第22話 危機はいつも急に訪れる
「三時間ほど前に全都市に戒厳令が布告されたの。電波障害でネットできないから詳細はわからないけどね。解放戦線が久しぶりに暴れてるんじゃない?」
ニサは地平線の黒煙を眺めながら説明してくれた。
戒厳令に詳しいわけじゃないけど、要は外出禁止ってことだろ? 俺の身体が動いた小学生の頃、流行病のせいでマスク着用を強制された記憶がある。その時に「戒厳令」云々が議論されていたと、後から知った。
「こんな時に外出しても大丈夫なのは、この街での振る舞い方を理解している人間か、後ろ暗いところのある奴か、途方もない馬鹿ってわけ。後ろ二つに該当しているあなたが襲われても文句は言えないってわけ」
そんな状況じゃ人通りが少なくて当然だ。まあ、戒厳令下なのに大手を振って女子供が歩いてて、あれこれ飲食店も開いていることは違和感があるが……。
「この街の官憲はほとんど星府に引っ張られてるから、別に外出しても問題ないってわけ。ほら、質屋はこっち」
そうですか、そんなものですか。ここは日本じゃないし、俺が生きた時代でもない。俺の理屈が通用するわけもない。案内が再開されたので、後を追う。
「まぁ、戒厳令と言ってもね。燃えちゃってる星府以外は結構緩いの。前総督の頃は大変だったけど、今のなんとかいう皇子はてきとうな人間みたいでね。けっこう人気あるみたいだったけど……」
解放戦線とかいう物騒な名前の組織――「解放戦線」がつく組織はすべてテロリストと相場が決まっている――はともかく。
「へぇ……、てきとう」
そうですかそうですか。お前、暴虐なだけじゃなく、てきとうでもあるのか。いよいよ擁護のしようがなくなってきたぞ。よくも俺をジギスムントにしてくれたな。復活するなら、他の誰の姿形でも良かったのに……。いや。
待てよ、と思った。ニサが言うような状況なのであれば、この星は今相当ヤバい状況にある筈。で、あれば。どうしてこの少女は――、
「なぁ、なんで助けてくれたんだ?」
思わず口にしてしまった。
心からの疑問だった。だってそうだろう。見ず知らずの愚かな男を前にして、内蔵を剥がさないでいる方がおかしいとすら思えてくる。この街の警察は星府に駆り出されると言った少女の台詞が正しいのならば、今は弱者を襲い放題。なのにニサは、俺の指輪を奪うだけでとどめた。
俺の常識では、窃盗でも完全な犯罪の内に該当するけれど。先程も思ったように、ここは日本じゃないし、俺が生きた時代でもない。俺の理屈が通用するわけもない。
「財産を巻き上げたつもりだったんだけど。ほうほう、これしきの宝石は財産のうちにも入らないと。じゃあもう少し貰おうかな」
「駄目だ! もうそんなに残ってないんだ! これはマジだぜ!! いや、そうじゃなくてさ!」
本当にそうじゃないんだ。
俺が言いたいのは。
「……その脚があれば、マジで内蔵まで剥がせただろう? そうするつもりだった筈だし、そうできた」
「おや、最低限の脳みそは持っていたみたい」
真面目な会話をしたいんだ。まっすぐに彼女を睨む。透き通るような青い目を覗き込む。俺が初めて見せる真剣な雰囲気がモノを言ったのか――、
「助けた理由かぁ。別に助けたつもりはないんだけど。実際に強奪したわけだし……」
彼女は微笑んで、語りだす。
その笑顔は何故か寂しそうにも見えた。
「もちろん最初は、いい具合のカモがいるなぁ身ぐるみ剥いだら儲けられるだろうなぁついでに臓器も売れば家計の足しなるなぁと思っていたけれど……」
「コワ」
「世間知らずのお人好しすぎて、気が変わったんだよね。あなたのおめでたい性格に感謝するべきだね。ああ、それに、アレッタにも優しくしてくれたし。子供のうちに、他人から優しくされる経験を積むことは大事だと思うんだ」
「あんちゃんやさしい!!」
「あ、おう」
まてまて、話が脱線していないか?
犯罪計画の白状からいきなり教育計画に転じたぞ。俺はニサの語りについていけず戸惑う。窃盗と殺人を、情操教育にシームレスに繋げるな。この少女、本当に子供らしくない。ともかく年に似合わない。
えーと、彼女の話を総合するとつまり?
この危ない都市で俺を殺さないでいてくれた理由はつまり?
どういうことだ? ぜんぜんわからん。
「人に歴史ありということかな。もしくは、人は多面的ということかも」
ますますわかんねぇ。
わざと難しい言葉を使っているのか? むぅ、と唸った瞬間、
「さて、目的地に着いたよ」
いつの間にか小ぶりな広場の中央に俺は立っていて、眼の前には質屋らしき店がある。店のガラスの向こうには、高そうな食器や家具、服や時計といった商品が並んでいる。雑多だ。何でも置いているから多分、質屋なんだろう。
俺は思い出した。軍資金を作るのが目的なのだった。この不思議な少女幼女ペアのせいで、元手は大分目減りしてしまったが……。彼女らを少し睨んだ。もちろん本気では睨まない。義足の少女は滅茶苦茶強いから。
「いい? この街の他の人間は、私みたいな善人ばかりじゃないから。気をつけて生きてよね。新聞か何かであなたの訃報を読むのは勘弁だから」
「ヴィリー! じゃあね!! つぎはもっとおかねちょうだいね!!」
「お、おう……」
ヴィリーというのはヴィルヘルムの愛称か。そういえば、ヴィルヘルムの名前を借りたんだった。俺の視線を気にせず、二人は去っていく。現れた時と同じくらい唐突だ。手を振りながら遠ざかるアレッタに笑顔を見せるだけで精一杯だった。
いやはや、何だったんだ。暴風みたいな姉妹だぜ。この街で最初に遭遇した人間があの二人だったのは幸運だったのだろうが……。
どんなふうに育てばあんな風に悪虐になって、どんなふうに育てば同時に良心をも兼ね備えるのだろう。もちろんわからない。考えて意味がない。わかる筈がない。俺には人生経験が欠けているから。
俺の課題だな。
せっかく動けるようになったのだから。単に生き延びるだけじゃあもったいない。望むことすらできなかった人生が与えられているのだから。これからは、自分だけじゃなくて他人のことも理解できるようになろう。それが生きるってことだろう。
「そのためには、なんとしても軍資金を得てここから逃げ出さなければ」
独り呟き、質屋に視線を向けた瞬間――、
轟音と衝撃が俺を襲う。
周囲が一瞬で倒壊する。石畳がめくれ上がる。飛び散った瓦礫が襲いかかってくる。顎に何かが当たる。視界が一気に暗くなって、何もわからないうちに俺は意識を失った。
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