく不服なことに。くそっ。空腹に負けるべきではなかったか! その辺の石でも齧って――、
「暴虐皇子万歳!」
「兄ちゃんと殿下最高!!」
「ジギスムント! 死なないでくれ~!!」
「酒と殿下に!!」
「俺たちを見捨てないでくれ!!」
おくべき、だっ、たか……? あれ、なんだこの反応。
狭い店内にひしめく男たちは陽気に叫びながら俺の肩を叩き、厳つい店主から酒を受け取っていく。それが何百回も繰り返された。彼らはどんどんと酔っていき、ジギスムントの名を叫び続ける。
どういうこと?
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