第25話 殺戮と対話
突如として空から現れ、部隊の中心に衝撃とともに突き立った水銀の騎士。唐突過ぎる展開に、兵士達の誰もが思考を放棄した。
周囲を静寂が一瞬支配し――、
「兵装使用自由!! あれは一級遺産兵器だ!!! 雷霆Ⅱの再展開まで時間を稼げ!!」
少佐の怒号が響き、兵士達が我に返る。その動きは素早い。少佐が言葉を言い終わる前に攻撃を開始する。
銃を持った兵士達は即座に伏せ、水銀の騎士めがけてあらん限りの物理弾や光線を浴びせかける。巨体の機甲兵は甲高い駆動音を撒き散らしながら巨体を押し出し、両肩の機関砲を唸らせる。浮遊対空砲は長い砲身を地面と水平に倒し、遙か上空の飛行機械を粉砕するための弾頭を、たった十数メートル先を目的地として放つ。
重装備の補給を受け完全に戦力が整った暴力装置が、その力を真に発揮したのだった。
そして、オルスラは――、
水銀の騎士は――、
「ジギスムント殿下をどこへ隠した」
巨大な対空砲に向かってゆっくりと歩く。
襲いかかる光線や銃弾は、無敵の鎧にすべて阻まれる。彼女の歩みは止まらない。機甲兵の突貫を片手で弾き、対空砲の直射を剣で切り捨て、前進する。まっすぐに、強い意志をもって、何はばかることなく、前進する。無人の野を征くように。
「答えがないなら、殺す他はない」
無数の攻撃を排除し歩む彼女は、不意に立ち止まる。広場の中央だった。
そして、兜から伸びる二本の角の間に虹色の光が迸る。
「γクラス次元穹砲顕現」
総督府の発着場で見た、オルスラが持つ最大の攻撃。その予備動作。
「伏せろ!!!」
少佐の叫びは、まったく間に合わなかった。
虹球が弾け、一筋の束となって荒れ狂う。兵士達は血と肉の雨に姿を変えていく。直撃を受けた者は瞬時に蒸発した。この街の官憲を一方的に粉砕した機甲兵の装甲は溶断され、すべてを貫く筈だった対空砲による直射は砲口を出た瞬間に爆発し、火炎が周囲を飲み込んだ。俺の頬が、かすかに焦げたような気がする。
未来技術の粋を集めた、ヴィルヘルム隷下の軍団は粉砕された。半壊していた街並みは完全な瓦礫と化していて、生き延びた者がいるとは思えなかった。
だが、水銀の騎士とて人の操る兵器にすぎない。完璧はありえない。幸運にも生き延びた兵士達が反撃を開始した。再び色とりどりの光線が放たれ、機甲兵は突進。上空に飛び上がった浮遊対空砲は頭上からの超至近距離を敢行する。
それでも、オルスラには敵わない。
彼女は無敵の鎧を駆って飛び回り、殺戮を続けるのだった。
「……強すぎる」
思わず声にしてしまった。マズイと思ったが、聞き咎める者はいない。
戦場音楽が支配するこの場所で、ひとりの男の声が誰に届くだろうか。
俺の放心を他所に、彼女は戦い続ける。必死に応戦する兵士達を排除し続けている。走り、飛び、殴り、斬り、放つ。ひとつ動くたび、敵は倒れていく。
彼女は一体何をしているんだろう。君の主君は、忠誠を尽くすに値しない相手だと思うぜ。戦わなくていいし、殺さなくてもいいんだ。お前がわからない。俺と同じガキだろうが。何故、戦う。何故、逃げ出さない。
逃げ出すと言えば……、あれ?
俺こそが逃げるべきだったような……。
気づけば下半身の圧力が消えている。戦闘の余波で瓦礫が崩れていたらしい。よじよじと足から抜け出し、そのまま脇目も振らずに遮蔽物まで走る。
荒れ果てた残骸としか表現できない空間から逃げ出し、広場を見渡せる路地にまでたどり着くのにたったの数秒。
「ぜえぇっ、はぁっ!!」
全力疾走して息が切れた。本当は一秒もこんな場所にいたくはなかったけれど、少し休まないと動けない。たった数十メートル走っただけなのに。恐怖とか緊張とかのせいかもしれない。
「少佐殿!!!」
叫びが聞こえた。息を整えているうちに辺りは静かになっていた。ヴィルヘルムの部下はオルスラに殺し尽くされたのか。動けないから、逃げる代わりに広場を振り返る。
目に映ったのは、先任軍曹と呼ばれていた男がオルスラに斬られて崩れ落ちる瞬間だった。命を失った肉体が地面にぶつかる音がここまで聞こえてきた。
水銀の甲冑を身に纏ったオルスラの片腕は振り抜かれている。先任軍曹の死体が直ぐ足元に転がっていて、その死体を挟んだ数歩先には少佐がいた。少佐は姿勢を崩している。察するに、上官の命を救うために先任軍曹が犠牲になったということ。
部下の尽くを倒された星戦隊少佐は――、
やる気のなさそうな顔で部下の死体が転がる広場を見渡している。
静寂を破るような鋭い溜息をついて、彼女は言った。
「ふぅっ、危なかった」
一体何を、と思った。部下を粉砕しつくした少女が、たった数歩先に立っているじゃないか。あんたの命は危ないままだ、と思った。何故、オルスラは動かない?
「なあ、ここらでやめにしないか? 我が隊と貴様の間には、深刻なすれ違いがある。言わば、勘違いだな。勘違いに付き合わされて死んだ部下たちはたまったものではないだろうが……、誤解を解消出来るなら、そうしようではないか」
ん、誤解……?
何を言ってるんだ。
あんたは命乞いをすべきだぜ。
どう考えても降伏すべき状況だ。
なのに、少佐は余裕に満ちた表情でこう言うのだった。
「貴様もジギスムント殿下を探しているのだろう?」
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