第27話 答え合わせ
ジギスムント殿下の影武者として二〇〇〇年の時を超えて蘇った少年が逃走に移ってから、既に十分ほどが経過している。
舞台は崩壊した広場に戻る。辺り一面は瓦礫で埋まっているが、ところどころで白と赤が目立つ。白は軍服、赤は血であった。ヴィルヘルム皇子隷下の帝国宇宙軍星戦隊第五五七大隊選抜小隊、総勢五十一名の残骸であった。
数年前まで聖・バーナード星においては解放戦線による反帝国テロが頻発していたから、これくらいの死体の山はそれほど珍しい光景ではなかった。
しかし、この地獄の具材が銀河帝国正規兵であることと、地獄を作り出したのがたったひとりの人間であることを踏まえれば、血に塗れたこの星の歴史書においても特筆すべき出来事なのかも知れなかった。帝国軍の敗北は非常に珍しい。
地獄絵図を眺める人間はたったのふたり。
親衛軍大尉、メテオラ・オルトギース。
軍服を無理やり着せられた人形、のような印象を周囲に与える金髪碧眼の美少女だが、帝位継承戦争のダークホースたるジギスムント皇子の親衛隊長を任されている。メテオラの使命は、彼女の主人を守り抜くことにある。
宇宙軍少佐、エレア・ヴェンス。星戦隊所属。
その敵手ほどの年齢ではないが、若い女であった。垂れ目と覇気のない表情のせいで初対面の人間は誤解するが、未だ銀河帝国にまつろわぬ蛮族宙域での鎮定戦で活躍した歴戦の勇士であった。エレアに与えられた任務は、ジギスムント皇子を確保することだ。
敵として出会ったふたりは今、
「……と、まあ。こんな具合でして。上官として頂くにしては難がありすぎるお方なのです。ジギスムント殿下は」
「ふふ、随分主君をぼろくそに表現するね。いと尊き血筋のお方に対し、不敬が過ぎやしないかな?」
銀河帝国皇室を題材に談笑をしている。この広場に立つふたりの女には、本日が歴史書にどう記されるかはまったく関係のないようだった。
「いや、笑わせて貰ったよ。不謹慎ネタはやっぱり面白いね。こういう真面目な仕事についていると特にそうだ」
「光栄です、少佐殿」
「一連の悪態を聞いたせいで余計に分からなくなったから……、もう一度質問するよ。貴様ほどの強さを持つ人間が、何故暴虐皇子に仕えるのかな? それほど嫌っているのに」
ヴェンス少佐は改めて尋ねた。
「勘違いしておいでのようですが、小官は殿下を嫌ってなどおりません」
オルスラ大尉は叩き切るように答えた。
「…………まぁ、殿下を理解できないのは当然です。ジギスムント殿下は、ご自身の力を曝け出す相手を選びます。小官は殿下の剣にして盾です。あの御方は世界を救います。殿下がもたらす未来のため、すべてを投げ打つ覚悟ができています」
オルスラ大尉はポーカーフェイスのまま、世界の理を説く導師のように続けた。
ヴェンス少佐はあっけにとられる。これまで主君の悪口を嬉々として――無表情ではあったが――語っていたオルスラ大尉が何故、忠誠心が具現化したような台詞を吐いたのか。文脈がまるで崩壊している。
「……最近の若者の言うことはよくわからないな」
ヴェンス少佐は不愉快そうに言う。
「世界を救うだと? 帝国が現に救っている。〈大停止〉後の人類を再び繋ぎ合わせたのは間違いなく我々ではないか。全然わからん。ジェネレーションギャップか? 私もまだぎりぎり二十代で、若者の筈なのだが」
彼女は優秀な帝国軍人として知られているが、皇室尊崇の念は薄い。ヴィルヘルム皇子の軍団で働いているのはまったく戦争省の人事の都合であって、出世できれば何でも良かった。彼女は自らの利益に忠実な、合理的な人間であった。
だからこそ、無軌道に暴力を振るっているとしか思えないジギスムント皇子のことを評価していない。そして、その皇子を崇拝する感情を理解できない。
「まあ、なんでもいいか」
同時に、理解など不要だと信じている。喉を鳴らすだけの小さな笑いを漏らした。
彼女は軍人だった。彼女は戦地にあり、果たすべき任務があった。相互理解は不要だった。
