第26話 もう、うんざりだ
「……貴様も?」
オルスラは会話に応じることにしたようだった。
ありがたいぜ。俺も何が起きたのか知りたい。
「貴様が親衛隊の最高戦力であることに疑いはない。それが単騎で、接触すらしていない敵戦力にわざわざ突っ込んでくるだと? 余程の理由があるに決まっている。貴様が親衛隊なら、答えは一つしかなかろう」
「お答えしかねます」
「答えているようなものだよ、それは……。わざわざ言うまでもないことだが、我々はまだジギスムント殿下を確保できていない。考えても見ろ。既に捕まえていたらとっくに宇宙に帰っているさ。貴様ら親衛隊諸君とバカ正直に戦う必要はないのだ」
銃声と爆音が遠くで響いている。オルスラを除く親衛隊は、別の部隊との戦いを継続しているらしい。
「……ふぅっ。だから、ここらでやめにしようと言ったんだ。なぁ、私はもともとこの任務に乗り気ではないし、可愛げのない部下共が全員死ぬのも困る。こんな有様でも、数人は生き延びている筈だからな。病院に連れていきたい」
「……お優しいのですね」
「遺族に手紙を書くのは面倒なんだ。枚数は少ないほうが良い。貴様、それほどの遺産兵器を所持しているからには隊長だろう。ならば、気分はわかる筈」
「つまり、武装解除してくださるということですか? あなたが降伏してくれれば、殺さなくて済みます」
「なかなかおもしろい冗談だ」
「小官は本気で言っているのですが」
「……武装解除すべきは君だ。このままやりあえば、たぶん私が勝つ」
「あなたと交渉すべきでなんでしょうね」
「星戦隊所属。宇宙軍少佐、五七七大隊を預かるエレア・ヴェンスだ」
少佐の名乗りに応じ、オルスラは兜のみ解除し素顔をのぞかせる。
相変わらずのポーカーフェイスであった。
「小官はオルスラ親衛軍大尉であります、少佐殿。恐れ多くもジギスムント殿下の親衛隊長を拝命しています」
「よろしく、大尉」
「よろしくしたくはありませんが、親睦の代わりにひとつお伺いします。少佐殿は何のために戦うのでしょうか」
オルスラは唐突に質問する。いきなり何を聞いているんだ。ヴェンス少佐も疑問に思ったようだった。首をかしげている。
「……ふむ、考えたこともない。強いて言えば、仕事だからかな。宇宙から勢いよく降りて、大地で戦う。それで給料を貰っている」
「小官にも仕事があります。帝国への奉仕がそうです」
「私の仕事もそれだよ。軍人とはそういうものだ」
「少佐殿の行動は帝国の害となっています。次期皇帝には、ジギスムント殿下こそ相応しい」
「……ああ、そう。そういうタイプか。だが私はね、帝位継承戦争などどうでもいいのだ。少しでも楽しく暮らしたいと言うだけ」
「怠慢ですよ、それは」
「仕事はしているさ。だからここにいる。しかし、まあ……。どうしてだろう。貴様ほどの強さを持つ人間が、何故『暴虐皇子』に仕えるんだい?」
息も整ってきたし、さっさと逃げ出すべきだったけれど……、それは俺も疑問に思っていた。親衛隊の中でオルスラだけは、ジギスムントの振る舞いを恐れていないようだった。それなのに、彼女はジギスムントのために殺戮をやってのける。命を賭けて。いったい何故だろう。
場合によっては、オルスラに回収されてもいい。少なくとも彼女は味方だし、あわよくばもう一度逃げ出すことも可能だろう。親衛隊の警備は良くも悪くもジギスムントに配慮されすぎている。
オルスラは溜息をつき、言った。
「確かに、ジギスムント殿下は『暴虐皇子』と呼ばれて全く違和感のない存在です。部下のことを替えの効く機械くらいにしか思っていないことは確かですね。殿下は毎日のように剣を振るいますし、年に十二回は誰かの手が飛びます。その理由に納得がいけば良いのですが、決してそんなことはありません。ああ、何故小官はあんな人に忠誠を誓っているのでしょう。何か騙されているのかもしれませんね。殿下が死ぬとしたら。小官がその下手人でありたいものです。ああ、他にも――、」
おいおいおいおい。
お前もジギスムントを恨んでいるのかよ。
この時代に生きる人間はすべて俺を殺そうとしているのか?
嫌気がさす。もう、うんざりだ。
やはり逃げよう。オルスラに回収されるのはなしだ。オルスラは感情がなさそうに見えるけれど、滅茶苦茶やばいのはこれまでのあれこれで理解している。怒りが爆発した時に何が起きるのか。その矛先が俺に向くのは勘弁だ。
すべてに背を向けて、俺は走り出した。
戦いのことなんて知るか。関係ないぜ。
煉瓦造りの裏路地を駆ける。どこに行けば良いのか、それは分からない。でも、少しでも遠くへ。こんなやばい場所に一秒でもいたくない。あんな戦場のど真ん中で生き延びていたのは奇跡だ。幸運がこれから先も続くとは思えない。
全力疾走のまま角を曲がって、何か重く硬いものに脚がぶつかった。
その衝撃で俺は転ぶ。ごしゃっと音がして、何かが倒れた。
許せねぇ!
ぶっ壊すぞ!!
振り向くと、それはバイクだった。車輪はついていなかったけれど、車輪の代わりに何か得体の知れない機械が下向きについていて、なんとなくバイクだと思った。
前と後ろに突き出る移動力源――移動力源? そんな言葉あるか?――があって、座席とハンドルがあればそれはバイクに決まっている。
クソっ、SF世界観め。「俺はバイクを蹴飛ばして転んだ」と表現するのにもこれくらいの労力がいるのかよ。そうとも、俺は動かないバイクにぶつかって転び、そしてキレたんだ。情けない男だと思う人もいるかもしれないが……、よく考えてほしい。俺は命がけの疾走中だったんだぜ。少しでも遠くに逃げたいというのは当然の心情――、
ん、バイク?
まぁ、俺の知るバイクとは大分違うが、これを使えば遠くに逃げられるのでは? 俺は倒れたバイクを起こして跨り、ハンドルをひねってみる。尻から静かな振動が伝わってきて、エンジンかモーターかは知らないが、このバイクが動くと分かった。
ならば結構。
なんでもいいからここから逃げ出そう。運転なんて四輪も二輪もしたことないし、ましてや無輪をどう動かせば良いのかわからなかったけれど、細かいところはこの体のポテンシャルに期待しよう。ハンドルを更に捻る。バイクが静かに浮いた。
結論から言えば、俺は見事にバイクでの逃走に成功した。
もちろん、ジギスムントの身体が優秀だからではない。科学の進歩のおかげだ。この浮遊バイクはかなり自動制御が効いているようで、俺の意を汲んで勝手に飛んでくれた。
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