「価値観の違いというやつか。貴様が部下なら私に合わせてもらうところだが、そうではないからね。別のコミュニケーションが必要だろう」
「もうひとつ質問をよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「何故、時間稼ぎをされているのですか? 少佐殿の遺産兵器は、大分前に起動可能となっている筈ですが」
「どういう意味だろうか」
オルスラ大尉のポーカーフェイスが崩れている。
口の端に獰猛な笑みが浮かんでいる。
「意味のない会話になんで付き合ってんだ、って聞いてんだよ。クソババァ」
ヴェンス少佐は楽しそうに笑ってから答える。
「貴様がこの茶番を切り出した理由と同じだ。貴様はさっさと私を殺すべきだったな、クソガキめ」
すべては時間稼ぎだった。初対面な上に殺し合った直後にもかかわらず、場違いな談笑に興じていたのには理由があった。互いの政治的立ち位置は遠く隔たっていたし、なによりもまず、彼女たちは軍人だった。
軍人すべてが任務遂行に命を賭けるわけでもないし、彼女たち自身もそれほど単純な性格をしてはいないが、少なくともこの時、勝利に必要な行動を採ることに疑念はなかった。
「ん、そろそろ良い頃合いだ」
ヴェンス少佐がそう言った直後、オルスラ大尉は巨大な影に包まれる。待機期間を終え、虹色の立体がヴェンス少佐の背後に顕現した。七十五年式地上戦闘防盾、通称雷帝Ⅱが展開されたのだった。
揚陸戦特化の一級遺産兵器。
その即席の城塞は、あらゆる攻撃を弾く防御力とすべてを粉砕する火力を備えている。
オルスラ大尉は水銀甲冑の兜を下ろし、再び剣を構えた。禍々しさを放つ流体金属製の鎧が一層強く輝き、背部の銃器群が鈍い唸りを上げる。
「おっと、もう少しだけ待ってくれ。何、たった数秒だ。時間稼ぎがしたいのだろう? 付き合ってやる」
彼女たちの上空、大気を轟音が切り裂いてエイ型の飛行機械が飛び抜けた。ジギスムントの艦隊が遠く星の海の彼方に消えた今、この星における制空権はオルスラの属する勢力ものではないから――、
飛行機械から小さな影が飛び降りた。直後、虹が煌めく。ふたつの巨大な雷霆Ⅱが宙に出現し、大地に突き立った。オルスラ大尉を囲むように。瓦礫が舞い、地に降り注ぐ。
「これで、私と貴様の時間稼ぎは共にうまく行ったということになる。さて、後は貴様がどれだけ粘るかだが……。あっさり死んでくれるなよ? 部下の恨みはきっちり晴らしたい」
「…………」
ヴェンス少佐は確実にオルスラ大尉を排除するため、同僚の集結を待った。オルスラ大尉はどこかに消えてしまったジギスムント皇子が確実に逃げ出せるよう、敵をおびき寄せた。
新たに出現したふたつの雷霆Ⅱから声がする。
「最後の一撃は私に任せて欲しい。ヴェンスもルオも、それで構わないかな? 私も随分部下を殺されたものでね」
「なんでも良いですよ。先輩方と違って、僕の隊は損害軽微ですから」
この星に降り立ったみっつの星戦隊小隊、その隊長が揃ったのだった。アイールとルオ。ヴェンス少佐と同じく、揚陸戦用の遺産兵器を運用している。
ふたりはヴェンス少佐の連絡を受け、直卒する部下の指揮を投げ出してここに来たのだった。年齢も人種も少佐任官の時期もそれぞれ異なり、普段から決して仲が良いとは言えない関係ではあるが――、
「このガキを殺せればなんでも良い。協力してくれるだろうか」
「もちろんだ」
「先輩方に従います」
三人共、この親衛隊長を殺せばすべてが解決すると理解している。その認識は正しい。ジギスムント皇子が差配する組織の中で、唯一抵抗を続けている組織が親衛隊であって、その最高戦力がオルスラだった。
「素晴らしい」
オルスラは呟き、獰猛に笑った。ここに敵の最高戦力が集中しているということは、彼女の主君が逃げやすくなったことを意味する。歓迎すべき事態だった。後は戦うだけだったオルスラは駆け出した。
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